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笑顔が似合うキミの涙で

サーロは首に血の様に紅い紋様が刻まれてから、刃物をあらん限りの力で握りしめ、もう片手は首を強く抑えている。耐えがたい激しい苦しみが少年を襲う。

ティアラは苦しみに必死に耐えているサーロに駆け寄った。サーロの隣には血を吐き倒れているカーテがいる。もう動いていない。息もしていない。しかし今のティアラには気に留めている余裕などなかった。


──サーロの心が……変わっていく……!


新緑の草原、爽やかな風、澄んだ泉の煌めき……そしてそこに立つ少年。その光景は崩れ始めた。

 

草木はみるみる枯れていき、ひび割れて渇いた大地がむき出しになる。運ばれてくる風は生命の息吹を奪うもので、痛みと滅びしか届いてこない。泉の水は渇いた大地に吸い取られ、そこに残ったのは空虚な大穴だけ。


ティアラは心の風景に見える少年に近づこうともっと意識を集中する。渇いた大地を駆ける。近づく。手を伸ばす。近寄る少女に気付いた少年は振り返る。その顔には、ひびが入っていた。とても崩れ去りそうな、哀しく苦しい顔をしていた。


「サーロ! サーロ!! 大丈夫! サーロッ!!」


意識を心の風景から今目の前で苦しんでいるサーロに切り替える。何が起きているのか、何をすればいいのか頭を必死に働かせるが、混乱と動揺で良い案は出てこない。苦しみに耐えながらもサーロはティアラの姿を見ると、安堵した表情を見せる。


「ティ……アラは……大丈……夫……がっ!」


「私は大丈夫! 大丈夫だから!! どうしたの!?」


「じっちゃんから……聞いたこと……ぁ……呪いには……死を招いたものに……継承……され……がっ!」


「呪い? なら! アイシャ先生なら! 街まで行こうサーロッ!!」


普段から医学やまじないについて研究してるアイシャならこの状況を解決してくれるのではと淡い希望が湧いた。


「呪い……は、アイシャ……先生にも……治せな……ぁ、かっ! ぁぁぁぁぁあああああっ!!」


口から滴るほどに血を吐き出す。心の風景の少年の顔に走るひびが深くなる。呪いはサーロの身体を、心をどんどん蝕んでいく。


──どうしよう、どうしよう、どうしよう、私のせいだ、私を庇ってサーロは、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう!


何もできない自分の不甲斐無さと、苦しみ悶えるサーロを目にして涙が瞳からこぼれてくる。クウェンチエルフの少女は涙をこぼす。その雫は指先に滴り落ちる。翡翠色の涙の雫が。


──翡翠色……翡翠! そうだ! 私の涙は!


ティアラは翡翠の涙の雫で濡れた指先をサーロの口に含ませる。サーロは驚いた。舌に当たる指先から、ほんの少しだが翡翠の涙が染み込んでくる。それはひどく渇く苦しみを僅かに緩和し癒してくれた。少年の血に染まった口から指が抜かれる。先程の耐え難い苦しみから束の間解放される。


「……ティアラ……」


サーロは悲痛な面持ちをした。とても、とても、悲しい顔だった。


──優しい……本当に優しい彼だから、その為なら。大切な人の為なら。


「サーロ……私の涙を……飲んで」




──彼女には笑顔が似合う。はじめて会った時から僕はそう思っていた。だから……彼女を泣かせるようなことは絶対にしないと……。ごめん……ごめん……ティアラ……。


──大丈夫だよ。サーロ。大丈夫。私は辛くないよ。悲しくないよ。ホントだよ。だからそんな顔しないで。キミまで泣くことないんだから……。今は私が涙を流すときなんだよ。キミのためにこの翡翠の涙を流せるなら、私は本望だよ。だからほら、泣かないでサーロ。ほら、私の涙を飲んで。


波の音が聴こえる夜の森の中。一軒だけ建っている古びた家は月明かりに照らされている。その中で、翡翠色の涙を流す少女と、刃物を力なく握ったままの血にまみれた少年がしゃがみ向かい合っている。

少女は少年の頬を両手で優しく包み込む。少年は悲痛な面持ちのまま、少女に促されるままに、彼女の頬に口をつけ、流れ出る翡翠の涙を、飲む。飲む。飲む。流れ出る涙は少年の渇き裂けそうな喉を癒し潤す。涙が止まらない。 翡翠色の涙を流すエルフの少女ティアラと呪われてしまった人間の少年サーロ。

月明かりが届かぬ二人から少し離れたところに、腹部と口から血をこぼし今まさに絶命したばかりの人間がもう一人。不敵な笑みを浮かべていた。


「大丈夫だよ。サーロ。涙は出るけど、私は辛くないよ。だから……飲んで」


ティアラとサーロは、いつしか、気を失っていた。




「ふむ、やはりお酒はいいものだ。少し酔い醒ましがてら、夜の散歩も悪くないかな」


一人森をのんびり歩く紅蓮髪の女性。


「しかし……クラークは亡くなっていたか……やはり、時の流れに私は取り残されているな」


空を見上げ、過去に思いを馳せる。


「私が呪いを受けてから、幾つ季節を廻っただろうか。ふぅ、やはり少し酔ってしまったな。暑い」


服の胸元を無造作に開く。そこに見えた肌には紋様が刻まれていた。


「にしても、クラークのやつ、相変わらずお人好しだったみたいだな。育て子……どんな子かな」


ここまでが序章に繋がる一章です。この世界の物語を観たいと思って貰えたら幸いです。感想や評価などいただけたら僥倖です。

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