大人の嗜みと少女の決死の機会と
「なぁハニー……愛してるよ……」
「私もよ……ダーリン。さぁ、乾杯」
お酒が飲みたいという切実な用心棒からの申し入れを少年少女は聞き入れ、共に向かった先は、薄暗く大人のムード漂うバーであった。
旅する三人はカウンター席に並んで座り、ガレアはとりあえずカクテルを全種注文し、その色合いやフレーバーを優雅に楽しみつつも止まらぬペースで飲み続ける。しかしこの店のマスターも只者ではなかった。お客様の規格外の飲みっぷりにも驚かず、顔色一つ変えずにグラスを磨いては新しいカクテルを作りと洗練された動作を繰り返している。
その傍らで少年少女は、椅子を幾つか離した先から聞こえてくる大人の男女の愛の囁きと、ちょっとサーロとティアラには刺激の強いボディタッチの様子に少年は顔を赤くして下を向き、少女も顔を赤くして下を向いて、はいるがその様子をこっそり横目で凝視している。そんな二人の様子をニマニマ見ながらも新しいカクテルを注文し飲み続けるお酒大好き龍人の用心棒。
「サーロ、ティアラ。居心地が悪いなら少しこの都市を散策してきたらどうだい? ここは文明も進んだうえに治安も良いみたいだ。なーに、束の間私がついていなくても大丈夫だろう」
「そうですね……そうさせていただきます。行こうかティアラ」
「大人になったら……あんなイチャイチャ……私も……」
「ティアラ?」
「へ? あ! うん! 何? サーロ!」
「ガレアさんはここでお酒を楽しんでるから、少しこの都市を散策しないかって」
「二人で? うん! 行く!」
二人はカウンター席から立ち上がり、無償でミルクを出してくれたマスターに丁寧にお礼を言って店を出る。ガレアはひらひら手を振って二人を見送ると、自分の手持ちの金貨をまた一枚差し出して新しいお酒を注文する。先程からかなり飲んでいるはずだが顔は全く紅潮しておらず、水を飲んでいるかのようであった。しかしマスターは冷静沈着に熟練した腕前で新しいカクテルをシェイクしている。
二人は都市のメイン通りから少し外れた人混みの少ない通りをゆっくり散策した。そこにはアバンダンシアでは見た事がなかった衣服が飾ってあるお店や機器の販売店など目新しい物で溢れていた。しかしやはり目を見張るのはこの都市の上空を優雅に飛行している大きな広告が描かれた飛行船である。どこにいても上空を見上げれば視界に捉えることが出来た。そこに描かれた広告には大きく歌姫フィーリエの劇場公演の宣伝がされていた。綺麗なドレスで身を包んだ金髪のポニーテールの女性の絵が描かれている。どうやらその女性が心を動かす歌姫らしかった。
「すごいね……これが文明が進んだ都市なのか……」
「……うん……すごいね……」
サーロは初めて見る光景に好奇心が疼き興味が尽きないでいる。が、その隣を歩く少女は先程のバーでの大人のイチャイチャ姿が目に焼き付いて離れていなかった。それほど凝視していたのである。
そーっと、サーロの片腕に勇気を出して抱き着こうと機会を窺う。心臓の鼓動が徐々に大きくなっていくのが自分でも分かった。サーロは相変わらず周囲の景色に視線を奪われいているので全くティアラの挙動に気づいていなかった。
──せっかく、久しぶりに二人きりになれたんだし……その、サーロとは、けっ、結婚するんだから……今からこれくらいイチャついても……い、いいよね?
そして今まさにサーロの腕に抱きつこうと決死の覚悟を決め腕を伸ばした時だった。
「ティアラ! 急いでガレアさん呼んできて!」
「へ? あっ! サーロどこ行くの!」
急に布に包まれた剣を力強く握りしめ、路地裏に向かって走り出すサーロ。ティアラの決死の行動は空振りに終わってしまい、さらに状況が呑み込めず固まってしまう。
「黒い人影! 呪現獣に追われている人がいたんだ!」




