第58話:エリピョンと加賀美エリカ
アイフェス第二週、歌のレッスン選考期間に突入。
加賀美エリカこと“天才アイドル少女エリピョン”と、約五年ぶりにリアル世界で再会した。
「いやー、それにしても。エリカさんが、あのエリピョンだったのかー。凄く意外だなー」
小学生アイドル志望の“天才アイドル少女エリピョン”は当時、目元は仮面で隠しながらライブ配信をしていた。
エリピョンの髪型は可愛いツインテールで、服も可愛いフリフリのピンク系。
だから外見と声変わりしたエリカさんと顔を会わせても、今までオレは気がつかなかったのだ。
「あっ、でも! こうして見ると、口ともの形は同じだから、たしかにエリピョンだね! いやー、本当に久しぶりだねー! 当時が懐かしいね!」
当時のオレは“アイドル応援隊☆始祖ライチー”というネームで、エリピョンの配信を毎週のように見にいっていた。
コメント機能やボイスチャットを使って、彼女といつも楽しく交流していたのだ。
あっ……そういえば。
エリピョンの配信はやや過疎っていたので、今思うとオレが一番の常連客かもしれない。
本当に懐かしい小学生時代の想い出だ。
「あのライチーくんが、この市井……ライタだった?」
だがエリカさんの方は、まだ現実を受け入られずにいた。
その気持ちも分からなくない。
何しろ幼い時のライブ配信やネット交流は、大人になると黒歴史ノート的な恥ずかしさが満載だから。
「本当にオレが“ライチー”だよ。えーと、それを証明するとしたら……『待たせたな! 我は世界のアイドルの原石を探求する“アイドル応援隊☆始祖ライチー”なり!』だよ!」
当時のボイスチャットでの自分の名乗り口上を、五年ぶりに口に出す。
厨二病満載でかなり恥ずかしセリフ。
だがこれで自分がライチーなことは証明できたはず。
「そ、その口上は、間違いなくライチーくんの⁉」
「そっ。そういうことさ! これで信じてくれたよね。ああ……それにしてもエリカさんがエリピョンだったのかー。でも、そう考えると、今こうしてエリカさんがアイドルに挑戦していることも納得できるかも?」
エリピョンは本当に熱く、アイドルに憧れていた少女だった。
当時の彼女は忙しいプライベートな時間を削ってでも、アイドルとしての練習を欠かしていなかった。
今こうして懸命に努力していたエリカさんと、当時のエリピョンの努力の姿はとても似ている。
本当に懐かしい思い出に、オレの心はポカポカしていた。
「う、うるさいですわ……それは昔話ですわ! あと、わたくしがエリピョンだと気が付いて、貴方も分かったでしょう⁉」
だがエリカさんは逆の反応だった。
まだ先ほどの闇落ちフラグは消えていなかったのだ。
「今のわたくしは……あの時のように、もう歌えないのです! あの頃の可愛い声には、もう二度と戻れないのです!」
彼女は先ほど以上に感情を露わにしてくる。
エリピョン時代を思い出して、実感してしまったのだ。
自分の望まない変化に、心の奥から苦しんでいた。
「わたくしが成りたかったのは……わたくしが“幼い時から憧れていたアイドル”は、こんな女ではありません! もっとキラキラしたアイドルなのです!」
彼女が苦しんでいる問題は身体的なこと。
どんな努力して練技術を習得しても、絶対に改善できない問題なのだ。
「ううっ……こんなことなら、最初からアイドルなんて目指さなければよかった……こんな無様な姿をライチーくんに見られたくなかった……」
全ての感情を吐き出し、エリカさんの顔はどんどん暗くなっていく。
明らかにかなり危険な状態で、世の中の全てに絶望している。
このままでは闇落ちしは確実。二度とアイドルは目指さなくなってしまう。
「エリカさん……いや、エリピョン、聞いてよ! ぜんぜん無様じゃないと思うよ、今のキミは!」
だからオレは自分の想いを、素直に口にする。
「で、でも、今のわたくしの外見と声は、昔と違ってアイドルじゃないのですよ⁉」
なぜなら闇落ち寸前の彼女を放っておけないから。オレは言葉を続けていく。
「たしかに外見と声は、昔のエリピョンとはちょっと違う……でも変わっていないモノもあるよ」
「えっ……変わっていないもモノ?」
いきなりの指摘に、エリピョンはキョトンした顔になる。自分では思い当たらないのだろう。
「うん、そうだよ。それはエリピョンの“アイドルに対する想い”さ!」
アイフェスが開幕してからの一週間。加賀美エリカと一緒にいる時間で、オレは気がついた。
「キミの『絶対にアイドルになりたい!』っていう気持ちは、あの時と全然変わっていないよ! いや……あの時よりもずっと強いよ!」
彼女は休憩中ですら、常に“アイドルであろうと”していた。
常に周囲の視線に気使い、指先の一本の動きまで“アイドルらしく”行動していた。本当に強い想いがある者にしか出来ない芸当だ。
「そこまで……このわたしのことを見てくれていたの? でも……いくら内面だけアイドルらしくしても、今のわたくしは……」
「うんうん! 内面だけでもいいんだよ! だって、アイドルにとって『自分はアイドルって思うこと』が、何よりも大事なんだよ、きっと!」
“アイドル”の定義ははっきりとしていないが、業界では『成長過程をファンともに共有し、技術や外見ではなく“存在そのものの魅力”で活躍する人物』とも言われていた。
また年齢や性別、外見的な特徴の必要性は、そのどこにも記されていない。
「『自分はアイドルって思うこと』……?」
「そうだよ! だからアイドルは……自分で『自分はアイドル』って思い続けて輝いたらい、それが“アイドルであること”なんだよ、きっと!」
これはオレの持論であり、何の理論的なデータもない。
だが自分の人生の全てを賭けてきた自分の持論だからこそ、オレは自信をもって口に出来るのだ。
あと「我思う、ゆえに我あり」という哲学の言葉にもあるしね。
「自分で『自分はアイドル』って思い続けていたら、自分はアイドルである……」
エリカさんは虚ろな目で何回も、オレの言葉を口にしていた。
それはまるで自分に言い聞かせるように。
“今までの加賀美エリカ”に向かって、エリピョンが何度もつぶやいていた。
「アイドルとしての、わたくしは……」
最後にそう呟いて、エリカさんは立ち上がる。
そのまま虚ろな顔で、どこかへ向かっていく。
(エリカさん……)
だがオレは声をかけず、後も追わない。
今の自分で伝えられる言葉は、すべて口にした。
あとは彼女を信じることしか、オレには出来ないのだ。
◇
それから数日間、加賀美エリカはアイフェスの収録を欠席した。
理由は体調不良だと、他の参加者には知らされた。
◇
そして更に日が経つ。
今日はアイフェス参加者にとって、大事な一日。
第二週のラストの歌の審査と、第二次選考が発表される日だった。
「さて、今日も頑張るとするか……」
いつものように朝一の会場のリゾートホテルにオレは到着。
集合場所へ一人で歩いていく。
「エリカさん……大丈夫かな……」
あの日以来、彼女はアイフェス収録に来ていない。
体調不良という話だけど、実はメンタル的な問題な気がしていた。
(……ん?)
そんな心配して移動していた時、一人の男性が近づいていく。
「あれれ? ライっちじゃん?」
危険な笑顔でやってきたのは、《六英傑》の一人の春木田マシロだ。
「ボクは楽勝だけど、ライっちは今日はどんな感じー?」
春木田マシロは余裕な笑みを浮かべている。
初日の休養以外、この男はアイフェスの収録に参加していた。
ダンスと同じく圧倒的な歌のパフォーマンスを発揮して、余裕があるのだろう。
「……オレはやることはやりきったから、あとは天運に任せるだけかな」
一方でオレは“サポート特化の作戦”で歌のレッスンを続けてきた。たぶんギリギリ十五位内に入れる見込みだ。
(でも、エリカさんは……)
だが今は自分のことよりも、加賀美エリカのことが気になっている。
何故なら初回以外のレッスンを、彼女は欠席していた。
いくらアイフェスの主催がエンペラー・エンターテインメントとはいえ、このままでは第二次選考で彼女の落選もありせるのだ。
「あれれ? その顔はもしかして、エリカさんのことを心配してるのー?」
オレは顔に出やすいタイプらしい。春木田マシロに考えを読まれてしまう。
「エリカさん、マネージャーの電話にも出ないらしいんだー。いつも気丈なフリをしているけど、メンタルが雑魚だからねー、あの人はさ♪」
同じ《六英傑》に対しても、春木田マシロには容赦がない。
加賀美エリカのことをボロくそに悪口をいう。
おそらく同じ六英傑でも、何の仲間意識もないのだろう。
「あと、ライッチがエリカさんに、なんか声をかけたみたいだけど、無駄だったみたいだね、今回ばかりは?」
そして、この男は間違いなくオレのことを挑発していた。
わざとオレを怒らせて、トラブルを大きくしようとしていたのだ。
(ふう……平常心……平常心……)
だからオレは心の中で深呼吸する。何しろ相手は大手所属で、今回の主役級のアイドル。
ここで挑発に乗って敵対したら、相手の思うつぼなのだ。
「だいたいさー、素直にモデルをやっておけば良かったのに、アイドルに挑戦するなんて、中途半端で舐めすぎなんだよね、エリカさんは♪」
「おい……」
だがオレは思わず声をあげてしまう。
何故ならオレの逆鱗に、春木田マシロが触れてしまったからだ。
「加賀美エリカのことを……エリカさんのことを悪く言うのは……“止めろ”!」
オレは《六英傑》でもなければ、彼女と同じ事務所でもない。
こんなことを言う資格は、自分にないのかもしれない。
「彼女は中途半端でもないし! アイドルを舐めてもない! 今の言葉を訂正しろ、春木田マシロ!」
だがアイドルのことを馬鹿にされて。
アイドルに夢見る少女のことを馬鹿にされて、黙っていられるほど人間はできていない。
たとえ相手が権力を持つ春木田マシロだとしても、黙っている訳にはいかないのだ。
「へぇー……ライっちも、そういう顔が出来るんだね? いいねー♪ なんだったら、ここで勝負つけちゃうのもアリかな?」
「…………」
二人の間の空気が、一瞬で張り詰める。
一触即発の危険な状態になったのだ。
こうなったオレでも後には退けない。
(春木田マシロ……アイドルを馬鹿にする、こいつだけは許す訳には……ん? なんだ……?)
そんな時、すぐ近くが騒がしくなっていたことに気が付く。
リゾートホテルの駐車場誰で、スタッフや出演者たちがざわつき始めたのだ。
雰囲気的に誰かが到着したのだろう。
(いったい誰がきたんだ?)
今日のこのリゾートホテルには、芸能人とタレント慣れたスタッフしかいない。
かなりの大物芸能人が来たとしても、彼らはあそこまでざわつくことはない。
ということは、いった誰がきたのだろう?
「うーん、邪魔が入りそうだな、せっかくのパーティーに」
春木田マシロも戦意を解く。目撃者がいることは、この男も好ましくないのだろう。
ざわ……ざわ……ざわ……
そんな中、騒ぎの人物が、こちらに向かってくる。
(ん……えっ? あの人は?)
近づいてくる人物の顔を見て、オレは思わず声を出しそうになる。
何故なら騒ぎの張本人は、知っている顔だったのだ。
「エ、エリカさん⁉」
やってきたのは長身の女性……加賀美エリカだった。
だが“今の加賀美エリカ”は、いつもと違っていた。
「ど、どうしたの、その服は⁉」
いつものクール系な黒い服ではなく、水色と白色を基調としたフリフリのワンピースを、彼女は着ていたのだ。
「そ、それに、その髪型は⁉」
いつもは真っ黒でロングストレートな髪型が、今日の彼女は“ツインテール”にしていた。
ざわ……ざわ……ざわ……
彼女の壮大すぎるイメージチェンジに、スタッフと参加者がざわついていたのだ。
「やっぱり、変かしら? この格好と髪は?」
エリカさんは少し恥ずかしそうに、オレに聞いてきた。きっと彼女も勇気を出して、イメージチェンジしてきたのだろう。
「うんうん……似合っているよ……エリピョンだった時みたいに、凄く似合っているよ!」
そう……この格好と髪型は、エリピョン時代の彼女のスタイン。
“天才アイドル少女エリピョン”が五年ぶりに降臨したのだ!
「ありがとう、ライチーくん……それじゃ、いきますわよ!」
すべて吹っ切ったような清々しい顔で、加賀美エリカは……
いや……“エリピョン”は集合場所へ駆けていくのであった。
◇
――――その日のアイフェスの参加者とスタッフは、加賀美エリカの“エリピョン伝説”を目にする。
歌選考の最終回、前回とは別人のように、アイドルソングを彼女は歌いこなした。
今までの欠席のハンディキャップを、一瞬で帳消しにするような圧倒的なパフォーマンスを発揮したのだ。
しかも今回はハスキーボイスを隠していない。
今の自分の声を誇りながら歌い、しかもアイドルとしての調和も完成。
新たなる切り口のアイドル像を、関係者に披露したのだ。
◇
「……えーと、それでは、これから第二回目の選考の結果を発表していきます!」
歌のレッスンと選考が終わり、第二次選考の通過者の発表となる。
「……まずは《エンペラー・エンターテインメント》所属、加賀美エリカ!」
圧倒的で爆発的なパフォーマンスを発揮した加賀美エリカは、女性陣の中でも最初に名前が発表された。
「……同じく《エンペラー・エンターテインメント》所属、鈴原アヤネ!」
「……続いてビンジー芸能所属、大空チセ!」
あと、実力を発揮していたアヤッチとチーちゃんも、無事に合格。
「……最後に、ビンジー芸能所属、市井ライタ!」
ついでにオレも男性陣の最後で名前を呼ばれた。
(ふう……なんとか今回もギリギリ合格できたか。それにしても今日のエリピョンは本当イン凄かったな!)
なんとか自分の知り合いの人は全員通過していた。
こうして最後の選考となる第三次選考に、アイフェス参加者は突入していくのであった。




