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醜怪(みにくいかいぶつ)  作者: 卯雪リオ
3/6

2030年✕月5日 本番の朝

36.2030年✕月5日 8時 宇宙船内 サイ


 (こいつら、ヤバイくらい強い気配を感じる。相当遣り手だな。)

 地球専用宇宙船で、キース.ナパナと従者を迎えた。

 二人とも隠しているが、ただ者ではない気配が伝わってくる。

 (ご同行は、エース様だしな。)

 警備隊本部から同行してきたのは、警備隊の中でも一番腕のたつ若手エースと、年配だが達人と言われたベテランだ。

 (確かに、何かあったらアイと俺では手に負えないな、こりゃ。)

 アイもこの5年で大分成長したが、訓練でまだまだ俺には勝てない。

 アイをチラッと見る。

 いかにも気合い入りまくってます、そんな感じでビシッと立っている。

 対してカイは、猫背気味でやる気なさそうに立っている。

 (昨日の事もあってどうなるかと思ったが…大丈夫そうだな。)

 昨日アイは、22時頃帰ってきた。

 ヒメノと別れて1時間、街中を走り回って気持ちを切り替えたらしい。

 (なんつーか、真面目くんだよな。適当にごまかして付き合うとか出来ないんだよな。)

 ヒメノと何があったか、律儀に報告してきた、アイ。

 とりあえずビールを差し出すと、一気に飲み干してとっとと寝た。

 (おじさん達は、ああいう若者を応援したくなっちゃうんだよね~。)

 まあ、まずは今日を乗り気ってからの話だ。


 {初めまして、キース.ナパナと申します。}

 「どうも、地球担当の隊長サイです。こちらが、カイとアイです。」

 お互いに挨拶すると、今日の予定を話し合う。

 「今日の所はこの宇宙船内で地球内を観察して、降りるのは明日以降にさせていただきます。」

 キース.ナパナは舌打ちした。

 {早く降りたいんだが。地球の情報は来るときに散々見たが。観察など必要ないだろ。それより、指名手配犯の捜査はどうなっている。}

 うわ、キター!!その話。

 「現在調査中です。」

 本部から、これで通せと言われている。

 {いつまでかかる!。早く見つけて連れてこい!!。}

「スミマセン、何せ反応は希薄でして…。」

 ペコペコ頭を下げると視線を感じた。

 チラッと隣にいる男を見る。

 {…。}

 (この従者、…何も感じないが、隙がない。要注意だな。)

 武器を持たず、キース.ナパナから一歩下がって黙って立っているだけだが、踏み込んだら殺れるだろうな。

 (むしろ手合わせしてもらいたいくらいだ。)

 従者をじっと見る。

 何も反応しない。

 (うーん、何かいいな。マジで頼もうかな。)

 

 「では、モニタールームにご案内します。こちらへどうぞ。」

 さて、どこまで時間を稼げるかな。

 奴らには、とっとと諦めて帰っていただきたい。

 地球が誰かに支配される様な自体だけは避けたい。

 

 俺達宇宙警備隊の願いだ。



37.2030年✕月5日 8時 フランス 西園寺ヒメノ


 (…朝。)

 ヒメノは、ベッドの中でぼーっとしている。

 (えーと…あれ?、あたし昨日…。)

 少しずつ記憶が戻ってくる。

 (そうだ、脳ミソパンクして寝不足もたたり…。ベッドにダイブしたら寝落ちしたんだ。)

 昨夜の事も、思い出す。

 いつもなら赤くなるヒメノだが、今は落ち着いている。

 なぜなら…アイと次に会う事はもうないからだ。

 ***

 昨日の21時、アイさんがエレベーターまで送ってくれた。

 「ヒメノ、ここまでです。」

 「はい。」

 「明日、頑張って下さい。応援してます。」

 「ありがとうございます。」

 「…」

 「…」

 二人とも、次の言葉がでてこない。

 

 チン

 

 エレベーターが到着した。中から夫婦らしき二人が中睦まじく腕を組んで降りていく。

 ヒメノもエレベーターに乗った。

 「…それでは。」

 ドアが閉まるまで、アイさんの顔を最後にしっかり目に焼きつけよう。

 ゆっくりドアが閉まる。が、閉まる直前に手が差し込まれ、ドアが開くとアイさんが飛び込んで来てヒメノを抱きしめる。

 「ヒメノ…。」

 きつく抱きしめられて、鼻をくっ付けてグリグリするとエレベーターのドアの開くボタンを押してドアを開けて走り去って行った。

 ヒメノは壁に寄りかかり、ボーっと閉まったドアを見つめた。

 (…階数ボタンを押していない。)

 しばらくして階数ボタンを押して部屋に着くと、ベッドにダイブして寝てしまった。

 

 (最後にそれって。鼻かよって感じ。)

 ちょっと笑ってしまう。

 最後は、唇にして欲しかったな…。

 アイさんには言わなかったが、実は初めてのキスだった。

 (男の子と付き合うチャンスはなかったからなぁ。ヒメの記憶の中でもあったけど、地球のキスって宇宙的にみたら異常なのかしら??。まさかの鼻と鼻には、驚いた。)

 でもアイさんがそれをしても、嫌ではなかった。

 (むしろ嬉しかったよ。)

 宇宙は広い、求愛方法が違うのは地球人は受け入れがたいかもしれない。

 ヒメ達も地球人に口があり、口をくっ付ける行為を見て驚いていた。

 (一夜限りの恋人か…。)

 あの後、アイさんから宇宙警備隊の規則で、プライベートで地球人と交流はまだ許可が出ていないから、ばれたら始末書もの、下手すると移動させられてしまうかもしれない事。

 許可が出るには、地球人の宇宙人受け入れレベルがもう少し上がらないと、それが10年先か、20年先か。

 さらに、万が一ヒメノと結婚とかなると、警備隊を辞めてその星に永住する事が義務付けられている。二度と故郷には帰れない。

 「まだ僕は、警備隊では新人でまだまだなんです。隊長にもいまだに勝てないし、カイさんには到底及ばない。いつになるか、わからないのにあなたに待ってくれとは言えない。勝手でスミマセン。」

 アイさんはヒメノの目を見ながら、きちんと説明してくれた。

 「ちゃんと話てくれて、ありがとう。」

 ヒメノも、アイに向かって自分の今の気持ちを話す。

 「アイさんの気持ちはとても嬉しいし、私も出来ればもっと一緒にいて、もっとアイさんの事知りたいです。」

 ヒメノは、アイの手をとる。

 「ピアニストとして生涯生きて行くと15歳の時決めた気持ちも本気で、私もまだまだ成長途中です。」

 ヒメノはにっこり微笑み、アイの手に指を絡めた。

 「アイさんには、会えないけれど、お互いに頑張って行きましょう。私は、警備隊ニュース楽しみに見てますからね。後、これまで以上に【アイラー】活動頑張っちゃいます。公表して、テーマ曲でも作って見ようかな。」

 アイはヒメノを抱きしめながら愛おしそうに見つめてくる。

 「カイさんと隊長のも是非作ってあげて下さいね。あ、俺のはカッコいい感じで、カイさんはオタクな感じ。隊長は…。」

 そんな話をしながら、一夜限りの恋人時間を楽しく過ごした。

 ***

 「…熱いシャワー、浴びよう。」

 ヒメノも、昨日で気持ちを切り替えた。

 宇宙警備隊との恋なんてハードル難易度マックス、連絡も取れない相手との恋は、精神的にもかなりつらくなるのはわかっている。

 

 「素敵な一夜限りの恋人時間だったな。」



38.2030年✕月5日 10時 フランス レオナール


 (今日は、おいでになりましたか、しかし…。)

 朝一、謎シンガーがとうとうリハーサルに登場した。

 (みんなざわついてるし、そこまでするかね。)

 サングラスに、マスク、黒いフード付きロングコートを着て現れた奴に、全員唖然としていた。

 「では、一回通してやっていただいても?。よろしいですかマエストロ。」

 (何故お前が仕切る!。山田!。)

 マネージャーの山田が謎シンガーとの橋渡しをしている。

 いちいちこいつを挟まないと会話がなりたたない。

 『コンマス、最初から通して行こう。』

 「はい、マエストロ。」

 コンマスが、みんなに指示を出し、やっと一曲目が練習できる。

 「あぁ、彼は軽く歌いますから。本番はもちろん全力ですので。」

 『…。』

 指揮棒を振り、曲が始まった。


 「まあまあ、ですかね。では、私たちはこれで。本番よろしくお願いいたします。」

 『?。まだ、一回しか通してないが、もう一度くらい出来る時間ある。』

 「一度やれば、大丈夫ですよ。」

 山田が、シンガーを連れて控え室に戻ろうとするが、俺が先回りして立ち塞がる。

 『…いや、もう一度だ。』

 「ですから、一度…。」

 山田を無視して奴の顔を睨む。

 『もう一度だ。…言わなくても分かるよな、もう一度の理由。』

 謎シンガーは、首をすくめて両手を軽く上げてお手上げポーズをする。

 「さすがマエストロ、僕のお眼鏡にかなうだけある。」

 『戻ってもらおうか。すまないみんな、もう一度通してやる。』

 みんなも、待ってましたとばかりに、準備を始める。

 『…本番なめるなよ。』

 戻ってきた奴に、小声で注意する。

 「おぉ、怖~い。」


 2曲やって、今度こそ奴らは控え室に帰って行った。

 俺はため息をつき、コンマスも額の汗を拭う。

 『軽く歌って、あれか?。』

 「本番、怖いですね。」

 他のオケメンバーも、かなりざわついてる。

 リハーサルで軽く歌っただけで、あれだけ歌われたら正直自分達がついて行けるか不安になる。

 『一回、リセットしよう。』

 「あぁ、そろそろヒメノ西園寺がリハーサルに来る時間だし。15分休憩しよう。」

 

 (オウジ、…とんでもない奴見つけたな。)


 やはり、3曲目がよかったのではないか?。

 本番で1曲目が終わり、異様な空気の中、2曲目に弾くヒメノが少し心配になってきた。


 「1曲目の後、休憩入れた方がよくないか?。」

 コンマスも同じ事を思ったらしい。

 『そうだな、スタッフに話て見よう。』

 コンマスと二人、コンサートの成功の為に少しでも出来る事をしよう。

 (…ヒメノの為にも。)

 


39.2030年✕月5日 12時 フランス オウジ


 控え室のモニターから、西園寺ヒメノの演奏が聞こえてくる。

 俺は、ソファーに座りテーブルに足を投げてぼーっと聞いていた。

 〈…美しいね…。〉

 「そうだな。」

 画面に映ったヒメノは美しく、音色も素晴らしい。

 オウジは今部屋に一人きり、サングラスもマスクも外している。

 サングラスに映った自分の顔をチラッと見た。

 オウジの顔を知っているのは、マネージャー山田を含め数人のみ。

 山田は今、昼をテイクアウトしに出かけている。

 しばらく帰って来ないだろう、オウジがヒメノの演奏をゆっくり聞けるように、気を聞かせて出て行ったのだ。

 (本当あの男、面白い男だよな。)

 山田は、かなり変わり者だ。

 基本、楽しく面白く毎日を過ごすをモットーに、オウジの歌声ではなく見た目を気に入り、出資だけでは物足りないと、みずからマネージャーと称してオウジの世話を焼いている。

 何故か金持ちで、何ヵ国語も話せて友人も世界中にいる。最初は不審だったが、話してみたら以外に真は通っていた。

 オウジも信頼に足ると判断し、オウジの最終的な願いを叶える為全面協力をお願いしている。

 

 〈君達、ほんとバカだよね。〉

 「お前は、頑固だよ。」

 一人きりの部屋で、オウジの声とヒメノの演奏だけが聞こえる。

 「お前が出てくる時って、ヒメノの演奏聞いてる時だけだもんな。」


 オウジが今話ているのは、オウジが融合した相手。

 名前は無い。

 今でもオウジの意識の中で眠ったまま出て来ないが、何年か前にある日突然話かけてきた。

 〈この子、仲間なの?。〉

 それはオウジが他の仲間を探していて、ヒメノの事務所のホームページにアップされた演奏を見ていた時。

 「…驚いた、そうだよ。俺のツガイだったヒメだ。」

 まさか、向こうから話かけて来るなんて!。

 あれから何度話かけても答えてくれなかったのに…。

 〈この子、知ってる。〉

 「知り合いか?。」

 こいつの記憶を辿ってみる。

 〈一度だけ、ピアノ聞いた…。すごくキラキラしてキレイな音してた。〉

 あった。

 街中で人がいっぱいいるステージで、まだ小学生くらいのヒメノがピアノを披露していた。

 〈いつか、またこの子の曲が聞きたいってあのあと何度もあの場所に行った。いるわけないのに。〉

 その後、珍しく食いついてきた奴を引き留める為に、ヒメノの演奏を聴きまくった。

 (途中から、話さなくなったけど、演奏は聞いてたよな。)

 奴を表に出す大事な鍵を見つけたかもしれない。

 そう思った俺は、山田とも相談し何とか今日のコンサートにたどり着いた。

 簡単ではなかった。

 俺がコンサートに出るための根回しをし、何年もかけて今日にこぎつけたのだ。

 ヒメノもレオナールもまだまだ駆け出しで、実力と経験が足らずにあがいていたのを影からほんのちょっと手助けしたりして二人の知名度を上げた。

 もともと実力はあるから、ほんのちょっと手助けで済んだ。

 その頃、ライアンも見つけて行動をチェックし始めた。 

 やるからには、最高の音楽がやりたい。

 指揮棒はレオナールに振らせて、ヒメノと共演させる。

 それに自分が絡めれば、奴の気持ちも動くかもしれない。

 今日が駄目でも、次はライアンと最高のタッグチームを作って、音楽を続けていけばいつか奴に

思いが届くはず。


 (後少しだったのに…。)

 

 状況が変わったのは、つい先日。

宇宙警備隊ニュース。

 「うぉ!なかなか凄いのきたな!。アメージング!!。」

 一緒に見ていた山田も驚いていた。

 「…え…。」

 俺は違う意味で、驚いていた。

 「どうした?。」

 「…これ、俺達。」

 「?。俺達?。」

 「指名手配?。何で!?。」

 混乱する俺を、落ち着かせて山田が話しを聞く。

 「間違いなく、前のお前?。」

 「そう。」

 俺が元宇宙人である正体を知っているのは山田だけだ、他の奴らは知らない。

 話を聞いて驚いてはいたが、あっさり受け入れたんだから、こっちが驚いた。

 「指名手配される覚えは?。」

 「あるわけ無い、第一俺達の星は逃げ出してすぐに消滅した。」

 「フム、困ったね。このまま動いてよいものか?。」

 山田は、何人かに電話する。

 奴のネットワークは恐ろしく広い、さっきアラビア語を話していたと思ったら今度は知らない言葉を話している。

 「今、ちょっと知り合いの大臣と大統領に聞いてみたんだけど、まだ何処の国も情報はこれ以上ないみたいだな。」

 (いや、大臣と大統領って…。)

 「少し様子見ようか。」

 見方に付けると頼もしいが、敵には回したくない。

 「さっきの何語?。」

 「ネパール語だ。」

 山田は、この状況をすでに楽しみ始めたらしい。

 「…分かりやすい、今めっちゃ楽しくなってきたでしょ。」

 「お、私と言う人間がわかってきましたね。」

 ニコニコしながら、俺に指示を出す。

 「ほら、君の特製パソコンで情報集めて。俺は、次かけるから。」

 二人で手分けして情報を集めたが、新しい情報は何もなかった。

 とりあえず、事前の予定通り行動しながら、情報を集めていたら、警備隊がフランスに現れたらしいと書き込みがされる。

 「あちゃー、場所、コンサート会場周辺。何かあったんだろうね。」

 山田が天を仰ぐ。

 「だろうね、至近距離で二人が会ったから?。それくらいではバレないと思うんだけど…。」

 俺達は魂を融合するだけで、地球人である事に変わりはわない。

 「作戦を考えよう。」

 俺達はありとあらゆる可能性を考えて、作戦会議をした。

 

 とりあえず、フランスでなにが起こるか分からないので、ライアンとのプロジェクトは一旦止めた。事と次第によっては、中止にする。

 ライアンに会って、ライアンを巻き込まないように記憶を消した。

 仕掛けは、エレベーター。降りて「チン」と、いう音を合図に、部屋での記憶は封印される。

 催眠術のようなものだ。

 地球人になれば昔使えた能力は本来使えないが、まだ未完成なせいか多少は使える。

 かといっても、使うには意外と体力も精神力も削られるのでこの身体で使うのは今は無理だ。

 頭の良さは変わらなかったので、使えそうな技は入院中に片っ端から習得した。

 地球の語学に始まり、音楽知識、マジック、催眠術、鍵開けや、料理に裁縫、気象予報士や、投資家などありとあらゆる本を読んだ。

 奴の脳ミソは、知識を求めていた。

 そこにオウジの頭の良さが加わり、本を読むだけで理解し蓄積され実行出来る能力が備わった。

 地球のパソコンも手に入れ、改造ちょっとして

最高スペックのものを作った。

 山田にも作ってあげようとしたら、全力で拒否された。

 「私には、もて余します。後、絶対他の人に見せないように。」

 顔面蒼白で言われたのを覚えている。

 後で知ったが、地球で最高レベルの性能を持つパソコンをどうやら作ってしまったらしい…。

 (…どこか政府あたりに売ったら、イイカネになりそうだ。)

 まあ、多分今の地球人では、理解出来ないし扱えないが…。

 そんな俺、出来ない事は無い…はずだが一つだけ苦手な事がある。

 

 コンコン、コココンココンコン


 控え室のドアが、謎のリズムで叩かれる。

 「ただいま帰りました。」

 山田が、大量のテイクアウトを買って戻ってきた。

 普通に叩いては面白くないと、山田が考えた謎リズム。

 「はぁ、またそんなに…。」

 「しっかり食べないと大きくなれませんよ。ただでさえ痩せっぽっちで小さいんですから。」

 山田がテーブル一杯に食事を広げる。

 オウジが苦手なもの、食事だ。

 地球人が食べないと生きていけない事はわかっているが、どうも口から何か入れるという事に抵抗がある。

 オウジ達は、生きて行くエネルギーを大地から接種していた。

 食事と言う文化がななく、融合した彼もほとんど食事を食べさせてもらえなかったせいか、成長が未発達で胃が小さく、大量に食べられない。

 彼の死因の一つに栄養失調がある。

 彼は母親の職場で下働きのような事をやらされていて、少しでも失敗すれば殴られて、食事抜きの日々だった。

 もちろんまともな食事を食べさせてもらえなかった、残飯以下の食べ物ばかりで1日一度食べられたらいい方だ。

 母親は日本に密入国した外国人で父親は誰か、母親は話してくれなかった。

 日本に来たとき、すでに身籠っていた。

 陣痛が始まって道端で倒れたのを親切な人が助けてくれて病院に運んでくれ、奴は無事産まれた。

 しかし母親は、警察に通報される事を恐れすぐに息子を連れて逃げ出し、そこからいろんな所を転々とした。

 母親は外国人なだけあり、かなりの美人だったので、今の店の店長が二人を拾ってくれた。

 母親も店の売り上げに貢献して、店長も奴を可愛がってくれた。

 しかし、成長するに連れて奴の顔が母親に似ず

父親似なのか醜い顔だと分かるようになると、態度が変わる。

 「金になると思ったから育ててやったのに、こんな不細工じゃ、売れやしない。」

 奴はそこから奴隷のように生きてきた。

 気に入らない事があれば、母親の見ていない所で殴られ蹴られる日々。

 出生届も出てないから世間では存在しない事になっている、やりたい放題だった。

 そんな中、都会の片隅で同じような境遇の仲間が何人か出来る。

 無国籍だったり、家出した奴、犯罪の巻き沿いで行き場を失ったり、捨てられた奴。

 そいつらから言葉を教えてもらったり、簡単な計算を教わったりした。

 生きる為の知恵も教えてもらった。

 ある日、一人にこう言われた。

 「お前、前から思ったけど、いい声してるよな。」

 それから、歌を教えてもらった。

 仲間達の進めと助けもあり、路上で歌う事を始める。

 後は、あっという間だった。

 すぐに路上ライブは有名になる。

 何より、楽しかった。

 仲間が、壊れたまな板でリズムをとり、ゴミ捨て場から拾ってきた鍋の底を太鼓替わりに叩き、空き瓶をスープ-ンでやさしく叩く。

 見にきた観客も手と足で音を作り一緒に参加してくれる。

 みんな笑顔だった、国籍も、金持ちも貧乏も

年齢も男女も関係ない、ただひとつになれた。

 しかし、噂を聞きつけた店長達に見つかり仲間達も連れて行かれみんなでボコボコに殴られた。

 「仲間達は許してやるから、集めた金全部出せ。」

 隠してた、金を全部出して仲間達を解放させる。

 「お前に、こんな才能があったなんて驚きだ!。次から仮面かぶって店で歌えゃ。そうすれば、最低元の衣食住とお前の母ちゃんの仕事減らしてやるよ。」

 すでに母親は、奴の命令で体も売っていた。

 頷くと、その日は何ヵ月振のまともな食事が出てきた。 

 しかし、彼にはわかっていた…。

 (もう遅いよ…。)

 食事には、手を付けず部屋を出る。

 (最後に食べるのが、あんな奴にめぐんでもらった食事なんてまっぴらごめんだ…。)

 そのままふらふらと歩き出した。

 あまり今住んでいる場所から遠くに行ったことはなかった。

 ここが"とうきょう"と言う都市だと最近知ったし、自分が住んでいた所が"しんじゅく"と言う街だと仲間達に教えてもらった。

 ふらふら歩いていると、いつか誰かに教えてもらった"しんじゅく"の駅に着いた。

 ここから電車に乗れば何処にでも行けると教えてくれたのは誰だっけ…。

 (もう、限界が近い。最後は歌って死にたい…。)

 何とか立ち上がり、一番好きな曲を歌い始める。

 I Dreamd A Dream

 日本語で、夢やぶれてと言うタイトルだと知ったのは最近。

 母親が良く、口ずさんでいた曲。

 街中で偶然聞いたこの曲を歌いたいと、仲間に頼んで教えてもらった。

 歌詞の意味も教えてもらった、母親はどんな気持ちで口ずさんでいたのか、もう、聞くことはないだろう。

 ただ無心で最後になるであろうこの曲を歌いあげる。

 (あぁ、最高に気持ちよかった…。)

 気がつけば、回りにはたくさんの人がいてみんなが涙を流し大量の拍手が鳴りやまない。

 (幸せだ…。)

 そのまま、意識は途切れ前のめりに倒れる。

***

 そして、気がついたのは、病院のベッドの上で、なぜか俺。オウジの意識のまま目覚めた。


 あの日、生き返る打診をした。

 {イノチヤルカラオマエモットウタエヨ}

 答えは、No。

 それでもしつこく説得し、好きにしなよ、と諦めた言葉をもらい無理やり融合した。

 本当はもっと時間をかけて説得したかったが、早くしないと手遅れで奴が完全に死んでしまう。 

 間に合わなそうだったから仕方なかった。

 {オマエガイヤダトイウカラユウゴウガウマクデキナカッタダロウ}

 結果、俺達の融合は、不完全。

 奴は生き返ったが、意識は俺のままと言う状態で目覚めてしまった。

 (君達の事情は理解したよ。僕の体で君の好きに生きればいいさ。)

 奴はそう言ったきり、俺の中で沈黙した。

 

 それ以来、何度話しかけても反応がなかった。

 

 (なら、勝手にさせてもらうか。)

 奴が自分から出たいと思える日が来るまで、俺はこの体を借りて、存分に活用した。

 いつ、出てきてもいいように、体を元気にし、生活環境も整え、戸籍も手に入れる手配をした。

 これは手続きにかなり時間がかかるが、助けてくれた医者に泣きつき、新聞の取材を受けたりした。

 後は、あの日の歌声がネットに出回るように仕向けて、世界中から支援金やら嘆願書なんてものもとどいた。

 スカウトも沢山来た。その中から、山田を選んだのは俺の感。

 「金と暇はあるんですよ。会社は、まだないですけど。私と一緒に楽しい事しませんか?。あなたとなら面白くなりそう気がします。私が。」

 ニコニコ笑いながら、お土産だと言って何故か、シーサーの置物と知恵の輪3つもらった。

 知恵の輪を瞬殺で3つともはずしてやると、山田を見たが、驚きもせずニコニコ俺の顔をみていた。

 「この顔見て楽しいの。」

 彼の顔、元々の顔に殴られて骨折とかもそのまま放置されてたし、あざや、傷だらけで見れた顔じゃない。

 「ええ、とても。」

 「変な人。」

 山田は今後の計画を話始める。

 計画は、以外にしっかりしていて、穴はない。

 (頭は切れそうだな。)

 成功の為にはバカと組むわけにいかない。

 (一からスタートするのも悪くない。)

 なにより山田が面白そうだから手を組むことにした。

 そして、ここまで順調に進んできた、…はずだったのだ。

 (後少しで、奴も表に出る気が起きたかもしれないのに…。)

 今日のコンサート、絶対に歌わなくてはいけない。世界中に、奴の実力を知らしめる絶好のチャンスだ。

 そして、ヒメノ達より先に歌わなければいけないのも、ちゃんと理由がある。

 〈ほんと、君ってバカだよ…。〉

 「馬鹿で結構だ。」

 そう言って、テーブルに置かれた食事の中から、一番食べやすそうなプリンに手をだす。

 「それ食べたらこっちも食べなさい。」

 山田に牛乳とサンドイッチを押し付けられ、しかたなしに口に入れる。


 (はぁ、…地獄の時間が始まった。)

 

 

 

 


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