クラークの弟子アイシャ
アバンダンシア唯一の小さな病院。町のみんなからアイシャ先生と呼ばれる白衣を着た女性は、古い文献を読み漁っていた。机の上重ねて置かれている本のタイトルには、呪いやまじないと書かれているものが多くあった。中にはアバンダンシアの歴史と書いてあるものも。
そして今手に取っている本は、本というよりかは日記であった。それはアイシャの師であるクラークのものである。日記は何度も読まれているようで、紙がよれてしまっていた。
──クラーク先生。アバンダンシアは、今でも恵みに満ちてます。あなたのおかげです。
アイシャはいつになく真剣な面持ちをしていた。窓からは眩しい程の日射しが射し込んでいる。アイシャは日記を閉じ、机へそっと置く。今日はもっと早く来るはずだったサーロは来なかった。少し、胸騒ぎがしていた。しかし思い返して、きっと街の人の手伝いをしているのだろうと、あの、クラーク先生に似た優しい少年の事だ、と。アイシャはお昼を食べにグリマのいる切り株スウィートショップへ向かおうとした。
ドンドンドンドン!
急に病院の入り口から扉を強く叩く音が。胸騒ぎが強くなる。アイシャは急いで玄関へ向かい扉を開けた。そこには息を切らし切迫した様子のティアラが立っていた。
「ティアラ? どうしたの」
「アイシャ……先生に、話さないといけないことが……あって!」
呼吸も落ち着かないまま大事な何かを伝えようとするティアラ。アイシャはひとまず冷静に状況を確認しようとした。
「ティアラ、落ち着いて。まずは深呼吸」
「……はい。すぅ~~~……はぁ~~」
「よし! で、どうしたの? そういえばサーロは? 一緒じゃないの?」
「サーロは……渇きの呪いに魅入られて……! サーロが……!」
「渇きの呪い……!」
アイシャは瞬間記憶を探る。忘れかけていた渇きの呪いについて思い出す。その呪いにサーロは魅入られたのだと。もし本当なら、いや、ティアラは嘘をつかない。つまり本当にサーロは渇きの呪いに魅入られているのだ。あの、肉体だけでなく、心も蝕んでいく呪いに。
「サーロはどこ!? 何があったの!」
「サーロは今ガレアさんが連れてきてくれてます……! 私は先に来て、一番信用できて頼れる人の元へ事情を話してほしいと……」
「ガレアさん? 知らない名前ね。そうか……昨日街に来た旅人の事ね」
「はい……」
「渇きの呪いに魅入られたってことは……ティアラ、落ち着いて、落ち着いて私に話してちょうだい」
ティアラは話した。昨日の夜の事を。サーロの身に起こったことを。手を貸してくれたガレアの事。翡翠の涙がより強まるにはどうすればいいかということも。
「私の翡翠の力が最高になるまで、私は、サーロと旅に出たいと思います。涙を流し続けるために悲しみを求めて……他にあるかもしれない呪いの解き方を探すためにも」
「ティアラ……」
すると足音が聞こえてきた。二人分の足音だった。
「話は出来たかい? ティアラ。その人がアイシャ先生だね。クラークのお弟子さんとの事で」
「ティアラ、それとアイシャ先生……すみません」
サーロは意識もハッキリし、自ら歩き喋ることも出来ていた。しかし、やはり表情には渇きの呪いに苦しめられ、耐えているようであった。
「すみません、じゃないわよ! サーロ! あんたって子は……!」
アイシャは目に涙を浮かばせた。自分は医者であり、呪いやまじないについても学んでいる。しかし、今の自分では渇きの呪いを解く術は持ち合わせていなかった。それが歯痒く、悔しく、情けなかった。
「アイシャ先生。あなたもクラークの弟子という事なら、渇きの呪いについてご存じですよね」
「ええ」
「では、どうしてあなただけに話しに来たかのかも、察していただけるかな?」
「……」
「まだ詳しく呪いについてティアラとサーロに話してなかったね。きっと私より呪いについて詳しく話せるだろう。アイシャ先生、教えてあげられるかい?」