そぞろ
「もう少しだけ待ってみたら。こっちから連絡するのが嫌だっていうならさ。でもわたしだったら相談するよりさきに連絡しちゃうけれど」
自分の身へじかに降り懸かって来た災厄でないためか、友達の悄然としたさまを目の当たりにしつつも、由紀ちゃんはフォークを動かす手さえなお緩めず活発に、かえって桃色の口の端を真紅のソースで染めながら、俄に食欲を募らせた姿に、真奈はたちまち閉口した口元の再び開くままに開いて、
「それもそうだけれど。でもね──」と、独り言めいたつぶやきを残して前歯に下唇を噛み目を逸らせたかと思うと、静かに横を向いて頬杖をつき、しばらくして向き直ると「由紀ちゃんもそういう経験あるの?」
「わたしは、ないけれど……」と、この場合の処理に自動化されてもいるのだろう、真直な同情に微かな隙のほの見えるまなざしで首をわずかに左右に振りながら、『けれど』から先へ殊更に余韻を含ませるのである。
「そう」真奈は言葉につまって、それでもたちまち感謝の念に胸溢れるまま「じゃあわたしから、連絡してみようかな。ありがとう」
ぽつりと、自分に言い聞かせるように言って、寂しげな思案に滲ませた瞳をぼんやり、今更のように耳元近く聞こえだす交響曲の題名をふと定めようとして、とても出来ぬまますぐに諦めると、襟髪を両手にいじりながらなお悲嘆の目を曇らせていた。
その後店をでて、ネオン瞬く駅までの道のりを過ぎ由紀ちゃんと二人座席に着いた時には、一時は打ち壊れた心もようやく持ち直してきて、相手の笑い話にこちらも負けじと応酬できるほどまでに早回復したものの、その由紀ちゃんが自分より一足先に電車をあとにするや否や、真奈はまたしても先刻の愁傷たる気分へと身ごと引きずられるように即座に立ち返ってしまった。
北関東から東京へ真奈を訪れてまた帰って行った彼から、三週間ものあいだ連絡が途絶えているのをもう待ちきれないのである。きっかけはほんの些細な事。由紀ちゃんには流されるままに連絡すると答えて、自分でもそのように行動を起こそうかと、こうなれば無理矢理にでも普段の頭をすげかえてそうしたいと願望するそばから意地のある自分に出来るはずがないとの一念がたちまち顔をうつむかせる。真奈は最寄り駅で扉が打ち開く音を確かに聞きつけながら、すぐには立ち上がれないほどであった。
しかしつと立って降り改札を抜ける頃には、このまま二人のあいだが立ち消えになって自然解消されてしまったらどうだろうか? とこの頃心づく度毎にもてあそぶ屈託へと今もまた立ち所に落ちてゆき、きゅっと胸が締めつけられる折からそれのみならず、ふらふらと未だ視界の晴れない遥か彼方へと煌めき進むおのれの絵姿を忽然見いだして、真奈はそぞろに揺れだした足をさすりなだめて静かに歩みながら、次第に晴れ冷めゆく熱い瞳をいちずに何心なく、暮れきった暗い通りへ馳せ伸ばしていた。
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