狼獣人現る
泉で顔を洗う二人。澄んだ水の冷たさが意識をクリアにしてくれる。
「サーロ、目が覚めた?」
「う~ん……だいぶね」
「剣の稽古してたの?」
サーロが持ち歩いている布に巻かれた剣に目をやりながら尋ねるティアラ。
「うん、僕もガレアさんみたいに強くなれたらなーって」
「そう……なんだ」
ティアラは呪現獣に襲われた時、自分を助けてくれたサーロを思い出す。呪いの力を使い、その代償として苦しんでいたサーロを。
「無理は……しないでね。サーロ」
「うん、無理なことなんてしてないよ。ティアラ」
サーロは優しく微笑み語りかける。ティアラも笑顔を浮かべるがどことなく心配そうな表情である。
「さて、戻ろうティアラ」
「うん!」
二人はガレアが待つ先程寝ていた場所へと歩みを始めようとする。するとティアラは泉の近くに生えた木の根元に、小さな石碑と花が供えられているのを見つけた。
「これ……お墓かな?」
草木をかき分け、ザザザザザ、と勢いよく石碑を触ろうと屈んだティアラの元に大きな影が近づいてくる。
「その墓に触るんじゃねぇ! 喰ってやるぞ!」
それはグリマ程ではないが背が高く図体の良い狼の獣人であった。
「ガアァァァッ!」
大きく口を開き、牙を剥き出しにし、爪を立てて威嚇してくる。
「ティアラ!」
サーロは咄嗟にティアラの前に飛び出し、布に巻かれたままの剣を片手で構え、もう片手でティアラを庇いながら剣先を狼の獣人に向ける。
「ほぅ? 度胸のあるガキだな! だがそんなもんで俺はビビらんぜ! グルルルル!」
睨み合うサーロと狼の獣人。緊迫した空気が張りつめる。
「……」
「グルルルル……」
睨み合いは続く。サーロは剣先を狼の獣人に向けたままジリジリとティアラを後退させていく。狼の獣人は相変わらず牙を剥き出し爪を立てたまま威嚇、だけをしている。その様子がティアラにとっては不思議に思えた。なぜだか突然現れた時には驚いたが、恐怖や危機は感じなかった。それはその獣人族の狼から感じ取れる心が、そのお墓を守りたいという強い思いしか感じ取れなかったからだ。
「サーロ。大丈夫だよ」
「ティアラ?」
サーロの手をそっと押さえてから、ティアラはサーロの前に出る。そして狼の獣人に近づく。この行動にはサーロ以上に狼の獣人が驚き、思わず目をキョトンとさせている。
「あの、お墓、大事なものだったんですよね」
「……お、おう」
「勝手に触ろうとしてすみませんでした」
ティアラは恭しい態度に、言葉が詰まる狼の獣人。先程までの剥き出しの敵意も消えていた。サーロはその様子を見て、剣先を下げた。
「いや……おう、わかってくれたならいいんだが……」
「?」
「いや、普通、俺みたいな強面の狼顔があんだけ威嚇してりゃ逃げると思ったんだが……庇って剣向けてくるし、ビビるどころかちゃんと話してくれるわで……驚きよ」
「獣人族は理性的で、お話しできる人には危害を加えないって聞いていたのもあって……」
「そうだったんだ……こちらこそすみません。獣人族の事を知らずに剣を向けてしまって」
ティアラとサーロは姿勢を正し、頭を下げる。狼の獣人は気まずくなって爪でポリポリ頬を掻いた。
「いや……こちらこそすまん。でもよ……俺怖くなかったのか?」
「いえ」
「むしろ……もふもふ……」
ティアラは手をわきわき開いたり閉じたりして、目の前にいるもふもふな狼の獣人に対して目を輝かしている。もはやティアラには恐怖心も警戒心もなかった。もふもふしたいだけ。
「ふ、ふがっはっはっはっは! こいつはおもしれぇ! お前ら面白いな! しかも律儀だ! さては良い奴だな!」
狼の獣人は片手で頭を押さえて、もう片手でお腹を抱え、大笑いをし始めた。サーロとティアラはお互い顔を見合わせてキョトンとしている。
「はっはっはっ……ふぅ。いやー、悪かった悪かった! ちゃんと話せばわかる奴らでよかったぜ! あんたら名前はなんて言うんだ?」
「私はティアラと言います。クウェンチエルフです」
「僕はサーロです。人間です」
狼の獣人は親指を自分に向けてビシッと立ててキメ顔をする。
「俺の名はウルバルってんだ! 孤高の狼獣人だぜ! よろしくな!」




