好感度を求めるヒロイン
「やあ、ジャンヌ。今日も輝かしいほど美しいな」
爽やかに声をかけてくる金髪の美形。
柔らかく通り過ぎる風が、その金の髪をさらさらと揺らす。
彼はきらきらとした瞳に、確かに私への好意を乗せて微笑む。
――っくうーーー!!やっぱり乙女ゲームのヒロイン最高!!
よくある話だが、私はなんやかんやあって乙女ゲームのヒロインに転生した。
もうね、最高!
ちょっと面倒なこともあるけど、ゲームの通りに、なんかいい感じの綺麗事言ってたらイケメンは落ちるし、私は超美少女になってたし、まさに強くてニューゲーム!
とりあえず、イメージカラーが銀色の宰相長男、イメージカラー青色の悪役令嬢の義弟、イメージカラー緑色の魔術師長三男、イメージカラー赤色の騎士長四男は落とした。
あとは高難易度の、イメージカラー金色の王太子だけ、と思って出会いイベント起こしたら、なんと翌日には「おはよう、おてんばなお嬢さん」と笑顔で話しかけて来た。
ゲームでは親しく話すようになるまでにはもっといろいろステップが必要だったはずだけど、……きっと私が可愛いからね!うん!私、可愛いから!
とにかく、金色王太子は私にメロメロで、婚約者である悪役令嬢のことも無視してるみたい。一度、悪役令嬢が私に注意に来たけど、怖がってるフリしてたら、金色王太子が悪役令嬢を宥めてくれて、それからは悪役令嬢が絡んでくることはなかった。ゲームとは違う展開だったけど、金色王太子は「ああ、彼女とはちゃんと話し合ったから大丈夫だ」と微笑んでくれた。ゲームよりも私に惚れちゃってる金色王太子が悪役令嬢にきつく注意してくれたのね。ふふん、悪役令嬢には悪いけど、良い男に守られるって、いい気分。
代わりに隣の席の男が五月蠅いけど、あんたみたいな地味モブキャラが首突っ込んでくるんじゃないわよ。私は今、逆ハーレムでウハウハなんだから。
ウハウハなんだから。
つい一番高難易度な金色王太子といたら、銀色宰相、青色義弟、緑色魔術師、赤色騎士が金色王太子を妬んだみたいだけど、金色王太子はそんな妬みもさらっと躱してるみたい。さすが公式推奨キャラ、格好いい!男たちに取り合われる私も素敵!
今はこんな逆ハー状態だけど、このゲームに逆ハーエンドはない。
だからエンディングでは誰か一人を選ばないといけないんだけど、これはもう、金色王太子に決めちゃってもいいかな。
彼が一番、私にちやほやしてくれるんだもん!
それに、恋人にするなら良い男がいいでしょ?
悪役令嬢の幼馴染で、悪役令嬢と金色王太子にコンプレックス拗らせまくってる銀色宰相とか、プライド高くて扱いが面倒くさいし。
悪役令嬢の義弟で、悪役令嬢の実兄に嫉妬していて暗い過去がある青色義弟も、よくあるシリアステンプレで飽き飽きするし。
コミュ障で根暗で引きこもり気質の緑色魔術師なんて、話つまんないし楽しませてくれないし、顔以外でいいとこないし。
脳筋で騒がしくて無駄にポジティブでうざい赤色騎士は論外ってぐらいタイプじゃないし、ぶっちゃけ落としただけでいらないし。
もう、金色王太子以外、なくない?
金色王太子も、ゲームではハイスペックすぎていつも退屈してる系の、中二拗らせてるキャラだったけど、なんか今は普通の爽やか好青年なんだよね。これが愛の力ってやつなのかな、なーんて!
あいつらは落としたけど落としただけで、交際とか婚約とか一切してないから、鈍感であいつらの気持ちに気付いてないフリして、上手く金色王太子にルート分岐しようっと。
襲われそうなら、金色王太子に守ってもらえばいいしね!
あーーー!ほんっっと、乙女ゲームのヒロイン最高ーーー!!
なんて思ってた時期が私にもありました。
「今までの悪行の証拠はあがっているんだぞ、マリアンヌ・トワネット!」
「ジャンヌさんに謝罪するなら、減刑してあげてもいいんですよ、姉さま?」
「……ジャンヌに謝らないと、呪う」
「最低だぞマリアンヌ嬢!みそこなった!」
王家主催のパーティーでの、悪役令嬢糾弾。エンディング前の最後のイベントだ。
イメージカラー黒色の悪役令嬢は、ぽつんと孤立して、睨みつけてくる。ゲーム通り、順調ね。
後は泣きながら金色王太子に縋りつけば、ハッピーエンドに…。
「何を言っているんだ、お前たち。マリーがそんな稚拙なことをするわけがないだろう」
と、思ったのに、金色王太子は私に見抜きもせず、つかつかと歩いて行く。
あ、あれ?
私は金色王太子を攻略して、あんなに惚れさせたのに?
これからエンディングでしょ?
なんで?
「ピエール・ジロンド、お前の父は宰相だったな。ならば、俺は陛下に、お前に宰相職を与えるのは止めろと進言しなければならない。悪行の証拠だと?主観に基づいた偏見は証拠ではなく、誹謗中傷というんだ。そんなものを真に受けるとは、情けない。そんなことで、どうして宰相など出来るものか」
「ジョゼフ・トワネット、一介の公爵子息風情が、どうして減刑を決められる。それは裁判を取り仕切っている王家への反逆ととっていいのか?それと、確かにお前はトワネット公爵の養子になったが、あくまで養子にすぎないことを忘れるなよ。養子でありながら実子のマリーにそのような口を利くとは、少し調子に乗り過ぎじゃないか?――弁えろ」
「コンコルド・サンソン、魔術師長の息子であり確かな実力があるお前の呪いは、十分な効果を持つものだろうな。つまり、お前の言葉は脅しであり、脅迫だ。謝罪しなければ呪うなど、自白の強要に他ならない。公衆の面前で、いや、この俺の前で堂々と不正を行うとは、中々に度胸があるじゃあないか。勿論、その後のことも、覚悟しての行いだろうな?」
「アクセル・ファンセン、俺の記憶が確かなら、お前はマリーの護衛のはずだが、マリーを罵ることが彼女を守ることになると?このような暴漢から守ることが、護衛の仕事では?そもそも、護衛のくせに、何故守るべき貴人の傍にいない。それでどうやって守るつもりだ。マリーの身に何かあったらどうするつもりだったんだ。お前の身一つで責任をとれる話ではないぞ」
なんで金色王太子が悪役令嬢庇って、攻略対象に断罪してるの?
わけわかんない。
どうなってるの?
「ひ、誹謗中傷ですと!? 殿下!私は幼いころからあの女の本性は知っているのです!殿下は騙されているのです!」
銀色宰相が怒って噛ませ犬みたいな台詞言ってる。
金色王太子は少しも動じず、「ならばその証拠を述べろ」と言った。
銀色宰相は持っていた『悪行の証拠』をめくる。
「つい一月前!マリアンヌはジャンヌ、ジャンヌ・デュバリーの教科書を破損させました!」
「マリーがやったという証拠は?」
「あ、ありませんが、状況的に…!」
「どのような状況なのか、明確に述べろ。ここ数カ月、マリーは次期王妃としての公務で忙しい。『状況的に』そんなことをしている暇はなかったと思うがな」
「うっ…」
「それでは長月の初旬!ジャンヌがなくしたアクセサリーと、全く同じものをマリアンヌがつけていました!目撃者もいます!」
「面白い話だな、ぜひ目撃者を教えてもらいたい。マリーは件の公務で、俺と共に、長月の間は隣国に行っていたんだが、一体誰が見たんだ?」
「そ、それは……長月ではなく、長月の前だったかもしれません」
「随分とあやふやな証拠だな。そもそもアクセサリーとやらも、流行のものならば全く同じものをつけていてもおかしくはないだろう。マリーもよく、上機嫌で親友とお揃いのアクセサリーを着けているぞ」
「うぐぐ…!」
「ならば、葉月の時分!マリアンヌはジャンヌに何度も魔法で暴行しました!ジャンヌがしくしく泣いていました!」
「ああ、俺も聞いたな。葉月に魔法の実践授業があって、二人はペアになったため、魔法で試合をしたと。良い勝負だったそうだぞ」
「むっ…!」
「水無月の下旬!マリアンヌの取り巻きがジャンヌに暴言を吐き、集団でいじめていたそうです!取り巻きたちはマリアンヌの命令でしたことだと証言しています!」
「その後、調べによりトワネット公爵の政敵がしたことだと発覚して、その実行犯と政敵の家は咎めを受けていたな。実行犯たちは、実家に命じられてマリーの命令だと証言した、と自白している」
「……」
「で、では皐月の中旬!マリアンヌはジャンヌに言いがかりをつけ、ひどく怯えさせています!これには目撃者が多数います!」
「俺もそこにいたから仔細はわかる。マリーがジャンヌ・デュバリーを案じて注意して、俺に釘を刺して行った時のことだな。マリーは、俺はジャンヌ・デュバリーの思っているような男ではないから騙されないように、と注意し、俺に調子に乗りすぎるなと窘めていた。俺の人柄について何か誤解があるようだから、マリーとはしっかり話し合い、なんとか理解を得た。マリーはジャンヌ・デュバリーには親切しかしていないように思うが、これが悪行なのか?」
「た、確かにあなたの人格は…注意したくもなりますが…」
「どういう意味だ。……マリーの行動は、婚約者を諫め、居合わせた女性に親切に注意しただけだ。問題となる行動ではない」
「……はい」
「つまり、お前の早合点の勘違いだ。後で謝罪しておけ」
「……はい」
負けてる?
銀色宰相負けちゃったの!?
確かに悪役令嬢は断罪されるようなことしてこなかったけど、……まさか、だからエンディングが変わったの!?
もしかして悪役令嬢も転生者!?
うそ、じゃあ私はどうしたら…。
このままじゃ…。
「一応本人たちにも確認するが、ジャンヌ・デュバリー、お前はマリアンヌ・トワネットにいじめを受けていたのか?」
「い、いいえ」
なんて考え事してて、つい正直に答えちゃったけど、これ、嘘吐くよりいいよね?嘘吐いたら断罪されるの、私だよね?
「ではマリアンヌ・トワネット、お前はジャンヌ・デュバリーをいじめていたか?」
「いいえ。そのようなつまらないこと、しておりませんわ、殿下」
「ならばこの件はそこの四人の勘違いだな。四人には追って処分が下るだろう、心しておけ」
とか考えたら断罪イベント終わっちゃったよ!
ここで婚約破棄してくれないと、ハッピーエンドにならないんだけど、……どこかでフラグ立て損ねたかなあ。頑張ったけど、結局、お友達で終わるノーマルエンドかあ。金色王太子、絶対私に惚れてると思ったのに。
それならこの先、この国は…。
「それとは関係なく、ジャンヌ、話がある」
「え…?」
顔を上げると、金色王太子が私の前に跪いていた。
え?……え?
私、ノーマルエンドだったんじゃないの?これ、ハッピーエンドの時の、プロポーズの展開…?
「俺はジャンヌのことが好きだ」
え、き、キター、なの、かな?
展開急すぎでついていけないんだけど。
ああ、でも、好きって言われてるしハッピーエンドのルートに入ってるみたいだし、いいのかな?
金色王太子の言葉に、『私もお慕いしております』って言って抱き着けば、全部めでたしめでたしで終わる?
『はい』って頷けばゲームクリアで…。
それならもうそれで…。
「マリーとの婚約を解消しないままにこんなことを言う、不誠実を詫びさせて欲しい。すまない。だが俺は一目見た時から、ジャンヌのことが好きだ。君のことを慕う男が俺以外にもいることはわかっているが、どうか、俺を選んで欲しい。――俺はおそらく平民に落とされるか国外に逃亡しなければならないことになるだろうが、ジャンヌを幸せにするから、どうか、手を取ってくれないか?」
「……はい?」
待って?
今、こいつなんて言った?
「へ、平民?でも、ルイ様は王太子では…?」
「王命である婚約を勝手に破棄しようとしているんだから、身分剥奪は当然あるだろう。俺がいなくなっても、優秀な弟たちがいるから、なおさら。身分を剥奪されて、もしかしたらこの国では暮らせなくなって、あと確実に俺の子供は望めなくなって、ちょっと命を狙われる危険があるだけだ。平民でも他国でも、ジャンヌを問題なく食べさせる自信はあるし、子供なんて養子をとればいいし、刺客ぐらい返り討ちにすればいい。ああ、ジャンヌは贅沢がしたいんだったな。じゃあ他国で荒稼ぎしてそこそこの地位を手に入れようか。どうしても血のつながった自分の子が欲しいなら、俺以外の男から種をもらえばいい。それでどうだ?」
「……」
そういえば、金色王太子は、ハイスペックすぎて中二拗らせてたんだっけ。
瞼の裏にちらつく、茶色と、国の行く先と、金色。
はあ…。
もう、いいや。
「どうかな、じゃありません!嫌に決まってます!」
「嫌なのか?どこが?ジャンヌは良い身分の良い男を捕まえて贅沢な暮らしをしたいだけで、王妃とかなりたいと思ってないし、むしろなりたくもないだろう?」
「そうですけど!ってかそんな女だってわかってて惚れてたの!?馬鹿でしょあなた!」
「好きになってしまったものは仕方ない」
「重いです!ていうか、だからそうじゃなくて…!」
実現できそうにない机上の空論だとか、そこまで考えてるのが気持ち悪いとか、私の考え見透かしてるのが怖いとか、それもあるけどそうじゃなくて、こう…。
「……こ、交際もしてないのに急に結婚申し込まれても困るし、その…ルイ様は恋人にはいい人だと思うけど、結婚は、価値観の合う人とが…」
「お、振られたか?」
「……ごめんなさい!ちょっとした学生時代の遊びのつもりだったんです!国外逃亡とか、そんな大事になるとは思ってなかったんです!ちゃんと身の程は弁えてますから!私この国好きだし、ルイ様もすごい人だって尊敬してるので、いい感じにこの国治めてください期待してます!」
「他国で金と地位を手に入れてから迎えに来ても、駄目か?」
「駄目です!優秀なんですから、ちゃんとこの国で王様やってください!」
「こうやって陛下もいるところで君に告白した時点で、俺の廃嫡は決まってると思うんだが。なら、他国に行ってもいいだろう?君を連れて行っても、いいだろう?」
「だ、だとしても、あの…私…」
視線をさ迷わせると、あの地味な茶髪が目についた。
ああもう、地味なくせに一々視界に入ってこないでよ…!
「――夫になって欲しい人が、他に、いるので…」
「……やはり、そうか。そうだろうな」
金色王太子は最後に目を細めて私を見つめ、それきり、あの茶髪に視線を移した。
「サンジェスト・ジャコバン、約束通り、彼女のことは諦める。お前も約束通り、幸せにするように」
「……はい。わかっています、殿下」
地味な茶髪はのそのそと、だるそうに出てくる。何よ、私のことなんて面倒っていうの?あんた、モブキャラのくせに生意気よ。私はね、ヒロインなのよ。全攻略対象からの好感度最大にして、金色王太子にだって求婚されて、全部を袖にした女なんだから!
「もっと焦ると面白かったんだが、随分と余裕そうだな。ジャンヌ、やはり俺にしないか?」
「しませんよ。こいつ、俺のですから」
「お、俺のって何よ!」
地味茶髪の聞き捨てならない言葉にツッコんだけど、「はいはい」って流されて全然取り合ってくれない。ていうか顔が熱い。地味モブのくせに。脇役のくせに…!
前に立たれて、心臓が五月蠅い。
期待と、ちょっぴりの不安と、恥ずかしさで、唇が戦慄く。
「自国の王太子まで当て馬にしたんだから、びしっと決めろ。でないと、奪うぞ」
「させませんから。……俺だって殿下みたいな完璧な人が相手だと、怖かったんですよ」
金色王太子がぽんっとあいつの背中を叩き、あいつは私の前に跪いた。
「子爵の五男ですが、華やかさもなく地味で平凡なつまらない男ですが、あなたのことを愛しています。どうか、俺と結婚してくれませんか?」
私を見上げるのは、地味なモブ顔の男。
落としてきた五人とは比べられないほど、普通の男。
金色王太子の格好いい姿とは違って、慣れない体勢だからぐらぐら揺れてるし、差し出された手もぷるぷる震えてるし、手汗も見えるし、顔だって赤いし。
もう。
あんたに決めてあげるわよ!
「言うのが遅すぎるのよ馬鹿ぁ!」
「うおっ!?」
『私もお慕いしております』とか『はい』とかってお上品な言葉じゃなかったけど、私はあいつの胸に飛び込んだ。
逆ハーで良い男たちにちやほやされるのも最高だったけど、……誰かのものになるなら、こいつがいい。
「大好き」
頬に口付けて、やっと自分のものになった男に向けて、満開の笑みを咲かせた。
悪役令嬢がいじめていたわけではない。ではヒロインに嫌がらせをしていたのは誰?四人に悪役令嬢が悪いと思わせたのは誰?