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第87話:天使の過去

 アイフェス閉幕から数日が経つ。

 音信不通となっていた春木田マシロと探し当てる。


(マシロくん!……ん? でも、本当にマシロくんなの⁉)


 思わず再確認する。

 何故なら彼は別人のような雰囲気になっていたのだ。


(天使の笑み……薄くなっているの?)


 春木田マシロは《天使王子(エンジェル・スマイル)》の異名を持つ天才アイドル。

 同性でも見惚れてしまうような笑みをどんな時でも浮べていた。


 だが代名詞とも言える《天使王子(エンジェル・スマイル)》が、目の前にいる彼から消えかけていたのだ。


(何か、あったの、マシロくん⁉ いや、それよりも……)


 今は余計なこと詮索している場合ではない。

 とにかく話をして、事情を聞かないと。


「やぁ、マシロくん! 久しぶりだね! えーと、しばらく学校に来てなかったし、あと、マネージャーさんも音信不通だと聞いたから、心配して探しにきたんだ! いったいどうしたの⁉」


 オレは誤魔化すのは苦手。マシロ君の怒りを買うかもしれないけど、心配になって探しに来たことを正直に伝える。


「……ボクのことはキミには関係ないから、早く戻った方がいいよ」


 だがマシロの反応がやっぱりおかしい。

 いつもの天使の笑みはなく、加えて内なる狂気もなくなっている。


 まるで魂が抜けてしまったかのように、感情なく答えてきたのだ。


「それなら、一応、自分の事務所には連絡しておいた方がいいじゃない? きっと心配しているはずだよ!」


 だがオレは引き下がらない。会話を続けながら、マシロくんの説得を試みる。


「『事務所がボクのことを心配』だって? いや……それはないかな。だって、キョウスケさんにとって、もう用済みな存在だからね」


「えっ……?」


 彼の口にした“キョウスケ”とは、エンペラー・エンターテインメントの社長である帝原キョウスケのこと。


『用済みな存在』とは、いったいどういう意味だろう?

 とにかく冷静に事情を聞いてみよう。


「きっと帝原社長もマシロくんのことを心配しているよ! ほら、だって、マシロくんは六英傑で《天使王子(エンジェル・スマイル)》だし!」


「六英傑に《天使王子(エンジェル・スマイル)》……か。ふっふっふ……今思うと、そんな異名でおだてられて、ボクは本当に滑稽な存在だったな。つまりキョウスケさんにとってはも、ボクは下らない商品の一つだったのかもね……」


 春木田マシロは自虐的に小さく笑う。今までの自分自身を不定しているような、危うい笑みだ。


 特に帝原社長からの評価に対して、かなり辛く思い込んでいる様子。

 まるで彼にとって“世界の中心が帝原キョウスケ”であるかのようだ。


「どうして、そこまで帝原社長のことを……」


 思わず疑問を口に出してしまう。

 今回のマシロくんの変貌の原因は、帝原社長にあるかもしれない。


「ボクはキョウスケさんに拾われたんだ」


「えっ……“拾われた”?」


 抽象的な言葉だが、かなり意味深な一言。

 一体どういう意味なのだろう?


「アル中の実の父親に、ボクは虐待を受けていたんだ……」


 そんなオレの疑問に答えるかのように、春木田マシロは静かに語り出す。

 幼い時の自分の不遇な境遇について。


「小さい時は、本当に最悪な毎日だったよ。毎日のように殴る蹴るの暴行を受けて、地獄のような日々だった……」


 マシロくんは無表情で悲痛な幼少期の話をしていく。

 《天使王子(エンジェル・スマイル)》の異名を持つアイドルからは、想像もできない過酷な衝撃的な内容だった。


「あの男は、ボクが泣くだけで、逆に激しく暴行を加えてきた。だから幼いボクは考えたんだ、『どうすれば、暴力を受けずにいられるか?』って……」


 マシロくんは幼い時から賢い少年だったのだろう。自己防衛のためにあらゆる解決策を模索していたのだ。


「その答えが『アイドルのように常に笑顔でいること』だったのさ。だってTV上のアイドルって、どんな時も笑顔でしょ?」


 模索していたマシロ少年が偶然TVで見つけたのは、アイドルのドキュメンタリー番組。

 過酷なトレーニングや環境の中でも、お客さんの前では決して笑顔を忘れないアイドルがいたという。


「だからボクも身につけたんだ。“どんな嫌な相手が目の前にいても満面の笑みになる技術”を……あの男から暴行を受けて死なないようにね」


 淡々と本人は語ってはいるが、壮絶な幼少期だったのだろう。

 血は繋がっていないとはいえ幸せな家庭に育ったオレには、想像すら出来ない内容だった。


「まぁ……結局、アル中の実の親は他の事件で逮捕されて、ボクは施設に保護されて。そこでキョウスケさんの目に留まって、拾ってもらったのさ」


 たしか帝原キョウスケは慈善事業にも積極的に参加している人物。そのため関連のある施設で、春木田マシロを見出したのだろう。


「だからボクがアイドルをやっているのは……今生きているのは全部キョウスケさんのためなんだ!」


 春木田マシロの言葉が突然強くなる。

 恩人である帝原キョウスケのことの話になり、消えかけていた感情が高ぶったのだ。


「ボクはキョウスケさんのためなら、なんだって出来る! 邪魔な奴だって排除してきた! あの人に認めてもらうことが、ボクにとっての全てなんだ!」


(マシロくん……)


 話を聞いていくうちに、何となく分かってきた。


 彼にとって帝原キョウスケがどんな存在なのか。

 実の父親から虐待を受けていた彼は“愛情”を求め、帝原キョウスケに父性を求めていた。


 だからこそ、ここまで帝原キョウスケの評価に固執しているのだ。


「キョウスケさんの期待を受けていた日々は、本当に幸せだった。でも……そんな時、キミが現れたんだ。六英傑を二人も倒して、キョウスケさんの興味を受けたキミがね!」


 まるで親の仇でも見るかのような視線で、オレのことを睨んでくる。


 そこからの話は、オレも知っている内容。自分が芸能科に転入してからの話だ。



「だからボクはアイフェスで、キミを徹底的に叩きのめそうとしたんだ! 再びキョウスケさんの興味の全てが、ボクに向くようにね!」


 話を聞いて全てが理解できた。


 どうして初対面の時から、マシロ君がオレにちょっかいをかけてきたのか?


 どうして格下なはずのオレを、何かと攻撃をしかけてきたのか?


 答えは『オレが帝原キョウスケの興味を受けていた』から。

『面白そうなオモチャ』と揶揄しながら、オレのことを潰そうと思っていたのだ。


(マシロくん……)


 だが彼のことを憎む気持ちには、今もなれない。

 今までの話を聞いて、マシロくんのことが少しだけ理解できたからだ。


(これが《天使王子(エンジェル・スマイル)》の本当の意味だったのか……)


 どうして彼が天使のような笑みを有すながらも、あそこまで心の中に狂気が住んでいたか。


 どうしてオレに対して執拗に固執してきたのか、ようやく分かったのだ。


 ――――そして、全てを話し終えた時、春木田マシロの口調がまた変化する。


「……でも全部終わったんだ。ボクは“敗者”になってしまったから」


 自分の過去の話を終えて、また感情を失った彼に戻ってしまう。


 ……いや、先ほど以上に深い負の感情の春木田マシロになってしまった。


 明らかに危険な状況だ。


「敗者って、どういう意味? だって、アイフェスのライブは、あんなに大盛況だったじゃない⁉」


「大盛況に見えたのは、キミのお蔭だよ。逆にボクの方は完膚なき叩きのめされた敗者で、一歩間違えが戦犯で犯罪者だった。スタッフは気が付いていないけど、キョウスケさんなら全部見抜いていたはず。だからキョウスケさんにとってボクは不要物なのさ」


 たしかにライブ終盤で事件が起きていたことを、帝原キョウスケは見抜いていた。

 豪徳寺社長が対処していなければ、彼の手によってライブは強制中断になっていたのだ。


「だから敗者となったボクは、もう用済み。失敗作はキョウスケさんの元にはいられないのさ……」


 帝原キョウスケは完璧主義者で冷徹な経営者。

 六英傑として期待されていたタレントは、一回の敗北も許されないのだろう。


「……という訳で、ボクがアイドルをやっていく意味は、もう無いのさも。あとはこのまま芸能界から、現実世界から消えていくだけの無意味な存在なのさ……」


 そう力なく語るマシロくんは、本当に消えてしまいそう。もはや生きる屍の寸前と化していた。


「それじゃ、さよなら……もう二度と会うことはないね」


 全てを語り終えて、春木田マシロは背中を向ける。その先にあるはひと気のない砂浜区画。

 このまま本当に天国にでも旅立ってしまいそうな、儚い後ろ姿だ。


(マシロくん……)


 もはや彼を止めることは叶わない。

 オレは言葉もかけることもできず、黙って見てしまう。


(……いや……ダメだ!)


 だが、その時。

 オレの心の底から、“ある感情”が込み上げてきた。


「――――マシロくん!」


 込み上げてきた同時に、オレは掴みかかる。

 魂の抜けていた春木田マシロの肩を、感情のままに両手で握りしめていた。


「いきなり何をするんだい? 放してくれ。もう話ことはないだろ?」


「いや、絶対に放さない! だってマシロくんは、“敗者”でも“失敗作”でもないから!」


 もはや相手の話は聞いてはいられない。

 感情の溢れ出すまま、オレは叫び、自分の想いをぶつけていく。


「もうアイドルでもないボクに、今さら何を……」

「そんなことはない! だってマシロくんは本当のアイドルだから!」


 何度も言うが、個人的な性格のことを言うならば、オレは春木田マシロのことをあまり得意ではない。


 だが“アイドル春木田マシロ”に対しては、心より敬意を払っている。


 この人は誰よりもアイドル活動に対して真摯であり、本気で向き合ってきた。


 誰よりも本当のアイドルなのだ。


「くっ……でも、ボクは狂気の力で観客に危険な目に……」

「たしかにそうかもしれない。でもキミが“ああなってしまった”のは、アイドルだから……アイドルに本気すぎたからだよ!」


 たしかに春木田マシロは狂気の感情に飲み込まれていた。

 でも、それはアイドルとしての想いが強すぎたから。その想いさえあれば、いくらでも挽回は可能なのだ。


「そ、それでも……もしボクがアイドルに戻ったとして、烙印者であるボクのことを、キョウスケさんは……」


「帝原社長の評価なんて関係ないよ! たった一回や二回の失敗が、なんだっていうのさ⁉ アイドルは絶対に失敗しちゃいけえない存在なの⁉」


 オレが愛してきたアイドルたちは、常にいばらの道を歩んでいた。

 何度も失敗と挫折を繰り返し、不遇の状況にあった。


「そんなことは絶対にないはずでしょ⁉ アイドルはチャレンジャーなんだから!」


 それでも彼女たちは何度も立ち上がり、必死で前に進んでいた。

 どんな困難や不遇があっても、常に笑顔で突き進むアイドルたちに、前世のオレは生きる勇気をもらったのだ。


「それにマシロくんが“ここにいた”っていうことは、アイドルを諦めてないからでしょ⁉」


 この中庭はアイフェスのステージだった場所。

 “アイドル春木田マシロ”がステージに立った思い出の空間。

 だからこそ無意識的に彼はここに来ていたのだ。


「でも、ボクはキョウスケさんから、もう……」

「そんなの大丈夫だよ! これから帝原社長を見返してやろうよ! “復活したアイドル春木田マシロ”の本当の力を、日本中に見せつけてやろうよ!」


 春木田マシロのアイドルとしてのポテンシャルは段違いに高い。


 もしも彼が狂気に堕ちず、《天使魅了(エンジェル・チャーム)》のままライブを終えていたら、どうなっていただろう?


 間違いなく勝者となっていたのは春木田マシロの方だった。

 それほどまでにこの人のポテンシャルは桁違いなのだ。


「さぁ、マシロ君! 『自分の本当の力は、あんなものじゃない!』って、もっと大きなステージ上で、世界中に見せてやろうよ!」


 アイドルにとってステージは晴れ舞台であり、戦場。

 どんな万の言葉よりも、ステージでの一つに歌は雄弁に語るもの。


「もしもマシロくんが一人で心細いのなら、オレも何だって手伝うから! だから、またアイドルをやろうよ!」


 本当に才能あるアイドルが、こんなことで挫折してしまうことは、アイドルオタクとして耐えらない。


 だからオレは声の限り叫ぶ。

 悔しさと怒りに満ちた感情を、目の前の天才にぶつけてしまったのだ。


「市井ライタ……ライっち……キミはバカなのかい? もしもボクが復帰したら、キミにまた面白半分で危害を加えるかもしれないんだよ?」


「もちろん知っているよ! でも、オレも次も負けないからね! だから、その時は本気の春木田マシロで挑んできてよ! あと、オレはバカだから、あんまり気にしないで!」


 自分でも何を口にしているのか分からないくらい、オレは興奮していた。

 だがお蔭絵で一切の遠慮やそんたくはない。

 自分の中の想いと感情を、全部ぶつけだす。


「……そんな……くっくっ……まさか、そんなことを言ってくるとは……ふっふっふ……」


 そんな時、春木田マシロが小さく声をもらす。

 今まで感情が消えそうになっていた彼が、肩を震わせて、笑い声を発していたのだ。


 もしかしたら、また絶望の狂気にのまれてしまったのだろうか?


「マ、マシロくん、大丈夫?」


「ああ。心配しなくても、ボクは正気さ。あんまりキミが凄すぎて、思わず笑ってしまったのさ……でも、こんなに笑ったのは、本当に久しぶりだよ……」


 春木田マシロの表情が段々と変わっていく。


 気がつくと“笑み”を浮かべていたのだ。


「こんなに心の底から笑えたのは……虐待される前、幸せだった幼少期以来だよ。そして、こんなに心が温かいのは始めてだよ……」


 今までの作られた天使の笑みではない。


 本当に心の底から込み上げるような笑みを、目の前のマシロくんは発していたのだ。


「マシロくん……」


 今まで強く掴んでいた彼の肩を、オレは静かに手放す。


 もう、彼はどこにもいかない。

 抑えつける必要は無くなったのだ。


「ふう……こんなに笑わせてもらったんだから、ボクも頑張らないとね」


 小さくつぶやきながら、春木田マシロは背中を向ける。

 その視線の先にあるのは遥か遠い場所。


「さて、キョウスケさんに、本気でぶつかっていかないとな……」


 彼はエンペラー・エンターテインメントの本社に向かおうとしていた。

 自分のボスであり、育ての親でも帝原キョウスケの元に向かおうとしていたのだ。


「マシロくん……」


 彼はすんなりアイドルには戻ることは出来ないだろう。


 何しろアイフェス直後に、仕事の無断欠勤をして、一週間近く音信不通となっていた。


 間違いなく事務所上役やスタッフから、辛辣な説教を受けるだろう。

 更に敬愛する帝原キョウスケからも、更に痛烈な言葉をぶつけられるに違いない。


(マシロくん……)


 おそらく今までの“六英傑の春木田マシロ”の優遇ポジションは無くなっているだろう。


 むしろ事務所から嫌がらせを受けて“このまま引退した方がマシ”という苦難が彼を待っているかもしれない。


「マシロ君……それでもオレは待っているから! また全力で勝負しようよ!」


 だがオレは信じていた。


 “アイドル春木田マシロ”は全ての苦難を乗り越えることを。


 むしろ今まで以上の力を身につけて《天使王子(エンジェル・スマイル)》がステージに帰還することを、信じてずっと見送るのであった。


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