翡翠の癒しが充ちる時
「不老の……呪い?」
ティアラは龍人族のガレアと名乗った女性の胸元を見る。そこにはサーロと同じような奇妙な紋様が刻まれていたのだ。その色合いはサーロの紋様より濃く、血が固まったかのような黒色だった。
「そう、永遠に若さを保ててしまうのさ。でも不死ではないよ。殺されれば死ぬし、自ら終わらせることも出来る」
そういうと、ガレアは服を正し胸元を隠した。そして自嘲気味に笑った。
「まぁ、殺されるなんてありえないし、自分で終わらせるなんてもっとありえないけどね」
「それは……呪いなんですか?」
「そうだね。呪いだよ。永遠に生きられる、と言ったらこの呪いに魅入られたい者だっているだろうさ。私は望んでいなかったがね」
ガレアは目を閉じ少し天を仰ぐ。何かの思いを馳せているようだった。ガレアの心の風景は相変わらず広すぎ、ティアラには本質を捉えきれなかった。
「私はこんな呪い要らなかった。だが、生き続けられるなら生き続けよう」
「ガレアさん……」
「……ぁ……がっ……」
「サーロ!!」
「おや、目覚めたか」
サーロが苦しむ声と共に目を覚ました。しかし、やはり喉元を両手で強く抑え、渇きの呪いに耐え抗っている。サーロの首の紋様は鮮血のような赤色だった。
──そんな! どうして呪いとけてないの……!? サーロ! サーロッ!! もっと流さなきゃ、涙を! でも……どうして……流れてこないの……! どうして!
ティアラはサーロの元に駆け寄る。サーロの両頬に触れ、顔を近づけ、また涙を流そうとした。しかし、涙は全く流れてこない。悲しみは感じるのに。サーロの干乾び、痛みと苦しみに侵された心を感じるのに。
「何もできないの? サーロは私を助けてくれたのに……! いつも笑顔を運んでくれた大切な人なのに……私は……私はっ!」
ティアラの肩にそっと手が触れる。
「落ち着くんだ。ティアラ」
ガレアはティアラを優しくたしなめる。その声にはとても重厚でいて深みを感じさせる響きがあった。ティアラは過呼吸気味になりそうだったが、おかげで少しだが冷静さを取り戻せた。
「この世界の理の中にあるものは有限だ。限りがある。涙が絶えることなく流れ続けることはない」
「でも……! でもっ……! 私はクウェンチエルフで! 翡翠を持ってるのに……! どうしてサーロの呪いはっ!」
「クウェンチエルフの翡翠はあくまで癒しだ。キミの翡翠の癒しの力より呪いが強ければ完全に呪いを消し去ることは出来ない」
「そん……な……」
ティアラは愕然とした。
──私の翡翠の涙じゃ……サーロを助けられないの……?
「だが、その癒しの力は強くなれる」
「え……?」
ガレアの力強い断言。
──癒しの力を強くする……?
「私の旧友に……どれくらい昔かは忘れたが、クウェンチエルフがいたのさ。そのもの曰く、呪いを癒す力は、とある時に最高になるとの事だ」
「それはいつですか! はやく……はやくしないとサーロは!」
ティアラはガレアに迫りよる。ガレアは動じず、ティアラの瞳を見据える。
「クウェンチエルフとして大人になり、そして、最も愛するものと永遠の愛を誓った時だよ」