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コロセウムにて親友に贈る歌

「そろそろお願いできるかしら? サーロくん、ティアラちゃん、ガレアさん」

 

コロセウムの控室。金髪のウィッグを被り眼鏡を外したミシト。その姿は失ってしまった親友フィーリエをこの世に留めようという想いで溢れていた。ティアラは水集めの瓶に少し溜まっている翡翠色の涙を見つめ、想いを込めながら胸に抱きかかえる。サーロは巻き布を取った翡翠色の剣を縦に構え、顔の前でその輝きを確かめ瞳を閉じ覚悟を固める。


「二人とも緊張しすぎだよ。いざとなったら私がいるんだからね。サーロの手に負えなければ最悪私が呪現獣を消し去る。そういう段取りだからね。こちらも最善の結果になる様に善処するがそこは了承しておいてほしいな。歌姫さん」


「ええ、構わないわ。あの影の真意は知りたいけれど、あなた達の安全も大事だから。それにもしフィーリエの想いがあの影になっているんだったら解放してあげたいし」


ミシトはノートを抱きかかえ控室を出てコロセウムの中心へと向かっていく。その後を追う三人。サーロはミシトの隣まで駆け寄り、真っ直ぐ進む先を見据えたまま語りかける。


「ミシトさん。何があってもフィーリエさんへの想いを歌いきってください。僕が、僕達が必ずあなたの想いを伝えさせますから」


「ふふっ、分かったわ。よろしくね。翡翠の剣士さん」


通路の終わりが見えてきて、眩い光が歩む彼らを包み込む。ミシトはステージの中央へ、サーロとティアラはその少し後ろに寄り添って並ぶ。翡翠色の剣を構え、呼吸を整える。ガレアはその二人よりも後方で全体を俯瞰できる位置にいた。紅色の剣には手を掛けず腕組みしながら周囲に気を張っている。周りの観客席には誰一人として人はいない。ミシトの計らいでこの劇場を貸し切りにしてもらっているのだった。


「じゃあ、始めます。本当の歌姫フィーリエに贈る歌を」


息を吸う。胸には大切にノートを抱え込んでいる。空間が一瞬静止した感覚がした。そして奏でられるとても澄んだ響き。それはとても美しく、とても哀しい音色だった。


少年と少女は目的を忘れてその歌声に惹き込まれそうだった。しかし歌が始まり間もなくすると、ステージへと続くランウェイの一つから黒い靄が立ち込め、そこから黒い人影、呪現獣は現れた。ミシトは瞳を閉じたまま、フィーリエとの思い出の中で歌を歌い続けた。歌声はさらに美しく、さらに哀しく、コロセウムに響き渡った。それに呼応するかのように呪現獣は大きくなり、より濃い黒色をその身に宿した。


「ティアラ、瓶にある涙を」


「う、うん!」


臨戦態勢になったサーロの促しにティアラは我に返り瓶を開けようとする。しかし、大きくなっていく呪現獣は突如として黒く太い腕を放たれた矢の様な勢いでティアラに向け伸ばしてきた。まるで自分とミシトに割り込んでくるなと、邪魔をするなといったように。呪現獣から伸びる腕に気づき、涙を染み込ませていない剣を構えティアラを庇うサーロ。


──ティアラは傷つけさせない!


いつの間にか二人の前に躍り出て、凄まじい勢いで迫る巨大な黒い掌を軽く片手で受け止めるガレア。呪現獣の掌と龍人の掌がぶつかる瞬間、鈍く大きな衝撃音が一瞬轟き響く。それでもミシトは歌い続けている。進むにつれて、より美しく、より哀しく。


「さ、私が抑えている間に、涙を翡翠の剣に……」


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」


「ッ……! これは……」


突如、ミシトに呼応したかのような澄んだ甲高い叫びを奏でる呪現獣。その響きはサーロとティアラの呼吸を遮るほどであり、耳の良いガレアにはより堪える響きであった。


「あまり……いい気分になるものでは無い……ね……」


頭を抱えながらも呪現獣の掌を抑えつける。しかし呪現獣は自身の叫びをより大きく轟かせる。背中から黒い腕が新たに何本も生えてくるのをサーロは気づく。


「ガレッ……!」


危険を伝えようと必死に声を上げるがそれより早く、数多の黒い腕は瞬く間にガレアに迫りコロセウムの壁面まで掴みながら押し付ける。衝突と共に壁面の一部が崩れひび割れ、砂埃が舞う。追い打ちをかけるように数多の黒い腕がガレアを取り囲み拘束し、木乃伊に包帯を巻くかのようにまとわりつき大きな黒い塊を作っていく。


「ガレアさん!」


ティアラは居ても立ってもいられずガレアの方へ走り出してしまった。その姿を捉え、伸びた腕の一つが鞭のように振り払われる。自分に迫る脅威に反射的に瞳を強く閉じる。


自分に振り払われた腕の衝撃が来ると覚悟したが、それは起こらなかった。代わりに体を勢いよく後ろに引っ張られ尻もちをつく。その衝撃で瓶を手放し、転がって手の届かないところへ行ってしまった。目を開けるとそこにはサーロが立っていた。


「てて……サーロ!」


自分を庇ったサーロの剣を握っている腕側の手首に黒い腕がしなり巻き付きぎりぎりと締め上げている。サーロはその痛みに耐え歯を食いしばる。しかし剣を握る拳に力が上手く伝わらず手放しそうになってしまっている。それでもサーロは怯まない。


「ミシトさん! 約束は守ります! だから歌をやめないでください!」


強い意志が込められたサーロの表明。その覚悟を受け取りミシトは歌い続ける。


──フィーリエ……私の想い……届いて……!


響く歌声。轟く叫び声。その二つからティアラは心を感じ取った。


──同じ黄昏色の中で……二人とも泣いてる……歌ってる……!


「サーロ! 二人とも泣いてる……! 二人を助けてあげて!」


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