また会う日まで
朗らかな日射しは、玄関の前に並ぶ人間の少年とクウェンチエルフの少女、そして用心棒の龍人と見送りに出た狼の獣人を優しく包み込む。木漏れ日が皆の心に穏やかなぬくもりを授ける。その顔は皆、微笑みで満ちていた。
「ウルバルさん、お邪魔しました」
「おう! お前らのおかげで、快い気分だ。悪くねぇ」
「ウルバルさん……」
ティアラはウルバルに悲しい過去を思い出させてしまった事を今更ながら悔いてしまっていた。それはどう言い訳しても自分本位、サーロの為であるとの自覚があるからであった。しかしウルバルは心のわだかまりが解けたかのように穏やかな目をして、ティアラの頭をポンポンと掌でゆっくり優しく叩く。
「ほんっと、お前ら優しいし気の良い奴らだな! 俺が長年、一人抱え込んで固まっちまた後悔をよ、聞いてくれて、涙まで流してくれてよ……和らげてありがとな。なんつーか、心がいつもより楽な感じがするぜ」
にかッと笑い、少女の頭から手を離す。そして、掌に翡翠色の紋様が刻まれた革のベルトを巻いた少年を見やる。少年はそのベルトを決意固そうな眼差しで見つめている。
「俺はもうその戒めはなくても、自分で納得できるよう生きていけそうだ。自分らしく、無理せず、自然体でな。ま! 食生活は変えねぇかもだけどよ! 意外と気に入ってんだよな~」
「ウルバルさん、このベルト、本当に頂いていいんですか……?」
「おう! 聞けばサーロ、お前は自分に襲い掛かる衝動と戦わなきゃならねぇみたいだからな。そのラビルのベルトに宿った翡翠の涙が染みたまじない、それを身に着けてたらきっと自分の本来の意志を保とうとする時、助けになってくれる……と! 思うぜ!」
「本当にいいんですか……大事なものでは……」
「かーっ! 遠慮すんなって! ラビルの心が宿ったまじないが誰かの助けになる。それはラビルも望むことだ! だからこそよ! 役立ててくんな!」
「……ありがとうございます!」
サーロはベルトを巻いた手を握りしめ、額に当てる。この呪いの心の主と、染み込んだ翡翠の涙は無駄にはしないと、自分の心に誓い刻み込む。
「さて、お世話になったね。ウルバルくん」
「おうよ! こちらも久しぶりに気の良い奴らと話せて飯食えて楽しかったし……龍人様に会えるなんて驚き体験だからよ」
「私はキミにとってびっくり要因なのかい? ま、いいけどね。それはそうとして渡したい物がある」
するとガレアは親指の表皮をかじり、血を僅かに滲ませる。そして聞き慣れない言葉を低く唱えながら親指で宙に緩い弧を描くと、なぞった先から徐々に紅色の鱗のような質感の羽根が具現化した。
「わぁ……」
「おおぅ、すげぇな……」
「たしか、龍人は自分の意思と血を合わせて不思議な力が込められた龍宝を創り出すって……本で読んだ気が……」
「龍宝……」
目の前でまさに龍宝が創り出される瞬間を目にし、感動を受ける少女と獣人。
「ほら、できたよ。龍宝、伝心龍運の羽根さ」
紅に艶めき、適度な硬度を持ち合わせた羽根をウルバルは手渡される。手に触れた瞬間、直感として、頭の奥にメッセージが伝わってきた。
──伝わってきたかな? この羽根を持つとね、私が伝えたいメッセージがどんなに遠くても伝えられるのさ。ただ、こちらから一方通行だけどね。
「うぉう、なんだこれ、不思議な感じでぞわっとするぜ」
「毛がぞわっとしたウルバルさん可愛い……」
「ティアラ……別れる前にまたもふもふお願いしたら?」
「こちらの意思を伝えるのと、もう一つはその羽根を折ることで、私がマーキングした場所に飛んでこれるのさ。それも一瞬で。空の旅を楽しむ間も無くね」
「まじか、すげぇな! だけど何に使えばいいんだ?」
「ふむ、そうだね。サーロとティアラの披露宴に参加してもらいたい時、かな?」
「披露宴……」
「サーロと……」
今更ながら、呪いを解くため、だけでないお互いの想いが通っている為でもある結婚。その未来を想像した二人は同時に顔が赤く染まり、湯気が出そうになっている。ニマニマ見るのは獣人と龍人。楽しそうであった。
「そういう事ならありがたく貰っとくぜ! お前らも大変な旅になるだろうけどよ、悲しみが必要なのかもしれないけどよ! その分笑うことも忘れんなよ!」
「はい!」
「ウルバルさん……ありがとうございました!」
「それではね。では行くよ。サーロ。ティアラ」
ウルバルに背を向けて三人は歩きだす。が、一人申し訳なさそうにウルバルの元に戻ってくるティアラ。手がわきわき動いている。狼の獣人ウルバル、理解するのに言葉はいらなかった。
「思う存分もふもふしていきやがれ!」
「ほわぁぁぁ~~~! もふもふ~~~!」
獣人が多く暮らす森を抜けた先には、それまでとは風景が異なる、文明の進んだ都市が広がっていた。道は整然と整備され、機械仕掛けの車は走り、空には巨大な飛行船が雄大に浮かんでいる。飛行船の側面には地上からもよく見える程大きな広告が描かれていた。心動かす歌姫フィーリエの劇場公演延長と。
その飛行船を周囲の建物よりも高くそびえ立つ時計塔の屋上から、黄昏の中に一人見ていたのは、首元辺りまで白銀の髪の毛が伸び、赤い額縁の眼鏡を掛けている若い大人の女性。屋上端から足を乗り出し腰を掛けている。その手には一冊のノート。ページを一つ一つ噛み締めるように捲っていき、そこに描かれた拙い絵と文字に想いを馳せる。ふと、言葉を漏らす。黄昏に溶けて消えてしまう程の些細な声で。
「心動かす歌姫……ね。あの子から貰ったこの声のおかげ。……嬉しいことね。でも」
大事にノートのページを閉じ胸に抱え込む。そして瞼を閉じ俯き震えた息を漏らす。涙が一筋零れ落ちる。
「どうして……あなたを想って歌ってはいけないの……?」
時計塔の屋上から、誰にも届かない哀しくも美しい歌声が空気に響いていた。声は黄昏に溶けていく。次第に闇が空間を覆っていく。女性の背後から黒い影が現れた。
獣人族ウルバルとの物語はここまでです。次は都市の歌姫との物語です。サーロ達の活躍を楽しみにしてください、
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