むかしむかし、で始まる話
むかしむかし、お母さんがお父さんと結婚する前、まだ娘だったころのお話よ。
この国で、お伽話みたいなことが起こったことがあるの。
出てくるのは妖精みたいに美しい女の子と、絵本みたいに完璧な王子様と、平凡な男の子。
それに王子様の婚約者の女性と、美しい女の子のことが好きだった四人の男の子。
四人の男の子は、皆それぞれに欠点はあったけれど、それはもう素敵な男の子だったわ。憧れる子も多かったし、そうね、お母さんも憧れてたわ。
でも、男の子たちはお馬鹿さんだったのね。
男の子たちは美しい女の子が好きなあまり、女の子と仲が良い平凡な男の子に意地悪をしたり、女の子に冷たい婚約者の女性に悪口を言ったりしたの。
そんなことしてて、女の子が振り向くわけないのにね。お馬鹿さんたちよね、本当。
女の子は当然だけど、四人の男の子たちに応えることはなかったわ。
女の子は、本当は平凡な男の子のことが好きだったの。
でも平凡な男の子は、女の子に想いを寄せる四人の男の子たちに気後れしてたのかしら、女の子に中々想いを伝えられなくって。
とうとう四人の男の子たちは、みんなの前で、婚約者の女性は悪いやつですって、告げ口しちゃったの。
自分の婚約者にそんなこと言われた王子様は、もうカンカンよ。
婚約者の女性に悪口を言った四人の男の子たちに罰を与えて、さらに王子様は美しい女の子とも仲が良かったから、美しい女の子を取り合って争うならって、王子様自身が美しい女の子に求婚して。
もう、訳が分からないわよね。
その後、どうなったと思う?
美しい女の子は、完璧な王子様からの求婚を断ったのよ!
王子様は完璧で、格好良くて強くて優しくて、でも、好きな人がいるからって。
美しい女の子は、完璧な王子様より、四人の素敵な男の子たちより、平凡な男の子のほうが好きだったから。
そこでやっと平凡な男の子は勇気を出して、美しい女の子に好きですって、結婚してくださいって言ったのよ。
美しい女の子と平凡な男の子は結ばれて、めでたしめでたし。
まるでお伽話みたいでしょう?
本当にお伽話なら、ここでおしまい。
でも、これはお母さんが娘のときに実際にあった話だから、この後も続きがあるのよ。
まず、その後の美しい女の子と平凡な男の子は結婚して、普通に慎ましやかに、幸せな家庭を作ってるわ。確か今、娘も一人生まれたんじゃなかったかしら。お母さん似の、可愛い女の子だそうよ。
完璧な王子様とその婚約者の女性も結婚して、つい昨年、王子様は王様になられたわ。異例の早さの戴冠だけれど、あの王子様なら問題ないでしょうね。
四人の男の子たちだけれど、一人は学校を辞めさせられて家を追い出されて、その後、行方知れずらしいわ。風の噂では死んだって言われてるけれど、どうかしらね。剣の腕が立つ人だったらしいから、案外市井で活躍してるかもしれないわ。
一人は、学校を卒業した後は一切援助しないって言われて、……本当にどうしてそうなったのかわからないのだけれど、その後、今までが嘘みたいに活躍して成果を出して、完璧な王子様の側近になったわ。本当に、何がどうなってそうなったのかしら…。
一人は、家督を継ぐことになったお兄さんの補佐として活躍してるわ。しかも、あの平凡な男の子と仲直りして、今ではとっても仲が良いお友達になってるんですって。その子が一番、その平凡な男の子に意地悪してたらしいのに、わからないものよねえ。
それから最後の一人は、国内を総ざらいして不満を持つ人を集めて、国と交渉して新たに街を作ろうとしたの。国の対応が不満だから、国とは違うことをする自治区が欲しいって。
とんでもないことよね。当時の王様は当然、大反対。その人を反逆者として逮捕するとまで言い出したわ。
でも、それでも諦めなくてね。
周りの反対も押し切って家督を継いで、それなら自分の領地で勝手に領経営する、各領の内政にまで干渉するなって、喧嘩売って来て。
その人の実家は大きい家だったから王様も強引に潰せなくて、困ってたところであの完璧な王子様が出て来たの。
王子様は、それなら不満な対応を文章にして出せ、ついでに他の国民にも不満点やこれからも続けて欲しい点を聞こう、その聞き取り調査の結果で、今後の対応も考えるって言い出して。
色んな不満も出て来たわ。最後の一人が最初に提示していた以上の不満も出て来たわ。
それで王子様は、あの人に、お前はそれについてどう思う?どうしたい?って聞いて。
あの人は、自治区を作るのは止めるから、代わりに国として十分な対応をして欲しいって言ったわ。
あの人が思う以上に国民は色々な不満を抱えていて、あの人が自治区として管理できる以上の人が不満を持っていて、国ぐるみじゃないとどうしても解決できない問題があったから。
国はあの人の要求を呑んだわ。
志半ばで折れてしまったあの人だけど、国民から不満はなかったわ。相手の王子様は国民からの人気が高かったし、結果的に不満は解消されたし、国と喧嘩したくない人も多かったから。
他の高貴な家の人たちからの評判も、一部の人からは嫌われたけど、大多数からはむしろ評判がよくなったわ。何せ、相手があの王子様だもの。あの王子様相手に譲歩させただけでも上出来だって。
でもね、あの人はそれで満足してないの。
国内が荒れた間、諸外国とにらみ合って攻め込まないように牽制してたのは王子様の婚約者の女性。
争いになりそうだったのを回避して、あの人よりも国民のためになることをしたのはあの王子様。
さらに、強引に家督を継いだことに対する反感も有耶無耶にしてもらっちゃって。
まだまだだって、性懲りもなく、まーた騒動を起こしそうでね。
だから、私があの人のところに行きますって、出て来たの。
あの、お伽話みたいな出来事のあった頃は考えなしの馬鹿だったけど、他の人のことが考えられるようになった分、ちょっとはマシになったみたいだからね。
あなたの目標は王子様に追いつくこと、王子様に認めてもらうことで、王子様を倒すこと、王子様の敵になることじゃないでしょうって叱ったら、昔みたいに不満そうにぶつぶつ文句言っちゃって。
その上、王家からの監視か?なんて聞くもんだから、もう、殴ってやったわよ。
王様の許しを得る前に、あなたが暴走しないように止めに来てやったのよ、少しはマシになったと思ったのにまだまだね、って。
あの人の親も、弟も私の味方をしてくれたわ。
最後に、結婚適齢期も過ぎそうなのに、まだ迎えに来てくれないから来てやったのよ、これ以上待たせるつもりなら別の男を探すわよって脅したら、もごもご何か言ってたけど、王様に結婚させてくださいって許してもらいに行ったわ。
懲りない人だから、まーた王様や私の親と喧嘩になりそうになって、王子様やその婚約者の女性に宥められて、なんとか結婚の許可を貰って来たわ。
直系じゃないとはいえ王家の姫を娶るのに、忙しいだの余裕がないだの、文句ばかり言うから、つい喧嘩になった時もあったわね。そんなに不満なら帰りますって。
そうしたら、ふふっ、あの人ったら、また王家と喧嘩するのは御免だから帰るなって、もう一回姫を下賜されるほどのことをしないといけなくなるだろって、ふふふっ。
昔から、そういう人なのよ。
あの王子様や婚約者の女性ばっかり見て、私や他の人のことなんか置き去りで見向きもしないで、負けず嫌いで単純で諦めが悪くって。
女性の扱いもなってなくてねえ、あの王子様は婚約者にこまめに贈り物をしたり褒めたりするのに、あの人はそんなの全然なくて。
私がたまには贈り物でも頂戴って言ったら、数日後に途方に暮れた様子で、私に何を贈ったら喜ぶか、なんて、私に直接聞いて来たのよ。
もう、仕方のない人でしょう?
女心を全然わかってないし、気も利かないし、自分のことばかりでちっとも構ってくれないし、デリカシーもないし。
私が、あの人が落ち目になったら離れて、出世したら言い寄った調子のいい女、なんて嫌な噂を囁かれた時も、あの人は私が悩んでるのも気付かなくて、あの人の弟が私の気持ちに気付けって怒ってくれたんだけれど、あの人はそれでもきょとーんとしてね。
なんというか、その噂の内容に実感がまるでなかったんですって。婚約解消はしたけれど元々婚約者だったし、それまで普通に一緒にいたから、私と結婚するのが当然みたいに思ってたところがあったって。
あの美しい女の子に恋してた時も、それはそれでこれはこれって、まるで私に悪びれもしてなかったもの。
私があの人のところに押しかけた時も、王家からのスパイかって警戒はしてたけれど、特に私を拒絶することはなかったし。
あの人にとって、結婚相手っていえば私のことで、たとえ私と婚約解消してもその認識のままだったんでしょうね。
ふふっ、馬鹿よね。迎えに来る気も、私を待たせてるつもりもなかったくせに。
私も馬鹿よ。そうだろうと思ってて、いつか絶対出世するからその時にお嫁に行こうって、当たり前に押しかける気でいたんだもの。迎えになんか来ないし私のことなんか忘れてるから、私から押しかけようって。
本当に、駄目な人でしょう?
でもね、そんな甲斐性なしのあの人が良いのよ。
完璧な王子様より平凡な男の子を選んだ美しい女の子みたいに、私もマメで優しくて完璧な王子様より、女心の分からない一生懸命なあの人が良いの。
私たちのことなんか見ないで、必死に目標に向かって進み続けるあの人が、つい応援したくなるほど真っすぐで諦めないあの人が、良いの。
ふふっ、ごめんなさいね。お母さん、つい惚気ちゃったわ。嬉しくて、気分が良くなってるせいかしらね。
――あら、あの人が帰って来たみたいだわ。
さ、行きましょう。お出迎えと、報告をしなきゃ。
ふふふっ、楽しみね。
あなたはお父さんになるのよって言ったら、どんな顔をするのかしら。
事件の傍観者からの視点。国民や、直接知らない貴族たちは、あの事件についてこんな印象を持っている




