分け合う悲しみは翡翠となりて
「そん時さ、俺は……自分の醜い本能が疼いた気がしちまってよ……」
「ウルバルさん……」
「肉食の獣として、親友だろうが肉として喰っちまう。本能に負けた気がしてよ……」
「……」
ウルバルの独白は、次第に感情が強く籠ったものになっていた。ティアラはその今にも泣きだしそうな獣の心に意識を通わせる。サーロは悲痛な面持ちでウルバルを見つめ、ガレアは瞳を閉じたまま耳を澄ませていた。
「だからよ、俺は、俺のルーツが嫌いになっちまった。だからか食い物にも影響出ちまう始末だ。それと……」
ウルバルは片手にきつく巻いた革のベルトをティアラに見せた。そこには血で書かれた紋様が刻まれていた。
「このベルト……もしかして」
ティアラはその呪いの込められたベルトから、微かに心を感じることができた。それはこの革の元となった獣人のものであると気づいた。
「そうさ、俺がラビルの遺体から作ったもんだよ。本能に負けない戒めの為にな」
「それも……呪いなんですか?」
サーロは自分の首の紋様を手でなぞる。そこにもこの呪いの起源となる存在の想いが宿っている。生きたいという本能的で強すぎる想いから生まれたはずのものが。
「おう。俺が独学で作ったもんだが、自分の誓いを破ろうとすると、この手を引きちぎるくらい強く締め上げるっていう……まぁ、自制をする為のもんさ」
「キミはその呪い……いや、ある意味まじないかな? ともかく、効力が現れたことはあるのかい?」
沈黙を保っていたガレアは、腕を組み、足も組みながら、ウルバルの真価を試すような眼で見て問いかける。
「いや……ないぜ。俺は誓ったんだ。一日たりともラビルを忘れないと」
「ふむ、健気だね」
掌の、親友の革と血で作られた戒め。それを改めて見つめようとする。すると、その手はより優しく、繊細な指でしっかりと握り締められた。握られたウルバルは、そのティアラの行動にやや驚く。大きな獣の手は、少女の胸元まで導かれ、小さな手から溢れる慈愛に包まれる。
「ウルバルさん……私は……あなたの心と、このベルトから、ラビルさんの残した想いを感じました」
「……!」
「ウルバルさんは……とっても優しいです。優しいから、親友の命を救いたかった……。親友の想いに応えたかった。でも、その強すぎる優しさで、ウルバルさんは……悲しみが湧き続けてしまってます……」
「……」
「ラビルさんの、私が感じた事ですけど……ラビルさんは、ウルバルさんに生きていてもらえるだけで、誇らしいと、ラビルさんも、ウルバルさんをただ助けたかったんだと……そんな想いがこのベルトから伝わってきます」
「ラビル……」
「きっと、きっとなんですけど、ラビルさんは、ウルバルさんにもっと自分らしく、自分を肯定して誇らしく思って生きてほしい。そう思ってたんだと。だから、その、忘れろ……なんて言いません、でも!」
少女の必死に言葉を伝えようとする姿を見ながら、頭の中にはラビルの残影が映し出される。
「過去にとらわれるだけ、じゃ、なくて! ウルバルさんには、未来を! 笑顔で生きてほしいと! きっと! ラビルさんも! そう思って!」
ティアラから、翡翠色の涙が溢れ出す。その翡翠の雫は頬を伝い、ウルバルの掌に、呪いが刻まれていたラビルの革のベルトに、一滴染み渡る。血で綴られていた紋様が翡翠色に光輝いたかと思うと、するりとベルトが掌から外れ落ちた。その紋様は血の色から、翡翠色に変わっていた。
「これは……」
「ウルバルさん……ごめんなさい……私、勝手に……泣いちゃって……でも!」
ティアラは泣きながら、涙を流しながらも、笑顔を見せる。流れ出した翡翠の雫は徐々に水集めの瓶に溜まっていく。
「悲しいことは、消えないかもしれないけど、誰かと分かち合うことで、少しでも癒せるなら……!」
大柄な狼の獣人と、小柄なエルフの少女が、悲しみを分かち合う。悲しみは涙に。翡翠色に。それは癒しに。




