歌姫の依頼
畏まって誓いを立てる少年と、少年をややからかいつつ笑顔を浮かべる歌姫。歌姫の透き通るような笑い声が路地裏から響いている。
「なんだ。急いで来てみたが何事もなさそうだね」
「あ、ガレアさん」
建物の隙間から僅かに上空が見える。そこから龍の翼を優雅に羽ばたかせ舞い降りてくる用心棒ガレアとその背中にはティアラが落ちないようにしっかり摑まっていた。
「その翼……龍人?」
「そうだよ。この少年と少女の用心棒をしている、ね」
「ガレアさん、この女性……ミシトさんが呪現獣に追われていたので助けなきゃと思って……お酒を楽しんでいるところすみません……。呪現獣は去って今はいないみたいです」
「ふむ、基本私はキミ達の用心棒であって、他に手を貸すことはあまりしようとは思っていないのだけどね。まぁサーロのお人好しさに免じて大目に見るかな」
やれやれ、といった具合で地面に足を付け背中に摑まっていたティアラを降ろす。
「ティアラありがと。ガレアさん呼んできてくれて」
「……うん」
「ティアラ? 何か怒ってる?」
「別に……そんな事無いけど……」
頬を膨らめそっぽを向いてティアラは拗ねてしまっているようであった。せっかく二人きりでいちゃつけるチャンスがあったのにと。サーロにはその事はうまく伝わらなかったが、ミシトの方が少女の状況と気持ちを察し理解できていた。
「あら、ごめんなさいティアラちゃん。私のせいでお邪魔しちゃったかな?」
「いえ! あなたもサーロも無事で何よりなんですけど……こう、なんというか……」
お年頃の少女の気持ちを察する大人二人と、察しきれていない少年。ミシトは三人をよく観察した。旅人である三人。律儀で腕の立ちそうな呪われた少年サーロ。おそらくはエルフ族であろう少女。そして底知れぬ存在感がある用心棒の龍人。三人を見てミシトはある可能性を感じる。呪現獣が狙ったノートを力強く抱きしめ、決意をし三人に懇願する。
「旅人さん方。歌姫フィーリエことミシトから、依頼したいことがあります」
都市の中に一段と大きく存在する、設備は最新式だがデザインは旧式なコロセウムがあった。そこには円形に観客席が多数連なり、中央にはそれぞれの出入り口から伸びたランウェイがあり、中央に他より一段高くなったスポットライトが集中するステージが。そしてそこには今、スタンドマイクが一つ、静かに佇んでいる。
そのコロセウムの控室にて、壁に寄りかかって瞳を閉じまったりとしている龍人の用心棒ガレア。そして翡翠色の剣を握りしめ、険しい表情を浮かべる少年サーロと、サーロを案じてそっと背中に触れる少女ティアラ。そしてもう一人、透き通るような色合いで煌めくドレスを身に纏った歌姫が。金髪のウィッグはまだ付けていない。机に置いたノートを赤い額縁の眼鏡越しに想いを馳せながら見つめている。サーロはミシトのその様子を気にしながらこれから自分と、ティアラの力を借りてやるべき事を改めて心の中で反芻した。そしてミシトの依頼とガレアの提案も。
──僕の剣で、ミシトさんを救うんだ。彼女の為にも。僕と、ティアラの為にも。
「依頼……ですか? 僕達にですか?」
「きっとガレアさんにじゃないかなサーロ」
サーロとティアラは顔を見合わせミシトの依頼の意図を考える。一方ガレアはふーっと息を吐き軽く肩を竦める。
「私は自分の価値は理解しているつもりでね。驕り、と言われるだろうがこの力はそう易々と他人のために使う気はないのさ。この二人の用心棒をしているのは縁に導かれたのと、私自身の二人に対する関心からだからね」
意外とドライな対応をとるガレアにティアラは少し躊躇してしまったが、ガレアに頼りっきりの自分には何も言う権利はないと思い、口は挟めなかった。
「と、いうのが私の基本スタンスだがね。こちらからもお願いしたいことがちょうどあるのさ。心動かす歌姫フィーリエさん? いや、ミシトさんと言うべきかな?」
「あら、歌姫としての私に用があったのかしら?」
「歌姫、というよりも、あなたの心を動かす歌声にお願いしたいことがあってね」
「……私に歌声の事知ってるのね。旅人さん」
「ああ、前にこの都市に立ち寄った時に小耳に挟んでね。あなたは意図して人の感情を揺さぶることが出来る力をその声に宿していると、ね」
ミシトは首に巻かれたチョーカーを軽く指でなぞり、どこか切なげに笑う。
「ええ、この声は、私の大切な人から貰った……いや、奪い取ってしまったもの、かな。この都市で本当の歌姫になるはずだった彼女の、私への呪い」
「呪い……」
サーロも自分の首に刻まれた紋様をなぞる。死した者から授けられた思念宿りし紋様を。
「ええ、私のせいで死んでしまった親友から授けられた呪い。人の心を自由に揺さぶれる声。これは私の罪に対して果たすべき責任だと思ってるの」
「なかなかに訳ありだね。あなたの事も気になってきたよ」
ガレアは少し不敵な笑みを浮かべていた。そのガレアの心を感じようとティアラは意識を集中するが、やはり広すぎる世界が見えるだけでガレアの本心が見えてこない。ミシトはどこか懐かしむ様に、そして切なげな表情を浮かべ宙を見やる。
「幼かったあの頃の私は、声がうまく出せない病だったのよ。それでよく病院に通ってたんだけど、そこで出会ったの。病院の中庭で、それこそ歌姫の様な立ち振る舞いでとても優雅に心地良く歌声を響かせていた、同い年の少女フィーリエに」




