白銀の歌姫と迫る黒い影
──またあの黒い影だ。私が一番伝えたい言葉を、想いを、あの子から貰った歌声に乗せようとすると、いつも、いつも現れる。どうして……この想いは、言葉は、消さなきゃいけないの?
白銀の髪のその女性は入り組んだ路地を懸命に駆け抜ける。胸元には一冊のノートが抱え込まれていた。絶対に離さないように、大事に、大事に抱え込まれていた。息を切らせて、必死に追いかけてくる黒い影から逃げようとする。
しかし、躓き、前のめりに倒れてしまう。そこへ黒い瘴気の様な靄を体から漂わせながら足音も無くゆっくり倒れている女性に近づいていく。倒れた際の痛みに耐えながらも女性は起き上がろうとする。そして黒い人影を仰ぐように睨む。
「あなたは……どうして現れるの! 何がしたいの!」
黒い人影は答えない。ただ足元まで接近し立ち止まり、白銀髪の女性が大事に抱えているノートに手を伸ばしてくる。
「やめて! これは渡さない!」
刹那、伸ばした手を止めて後ろを振り返る黒い人影の様な呪現獣。そして自身に向かって振り抜かれる翡翠色をした剣を身軽に飛び退き躱す。斬撃は空を切り呪現獣には当たらなかったが、襲われていた女性の元から遠ざけることが出来た。女性と呪現獣との間に割り込み、剣の切っ先を呪現獣に向ける少年。
「大丈夫ですか! 立てますか!」
「キミは……」
「サーロと言います! 今助けを呼んでもらってます! その人が来るまで僕が凌ぎます!」
臨戦態勢をとるサーロと突然助けに来てくれた少年に気をとられ驚き動けないでいる女性。呪現獣はその二人の様子を静かに観察している。すると、次第に建物の影に同化し溶けていくように姿を消した。
「逃げた……のかな?」
サーロは戦わずして去ってくれたのなら幸いと思ったが、まだ潜んでいる可能性を考慮して剣は構えたままである。緊張の面持ちで汗が一筋流れる。
「……大丈夫よ。今はあの黒い人影はいないみたい。あれは……私のとある想いと言葉に呼応して現れるみたいだから。キミが来てくれたおかげで気が紛れて心持が変わったの。向こうもそれに気づいて去っていったみたいね」
ゆっくり服に付いた砂埃を払いながら呪現獣に追われていた女性は立ち上がる。その言葉を聞き、サーロも周囲は警戒したままだが剣を布で巻き直す。
「想いと言葉に呼応して現れる……そんな呪現獣もいるんですね」
「ありがとう。私ひとりだと想いをすぐ心から消せなくて……ううん、消したくなくてね。それで逃げてたの」
「あの呪現獣はあなたを襲おうとしていたんですか? 手を伸ばしていたのが見えてとりあえず追い払おうとしたんですけど……」
「襲う……間違いではないわね。私の大事にしているこのノートを狙ってるみたいで」
「そうなんですか……あ! すみません! 詮索ばかりして! お怪我はないですか!」
先程の気を張り詰めていた様から一変し、急に慌てふためいて、自分の事を心配してくれる少年の姿に、白銀髪の女性自身も警戒心と緊張を解き、穏やかな笑みを浮かべる。
「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ。自己紹介がまだだったわね。私はミシト。あなたここに暮らしてる人じゃなさそうね。旅人さんかしら?」
「はい。ちょっと訳ありな旅人なんですけどね……」
サーロは喉元を軽く押さえる。少しだが、渇きの苦しみが襲ってきていたが我慢した。女性はその少年の首に刻まれた紋様に気づいた。
「あら、私も訳ありな歌姫よ。奇遇ね」
そう言って首に巻かれていたチョーカーを軽く捲って見せた。サーロはそこに自分とは異なる紋様が刻まれていることに気が付いた。
「その紋様……もしかして……ん? 歌姫?」
首元から視線を女性の顔へと移す。白銀の様に煌めく首元まで伸びた髪に、赤い額縁の眼鏡を掛けている。そして端正な顔立ちと左の目元には泣き黒子があった。見た事はないけれど、見たことがあるような感覚。そして頭に過ったのは歌姫フィーリエの劇場公演の広告。そこに描かれていた金髪のポニーテールをして美しいドレスを着た歌姫の顔、黒子の位置は、今目の前にいるミシトと名乗る女性と一致した。
「あ、秘密にした方が良かったかな? 旅人さんだからいいか。他の人には内緒でね」
「え……と、ミシトさんが、この都市の歌姫……? 名前と髪の毛は違うけど……」
状況を把握しつつあるのだが、それでもすぐには納得しきれないで腕を組みうんうんと悩んでいるサーロを見てミシトはくすくすと笑う。
「フィーリエっていうのは芸名よ。とある大事な人の名前を勝手に使わせてもらってるの。髪の毛はウィッグ。あっちの方が歌姫っぽいでしょ? それにその髪も私の大事な人がモチーフなの」
「そうなんですか……というより、そんな裏話、聞かせてもらっていいんですか?」
「う~ん、良くないかな? もしキミに言いふらされたりしたらマネーシャーとかスタッフさんに迷惑かけちゃうかもね」
「言いません! 絶対!」
「よし! 律儀でよろしい!」




