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第8話 8月7日(前編) やっぱりギャルはギャルとつるむ

 

 8月7日


「顔キモイ」


 サキちゃんに出会って開口一番、いきなり罵声を浴びせられる。


 それも無理はない。

 昨日、詩織さんに「センパイ」呼びをされたせいでどこか夢心地で外に出てしまったのだから。


 どんだけだよ、って思われるかもしれない。だが、21年間歳上のお姉さんだけを恋愛の対象と見てきた俺にとって、それは人生観を狂わせかねない大事件なのだ。


「センパイ」だなんて言われたら、あれ?もしかして、後輩って案外ありですか?みたいなふわふわとした気持ちになってしまった。


「それはいいとして、なんでここに?」


「宮田さんのことだから、またあの人に会いに来てるかもなって思って」


 合ってますよ、正解です。

 俺は今日も今日とて詩織さんを拝みに喫茶店を訪れている。もっとも、彼女が姿を見せる気配は全くないけど。


「パフェお願いします」


「かしこまりました」


 いつの間にか注文してるし。てかもうパフェはあるってことでいいの? メニューに書いてないのにかしこまっていいの? もう『融通が効きすぎる店』って売り出せばそこそこお客さん来るんじゃないか?


「今日も奢ってくれるんでしょ?」


「なんでそうなる」


 さも当たり前のように聞いてくるので、否定してみる。すると、手を擦り合わせ、覗き込むように顔を近づけて、


「おねが〜い。宮田せんぱぁい」


「────ッ!」


 甘える猫のように甘美な声を出しやがる。


 いかん、今の俺は後輩耐性がゼロどころかマイナスなのだ。そんな言い方をされたら……


「し、仕方ないな。今回だけだそ!」


「ちょーうれしい! さすが宮田さん!」


「センパイと呼べ! センパイと! ガッハッハッ!」


 ついつい甘やかしてしまう。しかもサキちゃんだって、椅子にふんぞり返って悪代官のように笑う俺を(おだ)てるんだもの。気分が乗らないはずがないだろ。


 だから、小声で「チョロ」なんて言われても気づくはずがないのだ。




「お待たせしました」


 俺は目の前に運ばれたきたパフェよりも、もっと別のものに気が引かれていた。


 そう、詩織さんだ。


 彼女が運んできてくれるのなら、俺だって何か注文したのに。

 いつも足音も無く現れるから、いちいち驚いちゃうんだよな。


「詩織さんは今日もお出かけ?」


「はい。やらなきゃいけない事があるので」


「毎日大変そうだね」


「そうでも無いです。時間を持て余してるくらいなら、時間に追われてる方がマシですよ」


 その言葉は俺に刺さりすぎるんですけど。

 来る日も来る日も起きて、大学行って、帰って風呂入って寝る、という全く無駄のない日々を過ごしてきた。

 でも、中身は空洞だらけで、すきま風が吹くと体を震わせてしまうような寂しい人生。


 それを埋める大きな目的を既に見つけられているのが羨ましい。


「それでは、私はこれで」


 挨拶だけしていった感じの詩織さんはカウンターに置いてあったトートバッグを肩にかけ、外に繰り出していった。


「ずいぶん仲良くなってんじゃん」


 窓の外をぼんやりと眺めながらパフェを頬張るサキちゃん。


「そう見える?」と返すと、サキちゃんは頷いて暫く黙り込んだ。


 いづらい。

 沈黙が怖いと感じる系の人間だから、この無言タイムが長引けば長引くほど首を絞められてる気になるぞ。早く何とかして手を打たなければ。


「あ、あのさ」


「……」


 えーッ! 無視ですか!? 俺、割と頑張って声掛けたんですけど! この無視は心に大きな傷をつけたよ? シャイボーイのメンタル舐めちゃダメ。水風船みたいに簡単に割れちゃうから。水じゃなくて涙出ちゃうからッ!


 でも、このままの方が気まずくて敵わないな。


「っすぅー。この後、映画でも……行きます?」


「……うん」


 うぉっしゃぁ!!! ご機嫌取りの悪手かと思ったけど、すんなり乗ってくれた! どこにご機嫌を損ねる要因があったかは一旦忘れよう。


 ……ん? パフェの減るスピードが早くなってないか?

 そんなに見たい映画でもあったのかな。



 お金を払い終え(当然、お代は俺持ち)、その足で映画館に向かった。しかし、俺は頭を抱えることになる。


 な、なぜだァ! なぜ、今やってる映画がどっちも見た作品なんだ……。


 抑揚の無いお涙頂戴恋愛モノと、まさかのプリキュン。

 どちらも数日前に見たばかりじゃないか。しかも、絶望的につまらない。もはや2時間椅子縛りの刑だ。

 せめてもう1作品、初見で鑑賞できるものがあれば……! 


 サキちゃんの好み的に絶対恋愛モノだよな。ちくしょう、まだプリキュンの方がマシだぞ。


 でも、一応聞いてみるか。


「どっちがいいかな?」


 上映スケジュールの電光掲示板を見上げているサキちゃんは、退屈そうな顔をしていた。


 そりゃそうだよな。映画を選ぶ権利さえ与えられてないんだから。せっかくの夏休みだぞ。この時期ってもう少し充実してるもんじゃないのか!? とんだ不作だな。


 サキちゃんは指を指す。

 ああ、恋愛モノね。ハイハイ。


「プリキュン見よう」


「おっけー、プリキュンね、プリキュン……ってプリキュン!?」


 あまりにも大声を出してしまったので、思わず口を抑えた。するとサキちゃんは恥ずかしさを隠すように、「なんだよ、ダメなの?」と語気を強めて言い寄って来た。


「いや、俺はぜんっぜんイイよ!」


 むしろこっちで良かったぁ。近頃の女子高生はアニメにも明るいのか。感心感心。


 チケットとコーラを2つ買って、スクリーンに向かっている時だった。


「あ、サキじゃん! こんなとこで何してんの?」


 向かいから、これまた派手なギャル2人が寄ってサキちゃんを両サイドから挟み込んだ。


 1人は薄い赤に染めたロングヘアとルージュの口紅。おまけに真っ赤なピアス(赤づくしだな……)。

 下着が見えるじゃないか心配になるほど短いスカートと肩を出したシャツ。目のやり場に困る。


 もう1人の彼女は、一緒に居る子とバランスを取ろうとしているのか、全体的に青寒い雰囲気だ。

 黒と言うよりは青みがかった色のボブカットで、目元の冷たい色のアイシャドウが印象的だった。藍色のロングワンピースに細い指先には海のようなネイルが施されている。


 2人を前にして思うのは、やっぱりサキちゃんも普段はこういう子達とつるんでるんだなってこと。


 正直、専門用語のオンパレードすぎて、会話の中身は全く入ってこない。もしかしてサキちゃん、俺と話する時、手加減してくれてた? 意外と思慮深いのね。


「夏休み会えないって言うからちょー焦ったし! その後も連絡繋がんないしさー」


「ごめんごめん。ちょっと親戚の家に泊まってて」


 赤色の女の子は俺を見ると目を細めて顎に手をやった。


 すっごい見てくる……鑑定でもされてんのかよ。そう思うと無駄に姿勢が良くなる。


「この人が親戚?」


「ちがうちがう」


「は? じゃあ……ああ、なるほど」


 赤い彼女は自己完結的な笑みを浮かべて、サキちゃんの肩に手を回した。


 俺に聞こえないように耳打ちしているようだ。


 どんな悪口言ってるんだよこの全身赤色小娘。トマトでもヘタぐらいは緑だぞ。


「────!? そんなんじゃないし!」


「サキさぁ、誤魔化すの下手すぎだよ。マジウケるんですけど。皆には内緒にしといてあげるから、ヨロシクやりなよ〜」


「待って、ユイ! ホントに違うって!」


 サキちゃんの静止にトマト女は聞く耳を持たなかった。


 2人取り残されて、話しかけずらい空気が漂う。


 あれだけ感情を刺激されてたんだ。きっと触れてほしくない部分を突かれたんだろう。もはや映画どころじゃないな。


「サキちゃん。今日はもう帰る?」


「いく」


 背中を震わせながら振り絞る声は、怒りというより、屈辱を感じさせた。転んでも必死に強がる子供みたいに、一生懸命カッコつけようとしている。

 少なくとも俺にはそう見えた。


 だから、サキちゃんの顔を見ないように、前をゆっくり歩いた。

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