第82話:覚悟と行動
アイフェス全体に危機が迫っていた。
(よし! 次はオレたちのユニットを!)
危機を回避するためん、次に向かったのはステージ裏の仮設テント。
“チーム☆RAITA”の控え室に戻ってきた。
「あっ? ライタ君⁉ どこに行っていたの? 心配したのよ!」
控え室にミサエさんがいた。
先ほどオレはチーちゃんたち三人とひと気のない裏に移動。そのためマネージャーとして心配して来てくれたのだ。
「心配おかけしました。でも大丈夫です! 今のところですが!」
女性陣の三人はなんとか気持ちを盛り返してくれた。
あと一曲なら何とか高いパフォーマンスを発揮できるはずだ。
「それなら次は“チーム☆RAITA”の出番だから準備をしないとね。あっ……でも、相田くんが、あの様子なら、どうすれば……?」
控え室を見回して、ミサエさんが言葉を失うのも無理はない。
何故なら“チーム☆RAITA”のセンターである相田シンスケは、現在は足を負傷して万全ではないのだ。
応急措置を終えたシンスケの近くに、オレは近づいていく。
「シンスケくん、大丈夫?」
「ああ、ライタ。心配はいらねぇぞ! この通り元気だからな! うっ……⁉」
無理に立とうとして、相田シンスケは顔を苦痛に歪める。
メディカルスタッフにテーピングしてもらっていたが、あくまでも応急措置にすぎない。
この様子では今日は、もう激しいセンターのダンスは無理そうだ。
「無理しないで、シンスケくん! あとはオレたちでカバーするから! あっ、そうだ。この後のことについて、ちょっと話を聞いて欲しいんだ!」
植草エイルと江良アオイにも声をかけて、メンバーだけで集まる。話し合う内容は“チーム☆RAITA”の今後について。
「えーと、みんなも気が付いていると思うけど、今のアイフェスの会場は、“ちょっと普通じゃない状況”なんだ……」
《堕天使魅了》のことを、三人にも説明している時間はない。
言葉をぼかしながら、状況の説明をしていく。
「ああ、そうだな……」
「理由は分からないが、体調は絶不調だしな……」
「なんか、ヤベー感じしかないよな……」
三人は原因を理解していないが、自分たちの現状を把握していた。
普段は決して弱音を吐かない三人が、辛そうに口を開く。
「このままだと、アイフェスはどうなっちまうんだ……」
「嫌な予感しか、しねぇよな……」
見た目以上に精神的にもギリギリの状況。
不動のセンターにトラブルが発生して、誰もがメンタル的に追い打ちダメージを受けているのだ。
「でも、みんな、まだ大丈夫だよ! ほら、女性陣も頑張っているし!」
控え室に“ドリーム☆ファンタジーズ”と“ファイブ☆スターズ”の歌声が聞こえてきた。
その声を聞いただけは分かる。
チーちゃんとエリカさん、アヤッチの三人が最後の気力を振り絞り歌っていることが。
絶不調な仲間を励ましカバーしながら、懸命にオレとの約束を守ろうとしているのだ。
「だから次のオレたちの曲も盛り返して、盛り上げていこうよ!」
だからオレも精いっぱい仲間を元気づける。
今回の騒動で一番怖いのは、数千の観客が《堕天使魅了》によって緊急搬送されてしまうこと。
「オレたち全員の力で、なんとかこの重い空気を吹き飛ばしていこうよ!」
だがオレたち他の出演者が盛り返すことで、観客への《堕天使魅了》の悪影響を中和できる可能性がある。
つまり“チーム☆RAITA”の次の曲を成功させたら、なんとか希望の光が見えてくるのだ。
「……ん? ライタの言っていることは難しくてよく分からねぇけど……つまり“チーム☆RAITA”が春木田マシロを超えるパフォーマンスを発揮すればいんだろ?」
「つまりオレたちで春木田マシロをぶっ倒せばいいんだろう⁉」
“ぶっ倒す”とかかなり物騒だけど、的は得ている。
「えーと……分かりやすく説明したら、そんな感じだね!」
アイフェスでの大惨事を防ぐためには、《堕天使魅了》の影響を相殺する必要がある。
つまりオレたち全員で春木田マシロを倒し、彼の暴走を止めないといけないのだ。
「あの春木田マシロを倒すか! 熱い展開になってきたな!」
「だが、現実問題として、センター問題はどうする?」
「ああ、そうだな。オレたち二人じゃ、シンスケみたいにセンターは張れないからな……」
植草エイルと江良アオイの二人が、頭を抱えるのも無理はない。
今回は短期間で仕上げてきたユニットのため、この二人はセンターの振り付けや歌をマスターしきれていないのだ。
「すまねぇ、二人とも……オレが足を怪我したばかりに……」
三人ともやる気はあるが、気持ちだけでは解決的ない現実的な問題もあるのだ。
(センター問題か……)
そんな窮地の仲間の話を聞きながら、オレは自分の中で“一つの大きな決断”を下そうとしていた。
(でも、本当にそれで解決できるんだろうか……?)
だがその決断はあくまでもオレ個人の判断。
更に“自分自身”を犠牲にする覚悟と、大きなリスクを背負うが必要だった。
だから覚悟を言いだせに躊躇してしまう。
(……いや……迷うな、オレよ……こんな時に、迷う必要なんてないだ!)
数千の観客と、他の共演者を救うためには、リスクなど考えてはいけない。
今は自分の全てを差し出して、多くの者を助ける時なのだ。
(よし……いくぞ!)
オレは迷うことなく目を見開く。
「……ミサエさん、道具箱から、ちょっと貸して欲しいモノがあります」
控え室にいたミサエさんに声をかける。
今回のオレの決断を実行するには、マネージャーである彼女のサポートも必要なのだ。
「えっ……? 私の道具箱にあるモノなら、何でも自由に使ってもいいけど……でも、急にどうしたの⁉」
「はい、それではお借りします」
今は詳しく説明している時間はない。
オレは“一つの道具”を取り出す。
「えっ、ちょっと、ライタくん? “ハサミ”を取り出して、どうするつもりなの……?」
ミサエさんが戸惑っているように、オレが手にしているのはハサミ。
マネージャーである彼女が持ち歩いている、ヘアーカット用のハサミだ。
「も、もしかして、ライタくん、まさか⁉」
「はい……“前髪”を斬り落とします」
本当はプロのスタイリストに任せるべき行為。
だが今は時間がないから、自分でこの場でやってしまう。
ジョキ……ジョキ……ジョキ……
自分で前髪をカットしていく。
「「「――――⁉」」」
控え室にいたスタッフとメンバーは、突然のことに絶句していた。
“アイフェスの出演者が出番直前に自分の前髪をカットしてしまう”
誰もが何が起きたから理解できずにいたのだ。
ジョキ……ジョキ……ジョキ……
だが周囲の反応に構わず、オレはどんどん前髪をカットしていく。
ふう……かなりスッキリきてきたぞ。
あとは最後に、もう一回ハサミを入れて完了だ。
「あ、あ、あれほど大事にしていた“前髪”なのに、どうしたのライタくん⁉」
ミサエさんが固まりながら驚くのも無理ない。
オタクっぽい前髪であるあることは、オレにとって大事なアイデンティティー。
今まで何度も事務所から切るように指示されても、断固拒否してきたからだ。
「はい。ミサエさんの言う通り、この前髪は……オレにとって大事な相棒でした……」
オレは“自分がアイドルオタクであること”を誇りにしていた。
それは逆行転生して歴史が変わった今世でも同じこと。
いや……芸能界入りをした今世だからこそ、前世以上にオタクであるアイデンティティーを大事にしていた。
「でも、今のオレはそんなことに、固執している場合ではないんです。沢山の大切なモノを守るために……オレも覚悟を決めなきゃいけない時なんです……」
顔を隠していた最後の長い前髪に、オレはハサミをあてる。
「コレが、オレの今の覚悟……“アイドル市井ライタ”の覚悟です!」
……バサリ
今まで目元を隠していた前髪を、全て切り落としてしまう。
前世と今世を合わせた約20数年間、頑なに変えずにいた髪型。
ずっと大事にしていたアイデンティティーを、この瞬間に捨て去ったのだ。
「えっ……市井ライタくん、って……あんなに顔だったの⁉」
「あ、あんなイケメンだった⁉」
「と、というか、アイドルでもトップクラスの男前じゃないの⁉」
ずっと固まって見ていた、他のマネージャーやスタッフが急にざわつく。
何やらオレの素顔を目にして、誰もが言葉を失っていたのだ。
(さて……)
だが今のオレはそんな周囲の雑音に構っている場合ではない。
「お待たせ、みんな! 」
仲間の元に向かっていく。
相田シンスケたち三人に、大事な話があるのだ。
「ライタ……お前、なんつーこと⁉」
「もしかして、オレたちのために、大事な前髪を⁉」
オレが前髪を大事にしていたのは、共同生活してきた相田シンスケたち三人も知っている事実。
ようやく事実を把握し、三人とも言葉を失っている。
「うん、そうかもね。でも、前髪はまた伸びてくるし、そこまで驚かなくてもいいよ!」
三人に罪悪感を与えたくない。精いっぱいの笑顔で説明をする。
「それよりも、ちょっと提案があるんだ。もしもよかったら次の曲からは、“オレがセンター”をやってみてもいい?」
今回、大事な前髪をカットしたのは、自分自身でセンター問題を解決するため。仲間のために覚悟を決めた行動だったのだ。
「あっ、もちろんセンターの動きは大丈夫だから、安心してちょうだい!」
アイドルオタクとしての記憶力には、自信がある方。そのため“チーム☆RAITA”の全曲の全パートの振り付けと歌詞を、オレはマスターしていた。
(オレがセンターになって、みんなを救う!)
今までは自分に自信がなく、ずっとサポートに徹してきた。
だが今は仲間の窮地を救うためには、これしか策はないのだ。
「ラ、ライタがセンターをやってくれるだって⁉」
「もちろん大丈夫に決まっているだろう!」
「最初からオレたちも言ってきたけど、“チーム☆RAITA”のセンターはお前が一番なっだよ!」
「待たせすぎなんだよ、ライタは!」
三人が一斉に突っ込んでくるのも無理はない。
ユニット結成した当初、オレはセンターの座をやんわり断っていたのだ。
「あっ、そうだったね。いやー、ごめん、ごめん」
アイフェス期間中はずっとサポート特化で、目立たないように意識してきた。
そのためすっかり当初のことを忘れていたのだ。
「……でも、安心して。これからはオレがみんなを助けていくから……センターとして三人を引っ張っていくから!」
ちょっとエゴイストすぎる宣言かもしれないが、今は仲間を鼓舞する時。
オレは自信に満ちた顔で、センター宣言をする。
「ああ、頼んだぜ、ライタ!」
「ライタがセンターをやってくれるんなら、怖いモノなんてねぇぜ!」
「ヤベーくらいに興奮してきたぜ、オレも!」
なんとか鼓舞でモチベーションを高めることに成功。
今まで見たことないほど三人は興奮していた。
これなら“チーム☆RAITA”はなんとかなりそうだ。
「――――それでは“チーム☆RAITA”のみなさん、移動をお願いします!」
そんな時、ステージ運営のスタッフが飛び込んでくる。
“チーム☆RAITA”の三曲目の出番がやってきたのだ。
「よし……それじゃ、みんな、いこう!」
「「「おう!」」」
こうして新生“チーム☆RAITA”は最強の布陣でステージに駆けていくのであった。




