第21話:学園での反響
初仕事CMのネット放送から、日が経った朝。
いつものように登校したらクラスの様子がおかしい。
「おい、ライタ! お前、あの噂のCMを見たか⁉」
「へっ、なんのCM、ユウジ?」
「あのヘッドフォンのCMに決まっているやろう! この芸能科でも話題で持ち切りなんやで⁉」
朝一の教室、金髪の友人ユウジからの話で実感する。
オレ本人が知らない間に、とんてもなく大きな反響になっていたのだろうか?
いや……待て。
もしかしたらオレの出演したCMではない可能性もある。
いや、きっと、そうに違いない。
おそらく有名人が出ている違う大手メーカーのCMなのだろう。
だから知らないフリで答えておく。
「へ、へぇ……そんなCM動画あるんだね」
「なんや、お前、知らんのか? これは、その動画やで!」
「あっ……これは……」
ユウジのスマートフォンで見せられた動画は、間違いなく例のCM。オレの初仕事のCM動画だ。
うっ……これは。
まさか反響の広がりと勢いだった。自分の仕事で恥ずかしいので、最近は何回再生になったかは見ていない。
再生回数を見た感じ、先週までは92万回再生だったCM動画が、なんと数百万回までバズり中だった。
まさかこんなことになっていたとは。
「へ、へぇ……こんなのがあったんだね、なんか普通のCMに見えるけど、何が原因でバズっているんだろうね?」
内心では動揺しながらも、知らないフリをする。
何しろ事務所の戦略的に、今回の出演者のことはシークレットにしていた。たとえ同級生や家族にも言わない方が吉なのだ。
でも、本当にどうして、ここまでバズっているのだろう? オレ的には“普通の演技”をしただけなのに。
「なんや、役者のクセに、この演技の凄さが分からんのか⁉ 噂による『主演の女子高生は、実はなんと男子だった』という話やで。つまり、コイツは化け物演者……っていう専門家の話や!」
噂好きなユウジが熱く語るように、今の芸能界のネット噂トピックでは、このCMの主演に関する話が多いと。
顔は口元と後ろ姿しか映っていない正体不明。逆に口コミになって、専門家が動きだし、骨格などを検証。男性であると確定されて、更に話題になっているという。
「そ、そうか、この人は男性だったね。そう言われてみたら、凄い人……なのかもね、この人は」
自分のことを褒められているが、実感はない。
それよりも気まずい雰囲気と恥ずかしい。あと名乗り出られない申し訳なさで、胸いっぱいになる。
ちゃんと言えずに、ごめんね、ユウジ。
事務所から許可が出る時があったら、一番に連絡するから。
「まったくライタは噂にうとい奴やなー。ほれ、見てみー。クラス連中も話題で持ち切りやぞ」
「えっ? あっ……本当だ」
ユウジに指摘されて気がつく。
クラスメイトも各自で集まって、スマートフォンで何かの動画を見ている。聞こえてくる会話の内容的に、同じCMの動画を見ているのだろう。
「……ねぇ、見てみて。例の動画、また再生数が増えているよ!」
「……なんか、何回でも見ちゃう中毒性があるのよねー、これ」
「……この人は本当に誰なんだろうね?」
「……こんなに完璧に可愛い女子高生を演じられるのだから、絶対に神レベルの美形だよ!」
「……まさに“ヘッドフォンの王子様”よねー」
今は授業が始まる前、朝の空き時間。
早めに学校に来た生徒たちが、CMの内容でザワついている。特に女子たちの熱中度が凄い。
この分だと他のクラスも同じ現象になっているのだろう。
「ほ、本当だ……すごい現象だね。でも、どうして、クラスのみんなが、ここまで注目をしているのかな?」
「そりゃ、ここが天下の芸能科だからや! 優れた芸を持つ者は、噂になりやすいんや」
「あっ、そっか……」
堀腰学園の芸能科の生徒は、アイドルやミュージシャン、芸人など畑は違うが、同じ芸能界の世界に属する者たちだ。
そのためCMなどの情報には、すぐに食いつくのだろう。
「あと、芸能科の連中が食いついている理由は、もう一つあるんや」
「えっ、もう一つ? どんな?」
「なんと聞いて驚くなよ。このCMの主演俳優は“堀腰学園の芸能科”の奴らしい。それも一年生の中にいる、という噂なんや!」
「……えっえ⁉ で、でも、どうして、そんな噂が……だって、新人俳優なんて日本中にいる訳だし……?」
まさかの正解を指摘されて、言葉に詰まりながら誤魔化す。何しろ今回のCMの戦略は身バレしないことが大事なのだ。
「それには噂の検証がされているから。情報によると、今回のCM監督は“あの奇才 江戸イツジ監督”や。あの監督は最近、自分のスタジオでしか撮影はしてないらしい。あと骨格を検証した奴によると、高校男子一年生一番可能性が高い……らしいで。他にも検証班の考察理由はたくさんあるが、つまりコイツは堀腰学園の一年生の可能性が高いんや!」
ユウジの説明はネット考察を踏まえていた。理由は次のように何個もあるという。
・メーカーのホームページによると、CM監督は江戸イツジ監督”だというのは確定。
・撮影されたスタジオの場所も確定済み
・逆算で演者は撮影スタジオに通える地域に住む者だろう。
・新人俳優はどこかの芸能科に通っている可能性が高い。スタジオ近辺で通える芸能科があるのは、堀腰学園だけ。
これ以外も沢山あるが、総合的に『堀腰学園の芸能科一年の生徒』だとプロ検証されていたのだ。
(そ、そうなんだ。プロの検証は当たりすぎて、凄すぎるな……)
今の時代、“眼球や皿に反射した映像”や、“人間の耳では聞こえない”背景音”から、ネットで検証されてしまう。
今回のCMは謎が話題になりすぎて、専門プロの検証家の人たちが動きだしていたのだ。
う……でも、このままでオレにまで捜査の手が伸びる、危険性もあるのかもしれない。
噂がどこまで及んでいるのか、おそるおそる聞いてみよう。
「そ、そうなんだ。ところで、一年の誰が本人か、噂はあるの?」
「いやー、それが本人の確定までは、まだ検証されていないらしい。噂の噂によるとB組の俳優グループ連中が怪しい、らしい。これでもデマの可能性もあるがな」
「そ、そっか……それは残念だねー」
棒読みで答えながらも、身バレしていないことに、内心ではホッとする。
あとはB組の俳優陣が噂を引きのばしにしてくれることを、願うだけ。できればオレから捜査の手が遠ざかって欲しい。
キンコーン♪ カンコーン♪
そんな時、授業開始の予鈴が鳴る。もう少しで一限が始まるのだ。
オレもユウジの席から、自分の席に戻らないとな。
ドン!
自分の席に戻ろうとしたら、クラスの女子がぶつかってきた。先ほどスマートフォンでCMの噂話をしていた人たちだ。
「あっ、ごめん」
相手はスマートフォンをいじりながら移動してきたのでぶつかってきたので、100%向こうが悪い状況。
だがとりあえずオレは反射的に謝っておく。こういった時は波風を立てないのが大事なのだ。
「ちょと、痛いんだけどー? 周りをちゃんと見てよ、このオタク野郎が!」
「そいつ、運動神経まで“Fマイナス”なんじゃない?」
「たしかに! ウケル! きゃっはっはっは……!」
だが相手は謝ることもせず、むしろ辛辣な言葉をぶつけてきた。
相手は中堅どころの事務所に所属してモデル系の女子グループだ。弱小事務所に所属して、今まで仕事実績がゼロなオレを馬鹿にしてきたのだ。
「“ヘッドフォンの王子様”に比べたら、天と地、神とゴミ虫の違いよね、そいつは」
「たしかに! ウケル! きゃっはっはっは……!」
ん?
彼女たちが持ち上げている“ヘッドフォンの王子様”は、さっきの話題で聞こえてきた人物のこと。
つまち……“ヘッドフォンの王子様”はオレのことだ。
彼女たちは相手が誰か知らずに、馬鹿にしてきているのだろう。こういうこと時は、あまり気にしないでおこう。
(ふう……なんか大騒ぎになっているけど、しばらくしたら落ち着くだろうな)
芸能界やネットの噂は広まるのが早いが、沈下するのも急速。だからオレは気にせずに午前の授業に励むことにした。
◇
昼休み時間なる。
「あっ、ユウジ、牛乳を買いに、食堂に寄ってもいい?」
「ああ、ええで」
学園で唯一の同性の友人ユウジと、弁当を食べに静かに校舎裏に移動。途中で学園の食堂によることにした。
ざわざわ……ざわざわ……
食堂の中は満席状態。かなりザワついた様子だ。
ざわざわ……あの噂のCNの……ざわざわ……
(うっ、これは……もしかして……)
しかも例のオレのCMの噂が、所々から聞こえてくる。やはり学園内で広まっており、誰もが食事をしながら雑談をしているのだろう。
当人として、なんとなく気まずい雰囲気だ。
「ユ、ユウジ、凄く混んでいるから、早く牛乳を買って、校舎裏に行こうか?」
「ああ、そうやな。ここはD組には居づらい場所やからな」
食堂は全校生徒が使用可能だが、最底辺のD組の生徒の姿は少ない。
学園のクラス分けの制度が、風習として食堂利用カースト制度になっているのだろう。
(ん?)
――――校舎裏に移動しようとした時だった。
食堂の向こう側から、数人の男女が向かってくる。
(あれは……《六英傑》か)
彼らは一年のエリート六人組《六英傑》だった。
今日は四人しかおらず、代わりに“取り巻き”のような生徒が何人かいる。
アヤッチこと鈴原アヤネは最後尾に、静かについてきている感じ。おそらくこれから食堂で食事をとるのだろう。
…………
いつもの廊下と同じように、《六英傑》はオーラを発しながら移動してくる。
相手は誰もオレには視線を向けてこない。
“顔も知らない雑魚”として認定され、もはや視界すら入っていないのだ
「……そういえば例の噂のヘッドフォンのCMは見ましたか?」
すれ違う時、少しだけ相手の会話が聞こえてきた。
取り巻きが《六英傑》に話をふっている。内容はオレの出演したCMに関してだ。
「……ん? そんなマイナーなCMを確認するのは、時間の無駄だ」
「……マイナーメーカーのCMなどする仕事のは、所詮は雑魚ですからね」
「……僕たちはもっと高みにいる存在だからね」
《六英傑》は噂のCMを鼻っから馬鹿にしていた。エリート事務所に所属する自分たちは、そんな一瞬のバズりなど気にかけない高位の存在、だと傲慢になっている。
だが《六英傑》の中で唯一、別の反応をしている人がいた。
「わたしは、けっこう好きだったかも、あのCM……あの主演の人の演技が……」
褒め言葉を口にしていたのはアヤッチだった。
相変わらずプライベートは無表情だが、口元はなんか嬉しそうにしている。
(アヤッチ……ありがとう!)
今回オレは死角にいて、彼女とは視線が合わなかった。だがアヤッチのつぶやきは、たしかにオレの耳に届き、元気が溢れ出してきた。
「よし! ユウジ! 急いで飯を食って、また頑張ろうぜ!」
「はぁ? いきなり、なんや? なにか悪いもんで食ったか、ライタ?」
「そうかもね! はっはっは……!」
初仕事を“推し”に褒めてもらえて、今のオレは興奮状態。
史上最強の勇気をもらって、次なる仕事を早くしたくなってきたぞ。
◇
それから更に日が経つ。
モチベーションが高いままのオレに、さっそく次なる仕事の話が舞い込んできた。
「どんな仕事ですか? またCMとかですか?」
いつのものように放課後に事務所に寄って、ミサエさんに話を聞いていく。
「いえ、次はネット配信の学園ドラマよ」
「おお、学園ドラマですか⁉ どんな感じのですか?」
俳優としての本格的な仕事に、思わず声を上げてしまう。いったいどんな人たちが出るのだろう?
「主演はあの“ライジング・エンタテイメント芸能”の三菱ハヤト君という若者よ」
「えっ……三菱ハヤトですか?」
聞き覚えのある人物の名前だった。
あの《六英傑》の一人、《天才俳優》三菱ハヤトが主演するドラマに、オレは出演することになったのだ。




