朝ごはんが終わったら
ゴロゴロと大きめに切られたお野菜がたっぷり入ったシチュー。まだほかほか温かみがある。黄身がトロッとしている半熟卵の目玉焼き。そして食欲そそる匂いのするバターロール。リンゴジャムまでついてきた!ぎゅるるるる~~~。
──もうっ! 止まって! お腹の音!
「おまたせ! さ! さ! 遠慮なくどうぞティアラさん!」
サーロは二人のコップに水を注ぎながらにこにこ笑顔で料理を振舞ってくれた。遠目で料理をしている姿をティアラは見ていたが、その手際はだいぶ手馴れていた。
──いつも自分で料理しているのかな?
「あ、えと、いただき……ます」
一口シチューをいただく。温かく、程よい塩気が舌を包み込み、空っぽだった胃にまで優しく染み渡る。
「おいしい……」
思わず声が漏れてしまう。それを聞いたサーロはまだ自分の食事には手を付けないでにこにことティアラの様子を見守ってくれていた。
「そっか、そっか! よかったお口に合って!」
ティアラは手にしたスプーンを忙しなく動かしシチューを一気に食べきってしまった。相当お腹が減っていたようだ。お塩をかけてもらった目玉焼きに黄身を割ると、とろーり黄身がこぼれてきたのでこぼさないように丁寧にスプーンですくって口運ぶ。濃厚な黄身の味わいがした。そしてパンに切り込みを入れそこにリンゴジャムを挟み込み大きな口で一口、二口、三口。リンゴジャムの爽やかな甘さとバターロールの相性が抜群だった。
「おいしいっ!」
思わず声を発してしまう。サーロはとても嬉しそうに頷いて彼自身も食事を始めた。
「久しぶりに一人じゃないご飯の時間っていうのはやっぱりいいもんだね! おかわりもあるから遠慮せずに言ってね!」
「久しぶり?」
ティアラはパンを頬張りながら聞いてみた。その時はもうサーロの事を警戒していなかった。彼の実際の行動と、表情と、ティアラの感じる心のイメージには、悪意が全くなかったからだ。
「うん! 久しぶりなんだ! 僕を拾い育ててくれたじっちゃんが去年亡くなってからここに一人で暮らしてたからね」
「あ……ごめんなさい……」
「気にしないで! ほら言ったでしょ! 過去の悲しみより未来の笑顔! で、とりあえず今はお腹いっぱいになること! お水もどうぞ! 近くの湧き水から汲んできたんだけどとっても美味しいよ!」
サーロに促されるままにコップを手に取る。ふと気づいたことはサーロがティアラに何があったか無理に聞き出そうとはしてこないということだった。
──それは私がずっと泣いてたから。サーロはきっと私に辛いことがあったのだと察しているのかな。だから、無理に悲しみを思い出させないよう……優しい人だなぁ……。
ティアラはコップの水を飲む。さらりとしていてクリアな水の流れが喉を潤してくれた。
「ぷはぁ!」
「うんうん! 完食してくれて嬉しいよ!」
「あ……ごちそうさまでした! その、美味しかったです!」
サーロもパクパクと食事を進め、最後に水を一気に飲んで手を合わせた。
「ごちそうさま。アバンダンシアの恵みに感謝して」
「アバンダンシア? あ、そういうお祈りの慣習があるの?」
「うん、アバンダンシアっていうのはね、この海辺の森の我が家から数時間ほど東に歩くとある街なんだよ!」
サーロは、そうだ!と手を合わせ叩くと、テーブルに両手をついて、ティアラの方に顔を少し寄せてきた。
「キミ……ティアラさん! これからティアラさんがどうしたいか考えるにしてもアバンダンシアは行ってみて損はないと思うよ! どう? 少し遠いけど?」
「そこは……怖い人いない?」
ティアラにとって里の外は恐怖で満ちていると思っていた。実際、里の外からの脅威はティアラたちを襲ってきた。サーロの事は信頼できるが、様々な人が集まるところに行くのはどうしても戸惑ってしまう。
「大丈夫。アバンダンシアの民はみんな家族みたいなものだからね! ここもアバンダンシアの恵みの加護の中だから僕もみんなと家族! 助け合って生活してるのさ!」
でも、僕は助けられてばかりなんだけどねー、と、頬を掻きながら情けなく照れるサーロ。サーロが家族っていうなら……でも……。
「それにほら! キミの服、流されてきた時に傷んじゃってるからさ、街で新しいの買ったりとかさ! 食料品のストックも調達しないとだから一人で行くより二人での方が助かるし……」
「うーん……」
「一応お医者さんにも診察してもらった方が僕としても安心できるし」
「でも……」
「大丈夫! 僕がしっかりついててあげるから!」
「それなら……」
「あ、このリンゴジャム買ったお店で出来立てのアップルパイもご馳走してあげる!」
「行く!」
ティアラとサーロは食器を片付け洗い終えてから、それぞれ準備をした。サーロは大きな背負える布袋と硬貨が詰まった小さな袋を持った。ティアラは少し大きめなフード付きの外套を貸してもらい身に纏った。フードをやや深く被って玄関を出た先で待っているサーロの元へ駆け出した。