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翡翠色に導かれて

嵐吹き荒れる暗夜の海原。そこに木造の大きな帆船が荒波に揺さぶられている。必死に舵を取る無精髭の男と帆柱にしがみつくバンダナを巻いた若い男。嵐に声がかき消されないよう喉が張り裂けるほどの大声をあげて会話していた。


「親分! ヤバいですよこの嵐ヤバいですって!」


「うるせい! 今まで俺達希少種ハンターに乗り越えられない海があったか! 黙って航路を確認しやがれ!」


「いやでも! この嵐普通じゃないっすよ! やっぱり手を出すべきじゃなかったんすよ! クウェンチエルフの隠れ里を襲うなんて! 殺したエルフたちの呪いですよ!」


「いまさら何ビビってんだ! 呪いなんてこの世にゃごまんと転がってるだろうが! だからこそクウェンチエルフは需要あるんだろうが! やつらに宿る翡翠色には呪いを癒し解く力があるんだからよ!」


「た、たしかに……翡翠の髪に、翡翠の瞳に、翡翠の爪に……これだけでもだいぶえぐいっすけど……翡翠の骨に、翡翠の内臓に……どれ思い出してもやっぱえぐいっす……」


「それが仕事だろうが! いまさら血生臭いことに怖気づいてるんじゃねえ!」


「……まぁでも! あの子はラッキーですね! 唯一殺されずに済んだ子! まさか翡翠があんなのに宿るなんて思いませんでしたからねー! いやー不幸中の幸いってやつですねー! その子!」


「ハッ! 不幸中の幸い? 不幸中の超絶不幸の間違いだろ! なんせそいつの翡翠は生きてなきゃ集められないんだからな! だが生きてる限りは採取し続けられる! その翡翠を集めるためにこれからどんな目に合うかなんて想像に容易いだろ!」


横波に煽られる帆船。親分と呼ばれた男は必死に舵を切り返す。


「まぁ、そうっすよね! あーかわいそー!」


帆柱にしがみついている若い男はどこか嘲笑気味に声高らかに叫んだ。


「他のやつらはちゃんと仕事してんのか! 今まさにあのクウェンチエルフのガキは悲しみの真っただ中なんだからな! どんどん集めるだけ翡翠を集めやがれ!」


「あーーー! 俺もそっち行きたかったーーー!」


「だからてめぇは航路を確認しやがれ!」


「幼気なエルフの少女を泣かせるだけの簡単なお仕事!」





暗い部屋。窓もない。壁越しに聴こえる嵐の轟音。軋み揺られる船内の、牢の中。牢の外からは仄かにカンテラの光が射し込んでいる。生気を失った目をした薄い金髪の少女が照らし出されていた。牢の外からは男達のにぎやかな話声が聴こえる。


──聴きたくない。でも聴こえる。いやだ、聴きたくない。


少女はか細い炎の様な意識で自分に言葉をかけ続けている。


──私はきっと、死に向かってるんだ。心が何も感じなくなってる気がする。散々流れた涙も今は枯れたみたい。私が虚ろな目を浮かべてから、悲しみを、恐れを感じる心が麻痺してから、男たちの仕打ちは無くなった。きっと……またすぐに始まるだろうけど。


少女の左目から薄く涙が滲み出てくる。


──どうして……みんな殺されちゃったの……?どうして……私だけが残されたの……?どうして、どうして……。


「私の涙は翡翠色なの?」


──もう、何も感じない……はずなのに、また涙がこぼれそうだ……。お母さんは言ってたのに、大切な人の前でだけあなたは泣いていいのよって。お母さんごめんなさい、ごめんなさい。泣き虫な私には約束守れないよ……。お母さん……。


声が聞こえてきた。聞きたくない。聴きたくない。少女はそう念じた。でも聞こえてしまった。


「なぁ、この翡翠の髪の毛すげぇ上物だな! はぁ~、売るのがもったいないくらいだぜ!」


「たしかあのガキの母親のだろ? 母子揃って価値が高いことよ!」


「なぁ、その髪俺にも触らせてくれよ! な! いいだろっ!」


「嫌だよ! この艶めかしさ! はぁ……、俺だけのものにしてぇ……!」


男は翡翠色の刈り取られた長髪を頬で撫でる。その影がエルフの少女がいる牢の中に伸びてくる。


──やめて、やめて、やめて、お母さんの、やめて、私の大好きなお母さんの髪を……やめて、やめて、やめて、やめて、やめて……。


 涙が一筋流れ落ちた。その色は、緋色であった。


──やめて……やめろ……やめろっ……やめろっ!


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」




「親分ー! なんか今聞こえましたー?」


「あ? このクソな嵐の音とテメェのクソな声しか聞こえねえよ!」


「んー気のせいか? てかこんな暗くて星も見えないのに航路なんて……ん?」


帆船の進路が急に定まったかのように一直線に進み始めた。親分の握ってる舵が急にびくともしなくなった。そして帆船の進む先には……。


「な……何だありゃ……」


それは天まで届きそうなほどの、壁のような荒波が迫って来ていたのだ。

刹那、この光景を目の当たりにしたバンダナを巻いた若い男は、絶望した心で呟いた。


「呪いだ……ハハッ! ハハハハハッ! 俺たちは呪い殺されるんだ!」


そして帆船は荒れ狂う海に飲み込まれていった。粉々に砕かれていく木造の帆船。もがき苦しむが決して海面に上がることのできない男達。

エルフの少女はひとり何かに導かれるように暗夜の元、海流に身を運ばれて行く。それを見送る様に緋色に輝いた長い髪の毛。その輝きは次第に薄れていき、帆船と一緒に深海に沈んでいった。


「あなたには笑顔が似合うのよ。ティアラ。大丈夫。こいつらは二度とあなたと出会うことはないから。お母さんの最後の呪い。だから」

 

暗き深海の中で、ティアラの母親の髪が微かに、優しい、翡翠色の光が灯された。


「あなたは笑顔で生きてね」


意識が薄れていく中、母親の声が聞こえた気がした。クウェンチエルフの少女ティアラはなぜか海面に浮かびながら優しい流れに身を運ばれていた。周りは嵐なのに、ティアラの周りだけは不思議と穏やかだった。お母さんに包み込まれているような心地がしていた。一筋涙がこぼれた。翡翠色の涙が。




海辺に近い森の中の古い家屋に一人で暮らす少年がいた。日は登らないが少しずつ明るくなった暁の時間。少年はドアを勢いよく開け海岸へ向かった。


「よかった! 嵐治まった! じっちゃんのお墓見に行かないと!」


少年は走る。


「でも昨日の嵐は変だったな~。急に曇り出したかと思ったらあの豪雨と雷雨と暴風と……」


少年は喋る。一人で。


「じっちゃんならきっと言うだろーなー。不思議で不可解なことがこの世に起きたらそこにはきっと呪いがあるって……って、また独り言……はぁ、じっちゃんとお別れしてからやっぱり増えてるな……」


少し自嘲気味に笑う少年。


「でも! まあいいか!」


海岸にたどり着き、少しだけ小高い崖の上にある石碑に近寄る。そして石碑にどこか欠けた部分がないか念入りに調べる。ふぅ、と大丈夫だったことがわかり一息ついた少年は、石碑に向かい両手を合わせ目を瞑った。


「じっちゃん。僕は元気だよ! じっちゃんも元気で過ごしてね」


少年は日課のお墓参りを済ませると、昨日嵐で荒れていたはずの海岸に目を向けた。今はとても心地の良い静かなさざ波の音が聴こえてくる。水平線を見るともうすぐ日が昇りそうだった。

でも今はまだ薄暗い暁の時。仄暗さの中に輝いて見えたのは……。


──翡翠色……? 海辺に誰か倒れてる!


目をこすってもう一度見てみると薄い金髪色をした髪の長い少女が波打ち際に倒れている。


──翡翠色に光って見えたのは……気のせい……かな?


少年は走る。少女の元へ。水平線から太陽が顔を出す。煌めく日射しが二人を照らす。


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