表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

きっと其れは、一つの道。

作者: 湯納

ザザザという音が、ずっと耳障りに聞こえていた。


目を覚ましても、そこは暗くて何かが見えるという事は無かった。

正面からの風圧と、体の左側面・尻が擦れていくような振動。

土の臭いと、無音の闇。


俺は、どこかを滑り降りている。

左側にある壁に重心を傾けながら、滑り台を降りるように。


恐ろしい事に、右側には壁も何も無かった。

そっと地面に触れると、左の壁から幅50センチ程の平面が続き、そこから先は崖のように真下へと続いている。

たった50センチの幅に、俺はいるのだ。


もし右へと重心をずらしたなら、どうなるのか。

俺は考えないように身震いし、ただ左の壁に肩を擦りながら目を瞑った。


暗闇では、もはや目を開けている理由も無かったから。

この空間はどこに繋がっている?

終わりはいつくる?果てはどこにある?

俺は、どうしてこんな事をしている?


どれほどの時間が経ったか。

左肩の衣服が擦れ、所々で皮膚が擦れるようになった。

始めこそあった痛みも、今や慣れてしまった。


まだ、ゴールは見えない。


この状況になる前の記憶はまるで無い。

考えても、こんな長く恐ろしい滑り台など聞いたことも無い。


夢でも見ているのか。


死の螺旋。

ふと眼を開けた時、暗順応した瞳がこの空間の一部を認識した。

発狂しそうになった俺は、しかし踏みとどまってただ再び目を瞑った。

いっそ、気が狂って穴へと落ちた方が楽だったと、今は思う。


恐怖が先に立ち、その決断をする事はできないが。

この先、そうなる可能性は低くないと俺は思う。


見えたのは、大きな穴。

その淵に、ネジのように刻まれた螺旋。


俺はそこを、滑り落ちていた。

緩やかに右に沿って何度も円を描きながら。

どこにも繋がらない深淵の奥底へと、落ちていく。


恐る恐る上を見れば、遥か遠くに光が見える。

しかし戻ろうにも、この傾斜では立ち上がる事も難しい。


ただこの壁と、僅かな地面に身を委ねて、俺は落ちゆくしかない。


絶望の淵に揺蕩う意識の中で、脳裏には少しばかりの、以前の記憶が蘇る。

どこかで聞いたような音楽が聞こえる。


暗い雰囲気の、物悲しそうな女の歌声だ。

重低音のベースが響き、ピアノの高い旋律と共に、その声は燃え盛る炎のような力強さを増していく。


俺の好きだった曲だった気がするが、どうにも思い出せない。

何となくのメロディーを口ずさみながら、俺は終わりを待った。


擦れ続ける左肩が出血を始め、上着を脱いで肩に当てなおす。

何度か繰り返していくうちに、上着の生地も穴だらけとなって、肩を守る事は出来なくなった。


丈夫なジーンズ生地も穴が開き、尻が直に冷たい地面の凹凸によって擦れるようになった。

身体が刻まれるように痛みを発し、正気が欠けていく感覚と共に頭に白い靄がかかっていく。

俺は血の痕跡を残しながら、昏い底へと落ちていく。


あぁ、思い出した。

全部、全部。思い出した。


生前に、俺は。

あぁ、これは罰か。


行き着く先は……。


そうか。

じゃあ、もう良いか。穴へと身を投げてしまおう。


俺は勢いのまま立ち上がる。

ずっと体を動かさなかった事で、節々がまた痛みを訴える。

ぎこちなく体を起こし、駆けるように走る。


そして勢いよく壁を蹴り飛ばして、身体を翻して、穴へと落ちた。

窮屈な状態と身を削る痛みから解き放たれた身体は、清々しく。

気分は晴れやかだった。


体が自由落下を始める。

きっとまた、見果てぬ闇へどこまでも落ちていくのだろう。

戻るなんて、とんでもない。


俺は天国へは行けないから。


さぁ、地獄へ落ちていこう。


新年早々にこんな暗い作品でごめんなさい。

最近書いていなかったので、久々に短編を。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 世界観が毎回好きです。今の私じゃ地獄を選びそうです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ