第48話:アイ・フェスの状況
《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》の初日がやってくる。
「おお、ここがアイ・フェスの撮影現場か⁉」
都心から少し離れた海辺のリゾートホテル、今回の撮影現場に到着。
オレは思わず声を上げてしまう。
なぜならここはアイドルの聖地の一つ。
今までTVの中だけで見ていたアイ・フェスの撮影舞台に、ついに足を踏み入れてしまったからだ。
「ライタ君、恥ずかしいから、あんまり大きな声を出さないちょうだい」
今回も運転手兼マネージャーで同行してくれたミサエさん。また現場に到着早々、怒られてしまう。
「あっ、そうでしたね。すみません、ミサエさん」
急いで声のボリュームを落とす。
でも感動は収まらない。次に興奮して叫ぶ時は、心の中でマックスにしておこう。
「……でも、ライタ君の感動する気持は、私も分かります」
あっ、この声は。
そう……今回はオレ以外にも、ビンジー芸能から参加アイドルがもう一人いるのだ。
「チーちゃんもそうなんだ? やっぱりワクワクするよね!」
彼女はチーちゃんこと大空チセ。
オレに招待状が届いた翌日に、実は彼女にもアイ・フェス運営から届いていたのだ。
「でもオレが言うのも変だけど、チーちゃんはこれに参加して大丈夫なの? ほら、アイ・フェスって“色々ある”じゃん?」
アイ・フェスは『《エンペラー・エンターテインメント》系列の若手アイドルのためのイベント番組』だ。
つまり他事務所で、かつ弱小事務所に所属するチーちゃんが参加しても、デメリットだけしかない。
オレのように邪まな目標がある者以外は、弱小事務所から参加するメリットはないのだ。
「はい、デメリットがあることは、ミサエさんから聞きました。それでも、絶対に私も参加したかったんです!」
何やらオレと同じくらい熱い想いがあるのだろう。チーちゃんは確固たる意思を燃やしていた。
でも、どうして彼女がここまで参加したいのだろうか?
アイドル系のイベントは他にも沢山あるのに?
「ふう……実は、ライタ君が参加するから、チセちゃんも『参加する』って聞かなくて大変だったのよ?」
えっ?
それって、どういうことですか、ミサエさん?
「――――ちょ、ちょっと、ミサエさん!! や、止めてください! 守秘義務に違反している行為です! 女同士の約束じゃないですか⁉」
「おっほっほ……あら、ごめんなさい? まぁ……専務としては応援できないけど、女としては応援してあげるから、それじゃ、頑張るのよ、チセ」
「も、もう……ミサエさん、ったら……」
ん?
今の二人のやり取りは、どういうことだろう?
なんか『オレが参加したらから、チーちゃんも参加した』みたいなニュアンスに聞こえたけど?
まぁ、そんな夢のようなことは、あり得ない。
だからオレの聞き間違いだろう。
あと女子同士の会話には入っていかない方がいいだろう。
「あっ、いけない! そろそろ集合時間だわ! 急ぎましょう、二人とも!」
「「はい!」」
こうしてバタバタしながらも、オレたちは撮影の顔合わせに向かうのであった。
◇
集合場所に三人で到着する。
「おお……これがアイ・フェスの参加者とスタッフか……こんな大規模なのは初めてだぞ……」
到着したのはリゾートホテル前の中庭の芝生。そこいn広がる光景に、オレは思わず声を漏らしてしまう。
「こればアイ・フェスに参加する初期メンバーの100人か……」
中庭には若手の男女アイドルが100名集まっていた。
アイドル・オタクなオレにとって、まるで夢のような光景だ。
「すごい、ですね、ライタ君……」
「そうだよね。これだけアイドル勢ぞろいしていると、壮観の一言しか出てこないよね」
同じくアイドルを愛するチーちゃんと、二人で感動を共有する。
ウタコ部長もいたら、三人で朝までアイドル談議ができそうな光景だ。
「ちょっと二人とも、そんなに感動してる場合じゃないわよ!」
一方でミサエさんは大人として冷静。浮かれているオレたちに釘を刺してくる。
「忘れちゃダメよ。ここいる百人は、ほぼ全員、アナタたちの競争相手で敵なのよ⁉」
彼女がここまで厳しい言葉をかけてくるのは、一つの理由がある。
なぜならアイ・フェスは“普通のアイドル・フェスティバル”ではないからだ。
「『競争相手で敵』……か。たしかに、そうだよな、番組的には……」
アイ・フェスこと《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》は特殊なアイドルイベントで番組だ。
簡単に説明するなら『サバイバル・オーディション+アイドル・リアリティショー』なのだだ。
もう少し順に追って簡潔に説明するなら、アイ・フェスは次のような流れになっていく。
――――◇――――
・まずはメジャーデビュー前の若手男女アイドルが、日本中から合計百名集められる。
↓
・リアリティーショー番組のように、四週間のアイドルレッスンや生活に密着放送していく。
↓
・毎週末には“選考”が行われ、脱落者が必ず決定。脱落者は番組から“卒業”していく。
↓
・最終的に生き残った者で、4組のシャッフル・アイドル・グループが結成される。
↓
・4組の勝者は夏休みの最終日、観客の集まった《アイドル・サマー・シャッフル・フェスティバル》のステージで生ライブを行う
↓
・生ラブが終わったらアイ・フェスのプロジェクトと密着番組は終わり。
――――◇――――
こういった感じの流れとなる。
最初は、こうして100名の新人アイドルが集まっているが、最終的にステージに立てるのは4組の約十数人だけ。
つまりアイドル同士のサバイバル戦いなのだ。
(参加する側として、よく考えたら……『新人アイドルを百名も集めて、八割以上も落とす』って、かなり残酷なイベントだよな? でも、残酷だからこそ、毎回人気がある番組なんだろうな)
恋愛系のリアリティー番組は今の時代、かなり人気がある。
段々とメンバーが減っていくことで、色んな喜怒哀楽のヒューマン・ドラマが生まれていくからだ。
それに加えてアイ・フェスには、従来のアイドルのオーディション番組要素も組み込んでいた。
それゆえに毎回、開催・放送されと大人気だったのだ。
今まで年一回の三回放送開催されてきたが、かなりの高視聴率と反響だった。
(でも、メジャーデビュー前とはいえ、ここまで百名ものアイドルを集められる、って……《エンペラー・エンターテインメント》にしか出来ない芸当だよな)
《エンペラー・エンターテインメント》は日本でもトップクラスの規模を誇る芸能事務所。
だからこうして百名のアイドルと集めて、海辺のリゾートホテルを貸し切って、長期間にわたり撮影することも可能なのだ。
普通のテレビ番組では、こうして企画すら出来ないだろう。
そんなことを考えていると、ミサエさんが大きなため息をつく。
「ふう……やっぱり《エンペラー・エンターテインメント》系列のマネージャーが多いわね? こうして見ると……かなり肩身が狭くなりそうね……」
今回の参加アイドルの六割以上が《エンペラー・エンターテインメント》と系列の芸能事務所に所属している。
他の四割は《エンペラー・エンターテインメント》と仲が良い大手芸能事務所からの参加者。
外様で弱小事務所のアイドルは、オレとチーちゃんの二人だけ。
そしてサバイバル・オーディション系では事務所のパワーが重要。
つまり彼女がため息をつくように、戦う前から勝負が決まった状態なのだ。
「と、とにかく二人とも……一秒もいいからTVに映るように、頑張るのよ! できたら一回目の選考に残るのよ! まぁ……二回目以降は絶対に無理、だと思うけど……」
今までのアイ・フェスの歴史で、弱小事務所から参加したアイドルは一人もいない。
そのためミサエさん的には一回目に通過するだけ、御の字なのだろう。
「はい! 最後まで残れるように、頑張ってきます!」
でもチーちゃんは一生懸命に返事をする。
純粋な彼女は、芸能界の“裏の事情”をあまり知らない。
だから本気で最終選考まで残ろうと決意しているのだ。
「オレも……頑張ってきます! それじゃ行ってきます!」
一方でオレも負けないくらいに気合が入っている。
ミサエさんと別れて、チーちゃんと出演者の集合場所に向かっていく。
(えーと……どこにいるのかな……?)
だがオレが気合入っているのは、チーちゃんとは別の理由。
(あっ、いた! アヤッチだ!)
オレがモチベーションの理由は、参加したのは“彼女のため”。
アヤッチこと鈴原アヤネの命を救うため、『彼女との距離を近づけること』が、オレの最大の目標なのだ。
(よし、まずはアヤッチに挨拶をしよう!)
百名もいるアイドルの人混みをかき分けて、気合を入れて彼女に近づいていく。
ちょうど今、アヤッチも一人でポツンといる。
挨拶をする絶好でタイミングだ。
「あ……あ、あ、アヤッチ、おはよう!」
なんとかオタク限界化してしまう自分を抑えて、挨拶を口にすることに成功。
「あっ、ライライ。おはよう」
嬉しいことに、アヤッチが挨拶を返してくれた。
相変わらず私生活で無表情だが、そこがまた今日も可愛い。
(うっ……それに、今日のアヤッチは“私服”だ……“私服のアヤッチ”が目の前に降臨を⁉)
彼女に関して“今世の制服姿”と、“前世のアイドル衣装”しか見たことがない。
初めて見る“アヤッチの私服姿”を目にして、オレは猛烈な感動に襲われてしまう。
あああ……アイ・フェスに参加して本当に良かった。
このまま失格になっても悔いはないぐらいに、今は幸せだ。
いや……やっぱり失格はマズイ。
できたら一秒でも、長く彼女と一緒にいたい!
(それにしても……やっぱりアヤッチは眩しいな……アイドルとして一番眩しいな……)
ここに集まった百名のうちに、女性アイドルは半数の約五十名。
そんな原石の中でも、アヤッチがアイドルとして一番輝いていた。
“オレの最推し!”として補正がかかっていたとしても、これは間違いないない事実だろう。
「ラ、ライタ君……私のライタ君を……また……」
ん?
そんな時、後ろから“強烈な気配”を感じる。
(えっ……チーちゃん?)
強烈な気配の主はチーちゃんだった。
温和な性格のチーちゃんが、何故から全身からオーラを放っていたのだ。
「絶対に負けない……アタナだけには……」
彼女の発するオーラは、前回のファッションショーの時と同じくらい……。
いや、“あのプチ覚醒状態以上の圧”を発して、オレに視線の先の少女……アヤッチに向けていたのだ。
(えっ? チーちゃんがアヤッチをライバル視している? でも、どうして?)
まさかの状況に頭の中が?になる。
この二人は学園内で絡んでいたことや、二人が話しているのを、オレは見たこともない。
それなのに、どうしてチーちゃんは一方的に、アヤッチをライバル視しているのだろう?
ざわ……ざわ……ざわ……
ん?
そんな疑問に思っている時、周りの出演者が急にざわつく。
“誰か大物”が、この場に到着した雰囲気だ。
「……あれは、春木田マシロ⁉」
「……まさか、彼も出演するのか、今回は⁉」
到着したのは《六英傑》の一人である春木田マシロ。
《エンペラー・エンターテインメント》の本家から出場する大物の登場に、他の若手アイドルたちが騒ぎ出したのだ。
「……これは……今回は彼が優勝候補で、間違いな……」
「……ああ、そうだな。彼には逆らわないようにしないとな」
「……マシロ君、本物よ!」
「……マシロ君、素敵!」
集まった百人の中でも、春木田マシロは別格だった。
無名に近い九十九名の中に、飛びぬけて知名度の高い有名人が参加した状態だ。
(春木田マシロ……やっぱり来たか……)
彼が参加することは、A組の教室で宣戦されていた。
だからオレは動揺していない。
遠目に彼の同行を観察しておく。
(まぁ……宣戦された、と言っても……今回のオレの目標は別に『春木田マシロを倒す』じゃないかからな。あまり気にしないでおこう)
今回の最大の目的は『アヤッチと距離を近づける』こと。
そのためには厄介な春木田マシロには、オレはあまり近づかない方が賢いだろう。
なぜなら出演者たちの注目を浴びているように、彼は“今回の主人公”的な存在だ。
もしも主人公にモブキャラでオレが絡んだら、どうなるだろうか?
そう……他の参加者の反感を、オレが買ってしまうのだ。
だから今回は春木田マシロと話をしない方が正解。
陰キャムーブでしぶとく行動をして、選考に残っていくのが賢いのだ。
まぁ……あと、主人公的として忙しい彼は、オレなんか雑魚には、初っ端から近づいてこないだろう?
ざわ……ざわ……ざわ……
ん?
あれ、でも、様子がおかしいぞ?
なぜかざわつきの中心人物が、春木田マシロがこっちに近づいてくるのだ。
まさか、この展開は⁉
「あっ、ライっち見っけ♪」
「え……?」
やっぱり……春木田マシロがオレの目の前に現れた。
他の共演者やスタッフには目もくれずに、一直線にオレの所にきたのだ。
「あっ、お、おはよう、マシロ君」
オレは動揺したものの、脊髄反射で業界挨拶をする。どんな相手にも挨拶は大事なのだ。
「やっぱり、来てくれたんだね? ボクも嬉しいよ♪」
相変わらず春木田マシロの危険な天使の笑みで、その内の考えは分からない。
だが“今すぐ取って食われるようなこと”は無さそうだ。
ざわ……ざわ……ざわ……
そんな時、今度はオレを中心にして、出演者たちがざわつく。
「……おい、あのオタク臭い奴、誰だ?」
「……見たことがない奴だぞ?」
「……“あの春木田マシロ”が声をかけているぞ?」
「……もしかしたら凄い大手の奴なのか⁉」
ほとんど知名度がないオレと、主人公的な春木田マシロの会話。
不釣り合いな両者の関係に、誰もが不思議がっているのだ。
だが春木田マシロは周囲を気にしていない。
「あと、そっちは“大空チセ”だっけ? ファッションショーの時の? キミも逃げずに、よく来られたね?」
次はチーちゃんに危険な視線を向ける。
最初は雑魚だと言って無視していたのに、今では彼女のことを認識していたのだ。
「……はい。このたびは招待いただきありがとうございます」
チーちゃんは危険な春木田マシロに答える。毅然とした大人の態度だ。
ぷるぷる……ぎゅー……ぷるぷる……
だが彼女は緊張と恐怖のあまり、微かに震えていた。
チーちゃんは無意識的に、オレの服の後ろを掴んでいる。
だから彼女の手が震えていることに、オレだけが気が付いていた。
(チーちゃん……)
きっと、この子は持てる勇気を振り絞り、春木田マシロに対応しているのだろう。
小さな身体に大きな勇気……本当に凄い子だ。
ざわ……ざわ……ざわ……
ん?
そんな時、更に別方向がざわつき始める。
雰囲気的に春木田マシロ以外の、“他の大物”が到着したのだろう。
そして“その人物”も、こっちに近づいてくる雰囲気だ。
「……ようやく見つけまわした、市井ライタ! こんな所にいたのですわね⁉」
ざわつきと共にやってきたのは長身の美少女、《六英傑》の一人の加賀美エリカだ。
「エ、エリカさん⁉ あっ、もしかして参加を⁉」
彼女は若手トップモデルだが、先日アイドル部門に参加するサプライズ宣言をした。
この場に現れたということは、エリカさんもアイ・フェスに参加するのだろうか?
「ええ、もちろんですわ! このイベントは新人アイドルの登竜門の一つなのよ!」
やっぱりそうか。
サプライズの連続に凄く驚いたけど、これは個人的に凄く嬉しいこと。
何しろ若手トップモデルなエリカさんが、今回はアイドルとして一緒の仕事になれたのだ。
ファッションショーの時に、彼女が魅せてくれた表現力。
それをアレンジして、今回はどんなアイドルを魅せてくれるか?
いちアイドル・オタクとして、オレはワクワクしかないのだ。
「で、でも、勘違いしないでくださる? 別にアナタが参加するから、わたくしも急遽参加を決めた訳ではないですわ! たしかに申し込みのタイミング的には、そう見えますが、あくまで偶然なんですから!」
ん?
なぜかエリカさんは顔を赤くして、何かの照れを隠している。
いったいどうしたのだろう?
「ラ、ライタ君……」
プルぷる……ぎゅー……ぷるぷる……
圧のあるエリカさまの登場で、更にチーちゃんがオレを掴んでくる力が強くなる。無意識的に身体もけっこう近づけてきた。
大物の連続登場に彼女も、かつてなく緊張しているのだろう。
「――――っ⁉ あなたは大空チセ⁉ そこでなにを⁉」
そんな接近状態のチーちゃんに、加賀美エリカも気が付く。
あまり接点のない二人だが、エリカさんの方はかなり動揺した様子。
どうしたのだろうか?
「そうですか、市井ライタ……あなたは、こんな場でもイチャつくような“女たらし”だったのですね⁉ 見損ないましたわ! 不潔ですわ! そして大空チセ……あなただけは負けませんわ、わたくしは!」
「……へっ?」
しかも、よく分からない勘違いを、エリカさんはしている。何やらチーちゃんのことをライバル視し始めたのだ。
これは……どういうことだ?
あっ、でも⁉
この状況はまずいぞ。
何しろ『オレがチちゃんをはべらせて、エリカさんと二股している策悪野郎』に見方もあるのからだ。
これはヤバイ。
“一番の推しであるアヤッチ”に誤解されるのは、特にマズイ。なんとか上手く説明しないと。
「アヤッチ、これはその……これは、その……えーと……」
「ライライ、やっぱり、面白い」
だが上手く説明はできなかった。
最推しである彼女とは、オレは上手く会話ができない欠点があるからだ。
「市井ライタ……アナタという人は、大空チセや、わたくしだけはなく、鈴原アヤネさんまで手を出すのですか⁉」
「ラ、ライタ君……」
「あっはっは……やっぱり面白ね、ライっちは! 今日からは、楽しい四週間のパーティーになりそうだね!」
「へ……? えっ……?」
こうしてオレは混沌状態のまま、アイ・フェスは開幕するのであった。




