攻略対象たちに敵視されるモブキャラ
「私も田舎者でさー、大変なんだよねー」
へへっと照れ笑いをする、桜色の少女に、目が惹かれた。
「あー、こんな愚痴言えるの、あんただけだわぁ」
おっさん臭いため息にさえも、心臓が跳ねた。
「……私ね、この世界が、ゲームに思えるの。馬鹿なことだってわかってるんだけど、どうしても、ゲームにしか思えなくって…。でも、あんたは、…生身の人間って感じがする。ゲームのキャラじゃなくて、ちゃんと生きてる、人間なんだなって思う。――お願い、あんたは、そのままでいて」
弱った姿に胸が締め付けられるほど痛んだ。
「ふっふーん!これで、銀色宰相ゲーット!あとは金色王太子落とすだけね!どうどう?四人の良い男落としてるのよ?私、すごくない?」
――そして、他の男のことを自慢する姿に、激しく嫉妬した。
偶然隣の席になった少女、ジャンヌ・デュバリーは、桜の精と錯覚するほど美しく、可憐で、愛らしい少女だった。
それゆえに、入学当初はいじめも受けていた。
男爵令嬢という低い身分に釣り合わない華やかな美貌と、世間知らずな田舎臭さが、周りの令嬢の気に障ってしまったようだ。
俺だって彼女に負けず劣らず、いじめられても文句の言えない身分だ。子爵の息子とはいえ、弱小子爵で、しかも五男。家を継ぐことなんかまずなく、適当に騎士にでもなるしかない境遇だ。
でも、いじめられても、逃げずに立ち向かう彼女を見ていたら、見て見ぬフリは出来なくて、つい、手助けをしていた。
次第に彼女は俺を頼ってくれるようになり、「いくら私が美人だからって、いじめとか、ないわよねー。だからブスなのよ、あの女ども」なんて愚痴まで言ってくれるようになった。
桜のように儚げにも見えるその容姿と裏腹の黒い本性に、幻滅するどころか、ますます惹かれた。
もっと彼女のことが知りたい。
もっと彼女と親しくなりたい。
もっと彼女と近くなりたい。
もっと。
もっと…。
「これから私、男落とすわ。良い男を、五人ぐらい」
しかし彼女は、急に他の男に絡み始めた。
理由を問い詰めた。そんなことをしたら、ますますいじめられてしまうと止めた。男たちから報復を受けると脅した。
「やだ、心配性なんだからー。大丈夫よ、これはゲームなんだから」
でも彼女は止めてはくれなかった。
醜い嫉妬心も手伝って、さらに強く、強く脅した。
やめないと絶交する、とまで言った。
彼女は目を泳がせて、「ちょっとした遊びじゃない…」「好きとか付き合おうとかはっきりしたことは一言も言ってないし…」「それに、好感度を上げないとこの国は…」と口ごもり、
「大丈夫だから、……お願い」
震える手で縋られ、――それ以上は言えなかった。
表向き、彼女は男たちに尽くされて楽しそうにしていた。でも、必ず俺のところに来て、自慢や愚痴や、弱音を話した。
彼女に尽くす男たちは、そうして彼女に頼られている俺を敵視した。
「お前のような男は、ジャンヌにふさわしくないと、わからないのか?大人しく身を引け、これは命令だ」
透き通った美しい銀髪と、知的な灰色の瞳を持つ宰相の長男、ピエール・ジロンドは、色味を感じられないほど簡素に、はっきりと、命じた。
「ジャンヌもあなたに付きまとわれて、迷惑に思ってるでしょうね。相手の気持ちも考えず付きまとうなんて、みっともないですよ」
深海のような深い藍色の髪と、涼し気な青色の瞳の公爵の次男、ジョゼフ・トワネットは、凍るような冷たい言葉で、深々と刺した。
「……ジャンヌに、お前は、いらない」
光に透けて緑色に見える神秘的な髪と、新緑のような緑色の瞳の魔術師長の三男、コンコルド・サンソンは、森のように暗く恐ろしく、睨んだ。
「お前が俺に勝るところはあるか?お前は俺よりジャンヌを守れるのか?ジャンヌを不幸にしたくないのならば、去れ」
力強い炎のような赤髪と、燃える赤い瞳の騎士長四男、アクセル・ファンセンは言い逃れも出来ないほど苛烈に、俺の力不足を責めた。
四人に疎まれた俺は、入学当初の彼女に劣らないほど、劣悪な環境に立たされた。
女のいじめも恐ろしいが、嫉妬に狂った男だって十分怖い。
だが俺も男だ。
彼女にそんなことがばれないように耐えて、何もないように装った。
「ねえ聞いて!ついに、ルイオーギュスト・ヴェルサイユ殿下を落としたの!」
だが、彼女の言葉に顔が引きつった。
どうにも彼女は、俺の手に負えないほど、いい女らしい。
ついに王太子まで惚れさせたとか、もう勝ち目がないとかじゃない。俺の家がやばい。気に障っただけで、家ごと潰される。冗談じゃなく死ぬ。
全方向に優秀で、もはや生きてるのが退屈そうなほど何でも出来る、完璧王子。
さすがに、本人の地位的にも実力的にも、あの人に睨まれたらどうにもできない。
ああ、もう死んだな。実家の両親と兄弟に謝罪の遺書を書かないと…、なんて思っていたら。
ピタリ、とその日からいじめがなくなった。
不気味なほど急に、きれいさっぱり、なくなった。
そして、
「サンジェスト・ジャコバン、話があるんだが、いいか?」
黄金のごとき金髪と、燦然と輝く太陽のような金色の瞳の王太子が、思わず跪きたくなるほど神々しく、にこやかに、微笑んだ。
「というわけで、俺は彼女に惚れた。お前もだろう?マリー、俺の婚約者については心配いらない。もし彼女の心を手に入れられたら、身分剥奪されて、子供が出来ない呪いをかけられて、最悪命を狙われるが、それでも必ず幸せにする。俺は本気だ。だから、お前に宣戦布告する」
雲の上の、本来なら言葉すら交わせない尊い方が、俺を真っすぐ見据えている。
ああ、きっとこの人は本当に、本気なんだろう。
あの四人のように後先考えない我儘や一時の遊びじゃない。
彼女に選ばれれば、その有り余る才を使って、必ず彼女を幸せにしてくれるんだろう。
「……なんで、俺に、なんですか…?」
そんな人が、なんで、俺なんかに宣戦布告を…。
あんたたちみたいに色鮮やかでも煌びやかでもなくて、平凡で何のとりえもない俺に…。
怯えと困惑で、不敬にも問い返せば、殿下は安心させるように微笑んだ。
「お前が恋敵だからだ。俺以外で、お前なら彼女を幸せに出来ると思った。いや、お前になら、彼女を任せられると思ったから、恋敵と認めた。あの外野のうっとうしい子供たちは適当に追い払っておくから、正々堂々、戦おう」
確かに、俺以外のやつのものになるなら、それが殿下なら、許せる気になった。
彼女のためと言いながら、自分にとって邪魔な俺を陰湿にいじめるあいつらなんかより、ずっと良い男だ。
この人なら、彼女を幸せにしてくれるんだろう。
俺のことも、こうして守ってくれたぐらい懐の大きい人だ。地味で平凡な俺も馬鹿にせずに、恋敵として認めてくれる、真っすぐな人だ。非の打ちどころがない、格好良い男だ。
でも。
そんな男にだって俺は。
「……助けてくれたことは感謝します。俺なんかでも軽視しないぐらい、あんたがでっけえ男なのもわかりました。――でも、あいつは譲りません」
負けたくない。
いや。
あいつを渡したくない。
あいつは俺のもんだ。
「……良い目だ。だが、それは俺も同じだ。お前が彼女と親しく、信用されているとしても、諦めるつもりはない。彼女を幸せにするのは、俺だ」
「ハッ、あいつはそんな大人しいやつじゃないんで。俺らなんかいなくても、勝手に幸せになりますよ。あいつの幸せとかどうでもよくて、ただ、俺のもんにしたいだけです」
「よく知っている。強かで、抜けていて、美しい女だ。必要なくても、俺は彼女に幸せになって欲しくて、幸せにしたい」
ともすれば、彼女よりも煌いてお綺麗な男は、みっともなく敵視むき出しな俺にも、お上品に微笑んだ。
「それでは、一つ、約束をしようか」
「……なんですか?殴り合いで負けたら諦めろ、とかですか?」
「そんな無意味なことはしない。俺は彼女に幸せになってもらいたいんだ。勝手に選択を狭めたりせず、彼女の意思を尊重する。――もし彼女がお前を選んだら、俺は潔く彼女を諦めよう。その代わり、彼女を絶対に幸せにしろ。幸せにしなかったら許さない」
「……俺は振られても、諦めませんよ」
「振られただけなら諦めなくてもいい。ただ、彼女がお前以外を選んだことで幸せになっていたら、諦めてもらう。諦めなくても、俺がお前を諦めさせる」
結局諦めさせるんじゃないか、と反発しかけて、言葉の齟齬に気付いた。
「……あいつが俺を選んだら、あんたは諦めて、あいつが俺以外に幸せにさせられたら、俺を諦めさせる?あんた以外の相手でも?」
「ああ、彼女が万が一、あの四人や、他のやつを選んで幸せになったときも、俺はお前を諦めさせる。幸せになっていなければ、俺は諦めないしお前も諦めなくて良い」
……なんだそりゃ。
「つまり、『あいつを幸せにしろ』ってことか?」
「簡単に言うと、そうだな」
「……あんたはどうあがいても、あいつを幸せにするって目的を達成できる約束だな」
「文句があるなら、お前が彼女を幸せにすればいい。彼女が幸せになるのならば、俺はそれも支援する。彼女が幸せを望む限り、いかなる手段を用いても、幸せにする」
「そういうの、本末転倒って言うと思うんだけど、……あんた頭良いんじゃなかったっけ?」
「ああ、惚れた女の幸せをエゴで壊さない程度には。で、いいか?」
幸せにするのが他の男でもいいとか舐めてんのか、と思ったが、手を差し出してくる男の目は、上辺の美しい笑みとは裏腹に、ぎらぎらと冷たく、深く燃えていた。
なんだ。
賢すぎて拗らせてるだけで、考えすぎてるだけで、根本の想いは同じなのか。
色のない、真っ白な陶磁のような手を取った。
無機物のような見た目とは裏腹に、熱く、力強い手だった。
「わかった。約束しよう。ただ、あいつは俺を選ぶに決まってるけど」
「余裕だな。そう油断している隙に奪っていくから覚悟しておけ」
それからは、はらはらしたり不安になったり嫉妬したりして過ごしていた。
殿下にはあんなことを言ったが、彼女の自慢を聞いていると、どうしても怖いのだ。
殿下はなんでそこまでやってしまうんだ、わかっていたけど完璧超人すぎる、何か勝てるものは、何か弱点は…。
なんて見苦しく考えていたら、ふと気づいた。
殿下の婚約者って、どうなってるんだ?
殿下は「婚約者については心配いらない」とか言ってたけど、殿下がこれだけ彼女に構ってたら、いくら話がついていても変な噂を立てられるよな。
余計な心配と、あわよくば殿下を引き落とす材料になるのではと醜い画策をして、殿下の婚約者の様子を見に行った。
殿下の婚約者は、全てを呑み込む闇のような黒髪と、艶やかな黒い瞳の公爵令嬢、マリアンヌ・トワネットだ。
彼女に言い寄って殿下にあしらわれた、公爵次男の姉だ。
この方は王太子の殿下の婚約者なので、次期王妃と目されており、殿下と並び立つぐらいの、つまりはかなりの完璧超人だと聞いている。
そんなお方に俺風情が会えるわけがないので、重要な敵情視察とはいえ、遠くから観察して噂話を収集するぐらいのつもりだったが、……なんとそこに殿下がいた。
「マリー、この前の菓子の礼だ。お前の親友とでも食べてくれ」
「あら、気を使わなくてよかったのに。あれ、あの子と遊びに行ったお土産よ?それにあなた、あの場でもう礼を言ってたじゃない」
「……実は礼と言うのは口実だ。昨日食べて美味かったから、お前にも食べさせたくなった。本当に美味いから、ぜひお前の親友と一緒に食べてくれ」
「ふふっ、そういうことね。それなら喜んでいただくわ。ありがとう、ルイ」
「ああ。それじゃあ、お前なら問題ないと思うが、一応気を付けて」
「わかってるわ」
殿下は何でもないように、婚約者の手にキスをして、去って行った。
「……」
おい。
おいおいおい!
お前、婚約者と二股かけてるんじゃないか!
あの野郎…絶対あいつは渡さねえ…、と殿下が去って行ったほうを睨んでいると、「そこの方」と声をかけられた。
驚いて顔を上げると、侍女が俺の前に立っていた。
「お嬢様が、話があるとおっしゃられています。どうぞこちらへ」
侍女が示す先には、あの婚約者が微笑んでいた。
……隠れていたつもりだけど、見つかっていたようだ。それも殿下と婚約者の会話から考えると、二人ともに。
侍女に誘導されるまま婚約者のほうに行くと、婚約者は不快にならない程度に俺を見て、「あなたがあの男の恋敵?」と聞いて来た。
さっきは内容と殿下に気を取られていたが、婚約者はビロードのような、心地よく綺麗な声をしていた。
彼女とはまた違う雰囲気の美貌に、なんだか感服してしまった。
「……ああ、楽にしていいわよ。あなたもあの男の被害者なんでしょう?ごめんなさいね、はた迷惑な男で」
答えられずにいると、婚約者は疲れたようにそう言って手を振った。
……先ほどは仲の良い恋人のように見えたが、なんだか、一国の王太子に随分な言い様だ。
「いえ、殿下には、その、嫌がらせから守っていただいたり…」
「ああ、そのぐらいやらせときなさい。人から恨みを買って、それを上手いこと料理するのが好きな、悪趣味な男だから」
「は、はあ…」
「それより、あいつが横恋慕して、迷惑かけるだけかけて身を引くとか、本当に迷惑でしかないことすると思うから、先に謝っておくわ。うちの婚約者が、ごめんなさいね」
「あ、え、いえ!」
とっさに返事して、婚約者に怪訝な目を向けてしまった。
身を引く?
あの時の殿下は本気だったと思うが、身を引くのか?
俺の疑いの視線に、婚約者は深くため息を吐いた。
「聞いたでしょう?あの馬鹿、身分とか捨てるつもりだから、遠慮なく周りに迷惑かけるわよ。あの娘、ジャンヌ・デュバリーだったかしら、あの娘も注目されるから、あなたも巻き込まれると思うわ。どうせ上手くまとめるでしょうけど、……あの男のことだからどんな風に『まとめて』くるかわからないわ。本当に、ごめんなさい」
「いえ、それも怖くなってきましたが、……殿下が身を引くって…?」
婚約者は「あら、そんなこと?」と眉を上げた。
「あの男は無駄に頭が良いから、あの娘とあなたがお似合いってことも分かってるでしょうよ。あなたと一緒になるのが一番幸せだろうってこともね。要するに馬鹿なのよ。好きって気持ちより、相手を幸せにしたいって気持ちのほうが強いから、多分そうなればあっさり身を引くわよ」
「確かに、そんなことは言ってましたが…」
「言い方は悪いけれど、まあその程度なのよね。好きなのも惚れたのも本当でしょうが、相手の幸せのためなら身を引ける程度なのよ。――あなたと違ってね」
ふふっと、婚約者は薄笑いで俺を見た。
言い返せず、口をつぐむ。
その俺に、婚約者はますます上機嫌になる。
「まあ運が悪かったと思って、惚れた女が良い女すぎたと思って、諦めて頂戴。面倒でしょうけど、きちんと収集を付けるぐらいはする男だから」
「……婚約者としては、いいんですか?」
ここに来て、忘れかけていた本題を問うた。
俺は、彼女が他の男と仲良くしているのが気に食わない。いつも嫉妬してしまう。そして不安になる。
婚約者は、殿下に愛情がないというわけではないようだ。
なら、殿下が彼女に惚れているのは、……喜ばしくないんじゃないのか?
そう思ったが、しかし婚約者は楽しそうに笑った。
「いいのよ。あの人の一番は、いつも私なんだもの」
余裕と自信が漂う、悪女のような、美しい笑みだった。
そして数ヶ月後、俺は満開の桜を手に入れた。
抱き合う俺たちの向こう側で、「マリー、振られた」「でしょうね、ルイ」と話す二人は、暗い夜空に支えられて輝く月のようで、とてもお似合いに見えた。
作中で一番のロマンチストがモブ男という事実