翡翠の涙を流す為
「永遠の愛を……最も愛するものと……」
「そうだ。まぁ、永遠の愛を誓いたいほどの愛するものがキミには……」
ティアラは口を強く結び、ガレアの瞳を真っすぐ見つめ返す。そして視線を落とし、渇きの呪いに耐えているサーロを優しく、愛おしく、揺ぎなく見据える。そして、首を抑え強張っている手に、ティアラはそっと、自分の手を添えた。
「いる……みたいだね。こんな状況じゃなければ、とても甘酸っぱい、懐かしい気持ちが湧くのだがね」
ガレアは、少し嬉しそうに、少し切なそうに、笑みを浮かべた。
「ティアラ、キミは生まれてから何回季節を廻ったのかな?」
「十七回です。私の里の慣習では、十八回季節を廻った者は大人として祝福されます」
「ふむ。なら、あと季節が一廻りすれば、翡翠の力が最高になるための条件のひとつは満たされるわけだ。……だが」
「……ぁっ……かはっ……!」
サーロから渇いた唸り声が漏れ出す。ティアラはサーロを心配して、握る手にこもる力が強まる。涙を流したいが、やはり流れてこなかった。
「問題は、この少年がそれまで生きていられるかだね」
「私が涙を流し続けます。癒し続けます。その時が来るまで」
「どうやって?」
「過去の悲しみを……今の悲しみも想い感じて、私が悲しみの中にいれば……涙は流れるはずです……」
「それは難しいことだね、あと私は肯定したくないね」
ティアラの悲痛な、しかし決意のこもった返答をガレアは咎めた。
「でも……! 今はそれしかっ! いいんです! 私は泣き虫だから! サーロのために涙を流せるならっ!」
「過去の記憶にすがっても、今の悲しみに浸っても、心はその悲しみになれ、停滞していくだけだよ。自分の感じることだけで悲しみ涙を流すなんて感覚、すぐに麻痺していく」
「でも……それでも私は……!」
「ふむ、ここで一つ提案できることがある。茨の道かもしれないがね。と、その前に」
ガレアは鞘から自分の髪色と似た色の剣を少しだけ引き抜いた。ティアラは何事かと目を見張る。引き抜いた刃が剥き出しとなる剣に、ガレアは掌をスーッと沿い当てた。掌から血が浮かび上がる。
その血が浮かび上がった掌で、サーロの首の紋様をなぞり、血を染み込ませるようガレアは片手を動かした。ティアラは自分の手をどけてその様子を見ているしかなかった。
サーロの呼吸が落ち着いてきてた。意識はあるようだが、まだ苦しさもあるのか瞼を強く閉じている。
「あの……これは……」
「応急処置とでも言えばいいかな。彼より強い呪われた者の血の力で、短い間だが呪いの一部の作用を抑えているんだよ」
「あなたの……不老の呪いでですか?」
「まあね。しかし呪いの上書きとも言えるこの行為は、呪いを解くどころかむしろ濃く深く強いものにしてしまう。それに、サーロの呪いが私の呪いに耐性を持ってしまえば呪いを抑えるどころかただ強くしてしまうだけさ」
サーロの首の紋様の色合いがやや黒みを増し鮮やかさを失っていた。それが呪いが濃く深くなった証なのだろうとティアラは理解した。
「でも、とりあえずしばらくは苦しみに悶えることはないだろう」
「あ……ありがとうございます……ガレアさん」
「さて、先程言いかけた提案なのだがね」
「はい……!」
「キミはこの少年と永遠の愛を誓う覚悟はある。問題は、どう最適な時が来るまで彼の呪いを癒し抑えるかだが」
ティアラは息をのむ。しかし、どんなことでも受け入れる覚悟はあった。
「旅に出るんだ。この世界の悲しみを探しに」