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「めでたしめでたし」で終わる乙女ゲーム系恋愛騒動  作者: 一九三
本編:めでたしめでたし、で終わる話
4/12

溺愛される悪役令嬢

 正直な話をすると、私、マリアンヌ・トワネットは、あの男のことが大嫌いだった。


 大っ嫌いで。

 不倶戴天の天敵のように、親の仇のように、憎んでいた。

 あの男の行動が癪に障ったし、あの男の決定に粗を探したし、あの男の過去が気に食わなかったし、あの男の出自が憎らしかったし、あの男の声が、表情が、顔が、匂いが、手が、服が、靴が、呼気が、触れた花が、踏んだ土が、存在が、嫌いだった。

 どうしてあんな男が存在しているのか、私の視界に入って来るのか、不可解で不愉快で不快だった。


 あの男。

 舌を噛み切ってしまいたくなるほど不本意なことに、私の婚約者の、あの男。

 我が国の第一王子、ルイオーギュスト・ヴェルサイユのことが、嫌いだった。






 私とあの男は、生まれた時から婚約者だった。

 王家に男児が生まれ、その数か月後に我が公爵家に女児生まれた瞬間、私たちの婚約が決まった。

 つまりは完全に、政略による婚約だ。

 我が公爵家は国内でも三本の指に入る勢力を持っていて、ライバルの他の家は男児しか生まれなくて、運よく私が女だったから、婚約が決定された。

 それだけで私が選ばれた。

 数年後には他家にも女児が生まれたが、私とあの男の婚約は継続された。丁度その頃にはあの男の弟にあたる第二王子も誕生していたため、他家は我が公爵家と揉めることを嫌い、そちらを標的にしたからだ。

 それでも、少し年下の女の子が代わりとして控えていることは、第一王子獲得争いのプレッシャーになった。

 将来王妃になる可能性も高い第一王子の婚約者、ひいては将来の国王の後見となれる好機を逃さないため、自然と私への教育は厳しくなった。

 第一王子の婚約者なのだから。

 我が家の娘なのだから。

 王妃にふさわしいように。

 他の家に利権を奪われないように。

 ――私の幼少期は、あの男に奪われたも同然だ。


 私がその、厳しい幼少期を過ごしている頃、それが厳しく、可哀想だと同情されるに値する待遇だと気付かず、一生懸命、期待に添えるように努力している頃。

 第一王子の婚約者にふさわしくあるように頑張っている頃。

 私の一番の敵は我が家でも他家でも王家でもなく、その第一王子自身だった。

 どれだけ頑張っても、『第一王子はもっとすごい』と叱られ、さらに頑張ることを強要された。

 第一王子が出来そうにないことを探して出来るようになっても、『第一王子も出来るようになったそうだ、お前ももっと頑張れ』と追い立てられた。

 顔も会わせてない時から、あの男は私を苦しめる敵だった。

 あの男にふさわしい人になりたいのに、あの男自身が邪魔をする。

 追いついたと思っても、すぐに引き離す。

 あの男の隣に立てないと、褒めてもらえないのに。

 まるで私が隣にいるのが嫌なように、走り去っていく。

 私はお父様に褒めてもらいたいだけなのに。

 あの男が。

 あの男のせいで。

 ――あの男なんか、大嫌いだ。


 今ならば、あの男は邪魔をする気もなく、私なんか眼中にすらなかったし、私を必要以上に苦しめていたのは親だとわかるが、あの時は親を憎むなど考えられず、ひたすらに憎しみの矛先をあの男に向けていた。

 そしてその思い込みは、あの男と顔を会わせた後も、変わらなかった。

 表面上は大人しく振る舞ったが、内心、あの男への憎しみと妬みがあふれていた。

 私に出来ないことが出来るから嫌い。

 私より綺麗だから嫌い。

 私にも優しいから嫌い。

 私を気遣うから嫌い。

 私が嫌いになれるところがないから、嫌い。

 嫉妬、劣等感、臆病、憧憬、依存、甘え、羞恥、疑心、自尊心、反抗心、自己嫌悪。


 私はあの男のことが大嫌いだった。




 そう、過去形だ。

 今ではそんなことはない。

 この人で良かったと思うほど、格別に良い婚約者だと思う。

 もしこの人が婚約者でなかったら、と考えると恐ろしい。

 婚約者がこの人でなければ、恐らく、家の格や派閥的に考えて、同じく国内でも三本の指に入る勢力を持ち、現宰相でもある公爵家の息子が婚約者になっていただろう。

 想像だにぞっとする。

 幼いころから交流があり、幼馴染と言われる関係だが、あんな面倒くさい男、絶対に御免だ。いつも勝手に私やあの男に敵対心を持っては、勝手に挫折して、勝手に逆恨みして、勝手にコンプレックスをこじらせている。自分が一番じゃないと気が済まないのだろうか。

 それに、幼馴染を見てると、昔の自分を思い出すから、ひどく嫌な気分になる。

 私も昔は、あの男から見れば、あんな風だったのだろうか。

 あの男は私を、こんな風に思っていたんだろうか。

 そう思って、不安になったり怖くなったりするから、嫌だ。

 今になっても、どこまでも憎たらしいあの男は、「その他大勢がお前の幼馴染に嫉妬して、お前の幼馴染がお前に嫉妬して、お前が俺に嫉妬していたから、俺は次はどこに嫉妬すればいいのかと、面白おかしい気持ちで見ていた。陛下にでも嫉妬しておけばいいのか?」などと笑っていたので、不快に思われてなかったことに安堵したり、どこまでも同じ土俵に立ってくれていなかったことに落ち込んだり、やはり自分とは格が違うと諦観したりした。


 結局、私は追いつくのを諦めたのだろう。

 幼馴染はどこまでも身の程知らずに、追いつけると思って追いかけ続けているようだが、私はリタイアして、傍観や、あの男のサポートの方にまわったのだ。

 一緒には走れなくても、あの男が走る手助けは出来る、なんて綺麗ごとを言うつもりはない。

 私はあの男に追いついて、隣に立ちたかった。

 たとえそれが親に褒められるためでも、あの男の隣に行きたかったことに偽りはない。

 でも私は、諦めた。

 愚直な幼馴染は追いかけ続けているが、あの男はもう私たちを周回遅れにして、レースを終えているのだ。

 しかも、あの男は私たちと競争してるつもりは一切なく、「健康のために毎朝ジョギングしてます」ぐらいの気持ちで走っていただけだ。そのぐらいの気持ちで、私たちを置き去りにしていく。

 諦めず追いかけ続ける一途さが馬鹿らしくなるほどの差。

 勝負にすらならないのなら、もう、諦めるしかないじゃない。


 とはいえ、すぐ諦められるものでもない。幼馴染が未だに諦めきれないように、今まで努力していた自分を『その程度でしかない』と認めてしまうことは、容易ではない。

 気持ちの整理がつかない。

 そんな無様な現実を認めたくないし、認められない。

 負け惜しみも加わって、格の違いを薄々感じていながらも、私はさらにあの男を嫌い続けていた。



 諦める、丁度いい落としどころが見つかったのは、とあるお茶会のことだ。

 私が刺殺したいほど嫌っていたあの男を、私では追いつかないと認めたほど、認識が変わった。

 それは、親友との何気ない会話の中の一言だった。


 「それにしても、マリーって王子様にすっごく愛されてるんだね」


 昔から親友は物事の着眼点や解釈が面白い子ではあったが、その言葉は当時の私の思考を完全に吹っ飛ばした。


 愛されてる?

 私が?

 あの男に?


 ありえない、単なる利権での結びつきだ、あの男が情なんて持ってるわけがない。

 第一王子への敬意も忘れて親友に反発したが、日ごろからマイペースな親友は、やはりこの日も私の動揺など気にしてはくれなかった。


 「だって、マリーが嫌いな人とかに絡まれて困ってたら、いっつも助けてくれてるでしょ?」


 それは私のことを、面倒を見て世話してやらなければ何も出来ない、お荷物な婚約者だと思ってるからでしょう?


 「マリー、困ってるところに王子様が来たらほっとしてるし、王子様が助けに来るのって、マリーがどうにもできなかったり面倒で、助けて欲しいって思ってるときだけじゃない」


 ほ、ほっとなんてしてないわよ!なんであんな男に…!


 「だから、王子様ってマリーのことよく見てるんだなぁって。マリーよりずっと身分が低い私のことも、マリーのお友達だって、気遣ってくださったりするよ」


 私があの男の婚約者としてヘマをしてないか見張ってるだけよ!あなたのことは、あなたが面白そうだから気にしてるだけだわ。


 「贈り物もちゃんとしてくれるし、全部マリーの好みだよね。この前貰ったって私にも分けてくれたお菓子、下町でしか売ってないし、人気なのに予約とか取らないから、朝から並ぶしかないやつだよね。だからマリーも食べられなくて、食べたいなぁって言ってたんだから」


 どうせあの男が誰かに命じてやらせてるに決まってるわ。……確かに、上辺だけじゃなくて、私の欲しいものをくれようとは、してくれてるみたいだけど。


 「マリーと挨拶するときは一番の笑顔で来てるし、マリーが可愛いとか綺麗とか褒めてるし、マリーが呼んだら、後になっても絶対来るし、でもマリーが来て欲しくないって思ってるときは来ないし」


 それは、一応婚約者だからでしょ!あの男は私がどうかなんて…。あの男は…。


 つい、ちらっと視線を這わせると、あの男と目が合った。

 あの男は、私に微笑み、話していた相手がいたのに、話を中断してこっちにやって来た。


 親友が私をひじでつつく。

 あの男は私の前に来て、私の手を取り、手の甲にキスをした。


 「どうかしましたか、マリアンヌ嬢?」


 微笑む目には面白がる好奇心と、私への心配が見え隠れしている。


 今までの出来事が回想される。

 『嫌い』というフィルターが取っ払われてみると、まるで違う風に見えた。


 体調を崩した時には、必ず送られてくるお見舞いの品と労わりの手紙。

 欲しいと思っても親にねだれなかった玩具を、いつもさりげなく贈ってくれる。

 会うたびに、私がいつも頑張っていることを認め、褒めてくれていた。

 私が行き詰っていると、どうしたらいいのか、わかりやすくコツを教えてくれた。

 家の政敵に絡まれて困っている時は、しれっと入って来て、私を助け出してくれた。

 嫌いだ、とツンケンした態度をとっても、何も言わず嫌われてくれ、私を嫌うこともなかった。

 他家の娘にするものとは明らかに違う態度をとり、私が確かに婚約者であることを示していた。

 私と会った時には、嘘偽りのない、本当に嬉しそうな顔をして迎えてくれる。


 今までなら、これも全て『だから嫌い』と嫌っていたが、気付いてしまうと疑いようがなかった。


 これ、溺愛されてるわ。


 祖父母が孫を可愛がるように。

 幼子を微笑ましく思うように。

 過保護なほど愛されてる。


 恋愛としての愛情ではないけど。

 慈愛や親愛といった、守り慈しむような愛情を向けられている。

 後に聞いたところ、「懐かない子猫を世話してるような気分だった。撫でられて喜んだと思ったら、はっとして毛を逆立てて威嚇して、見てるだけで癒された」と、人を猫扱いしていたことを告白した。文字通り、猫可愛がりされていたのだ。



 「……マリアンヌ嬢?」


 あの男は、黙っている私に、さらに心配をにじませて見つめて来る。

 そっと手を伸ばし、すぐに融けてしまう白雪にでも触れるように、慎重に気を付けて、私の頬に手を添えた。

 輝かんばかりの金の瞳が私を捉える。


 「――あなたはどうして、そんなに私に優しくするんですの?」


 するっと言葉がこぼれた。

 私の目を捉えて離さない金色は、じんわり弧を描く。


 「あなたが私の婚約者で、――とても可愛らしいからですよ、マリアンヌ嬢」


 「……っ!」


 感情がやっと追いつき、顔が朱に染まる。

 目の前の美しい男は、自分のことを愛しているのだと、この上なく甘やかしているのだと理解する。

 この男のせいで、私は親に褒められない。

 それなのに、この男は私を見下し、対等な敵とすら思ってくれてない。

 ただ可愛がる愛玩動物だと、甘やかし、見下す。

 それでも。

 私への愛に偽りはない。

 これから先はともかく、これまでは確実に、この男は私を愛している。

 私の大嫌いな男は、私のことが大好きなのだ。

 私が褒めてもらえないほどすごすぎるこの男は、認めてもらえない私のことを愛していて、でも結局私は相手にされてなくて、この男は私を甘やかす。


 男に愛を注がれている照れと、見下されている怒りがまじりあって羞恥となり、私を赤く染める。

 どうしても追いつけないという絶望と、その追いつけない目標に愛されているという喜びを、私は受け入れた。


 ――追いつけないけど、これほど愛されているなら、いいか。

 婚約者として、女として、これほどの勝利はないだろうと、ここを落としどころにした。


 私はどうしたってあの男には追いつけない、という残酷な現実を受け入れ。

 代わりにあの男と親しく話せるようになり。

 あの男以外の、良い男を好きになったり、何も言わずにその恋を散らせたり、将来の王妃として実家でも親を牽制したり、気に食わない義弟に睨みを利かせたりして。

 あの男からの愛に胡坐をかいて、好き勝手生きてきた。


 その間に、私を甘やかすのが趣味のようなあの男も、ようやく私が反抗期を終えたからか、まだまだ溺愛してくれるが甘やかすばかりではなく、ちゃんと一人の友人として接してくれるようにもなった。

 相変わらず、飄々として何を考えているんだかわからない男だが、私には本音を話してくれたり、相談してくれるようになった。



 そうして順調に進んで、うっかり油断していた時。


 「と、言うわけで別れてくれ」


 婚約者であるあの男から、別れを切り出された。







 曰く、特に目を引くものもない、ちょっとばかし見目が良いだけの令嬢に一目惚れした。

 曰く、だから私と婚約を解消して、令嬢を口説きたい。

 曰く、令嬢は魅了(チャーム)をかけてきたが、抵抗(レジスト)した。

 曰く、令嬢は義弟や親友の婚約者、幼馴染、護衛をも魅了(チャーム)している。

 曰く、勝手な婚約解消をしたら廃嫡されるだろうから、自由に生きていく。


 あまりの話に、頭が痛くなった。


 まず、あの男ほどの人材を野に放つのは、あまりにも損害がありすぎる。

 それに、四人の男を魅了(チャーム)し、六人の男から好かれているという令嬢が、とてもまともな人物とは思えない。はっきり言って、あの男と釣り合わない。

 釣り合うはずがない。


 だから、きっとあの男は、――自由になりたいのだ。


 多くを期待され、その期待以上に応えて来た、完璧な王子。

 幼い私はあの男を嫌うことで奮い立ってきたが、あの男はそう甘える相手すらいない。

 重すぎる期待なんて片手間に応え、大半の時間はゆっくり好きなことをして過ごしているような男だが、それが当たり前になっているからこそ、逃げだしたくなったのかもしれない。

 しかし、あの男はそんなプレッシャーに潰されるような可愛げのある男ではないだろうから、ごく当たり前に、そんなつまらない生活に飽きたのかもしれない。

 あるいは、……私に飽きて、地位に飽きて、もう今の生活など、どうなってもいいから、そんな馬鹿らしいことを言い出したのかもしれない。


 こうなれば、止めても聞かないのはわかっている。やると決めたらやってしまう男なのだ。

 そういうところが――嫌い、だった。


 止めても聞かないのならと、逆手にとって、魅了(チャーム)なんかに負けてしまう、不穏分子たちの締め付けを行った。

 婚約解消の申し出は、届けさせなかった。


 「先に逃げ出して、置き去りにしてしまってすまない」


 ああ、本当よ。

 あなたはいつもいつも、私たちを、私を置き去りにして、手が届かない。

 でも、これほど愛されて、今更また嫌えるほど、私は薄情な女じゃないの。

 昔から変わらない、いつも通りのことだわ。

 あなたが私を置いて行くなんて。

 私では追いつけないんだから、好きに駆けて行くといいわ。


 行けるものなら。


 相手の令嬢がどんな方か知らないけれど、きっと令嬢の意中はあなたじゃないし、あなたの一番だって、その令嬢じゃなくて、私でしょう?

 覚悟なさい、大嫌いだった、私の王子様。

 あなたが甘やかし続けた子猫は、我儘で自分勝手な悪女になってるのよ。


 どんな人と恋したって、好きになったって、一番あなたに愛されてるのは私なの。

 私が「助けて」と言えば、どんな沼の底からだって這い出して、助けてくれる。

 どんな女の隣にいたって、どんな地位を築いたって、変わらない。

 全部投げ出して、私のところに来てくれる、私の男。



 ――もうとっくに他の女のものになってる男なんて、振られるに決まってるじゃない。


 言葉にせず、微笑んだ。







 「夫になって欲しい人が、他に、いるので…」

 「……やはり、そうか。そうだろうな」


 あの男は、案の定、令嬢に振られた。

 当たり前だ。

 そう思ったのに、何故か、少しほっとしていた。

 令嬢は美しく、素直で、賢明な女性だった。

 婚約者である私に遠慮を見せていたし、魅了(チャーム)していた四人にも、あの男にも、思慕を伝えず、『ただの友人』だと言える程度の付き合いをしていた。

 意中である少年以外は、正しく遊びで、ちやほやされるだけでよかったのだろう。それ以上を望む相手は、意中の少年だけだったから、彼らの好意を躱し続けていた。

 それでもさすがに、あの男からの求婚には心が揺らいだようだったが、きちんと振ってくれた。

 あの無駄に出来過ぎる男からの求婚を断れるなんて、それだけで見どころのある令嬢だと思ってしまう。


 振られたあの男は、少年の背中を押し、二人が笑いあっている姿を横目に、当たり前のように私の横に来た。


 「マリー、振られた」

 「でしょうね、ルイ」


 当たり前、そう、当たり前だ。

 何故か、令嬢の取り巻きをしていた幼馴染、義弟、親友の婚約者、護衛が、私が令嬢をいじめていた、なんて訳の分からない糾弾を始めたときだって、


 『何を言っているんだ、お前たち。マリーがそんな稚拙なことをするわけがないだろう』


 当たり前に、私を庇ってくれた。

 あの四人の狙いが、邪魔な私を糾弾することで令嬢からの株をあげ、ついでに『婚約者を御せていない』とあの男の株を下げることだったからだとしても、自分の不利益があったからだとしても、四人を責めることより、令嬢に言い訳するより、真っ先に私を擁護してくれた。

 やはり、一番は私だ。

 それでも、それが当たり前になっているからこそ。


 「振られたが、つい勢いで陛下もいる前で求婚してしまったから、その咎は受けるだろうな。どうなると思う?」

 「どうにもならないわ」


 断言して、あの男の胸倉を掴み、先ほどの令嬢のように、頬に口づけた。

 引き寄せた体が、自然に離れる。

 目を逸らさず決意を示す私を見つめる、ただ好奇心にあふれる金色の瞳。


 「あなたはあの令嬢と、意中の少年の仲を取り持った。発破をかけるために言いすぎたけれど、それでも向こう見ずな四人に、勝手な行動をするとどうなるか思い知らせるため。私は了承していて、陛下にも、私からそれとなく話してあるわ。多少咎められても、その程度。どうにもならないわ」


 ――あなたは、王になるの。私のために。


 しん、と、私たちだけ音が消えたように錯覚した。

 周りの雑踏も、鼓動の音も、私たちには届かない。

 止まった時の中でも、金色の男は、楽しげな微笑みを浮かべていて、内心が読めない。

 触れられない。

 けれどすぐに、男は私に身を寄せ、頬に口づけた。

 冷えた唇が頬に触れる。

 どくん。

 硬直が解ける。


 「理解のある婚約者で助かる。勿論、俺はお前との婚約を解消するつもりなど一切なかったし、お前に妻になって欲しいと思っている。これからもよろしく頼む」


 見上げた先には、すっかりいつも通りの男が笑っていた。

 自由が目前にあったのに、引き戻された、何にだってなれる、何でもできる男。

 私の我儘で、王位に縛られるだろう男。

 それが当たり前であるから、私は…。


 「……ねえ、どうしてそんなに、私に優しいの?」


 私たちの間にあるのは、恋や欲じゃない。

 愛情はあっても、それは友情に近い愛で、だから友情もない。

 幼馴染と言えるほどの交流もなかったし、そんな間柄でもない。

 家族になるには冷え切っていて、もっと断ち切れないものがある。

 友でも家族でもない、単なる知人と言うには近すぎる。

 『婚約者』という仕事上の関係では、収まりきらない。


 今でもあなたは、私を『婚約者』という義務感で慈しみ、愛玩動物として可愛がっているのかしら。


 問いに、男は笑みを消した。



 「お前を愛してるからだ。当たり前だろう?」




悪役令嬢の母親はすでに他界している。だから父親の話ばかりで母親の話が出て来ない

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