ヒロインに一目惚れする攻略対象
いつもと同じ人間、いつもと同じ場所、いつもと同じ行動、いつもと同じ日常。
飽き飽きするような毎日を過ごしていた俺の前に落ちて来たのは、一人の少女だった。
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
光を放つような美しいピンクブロンドの髪、シミ一つない白い肌、ハープの音のような透き通った声、そして桜のような淡い桃色の瞳。
風に吹かれ、その瞳を写し取ったかのような桜吹雪が舞い散る。先ほどまでと同じだったはずの見慣れた景色が、色鮮やかに輝き始める。心臓が脈打つ。目が離せない。
砂糖菓子で出来たようなその少女に、俺は一目で恋に落ちた。
「というわけで、別れてくれ」
「ちょっと待ちなさい」
高級感を漂わせつつも品のある落ち着いた装飾品、手際よく紅茶を入れるメイド、焼き菓子の甘い匂いが漂う室内。
ここは俺の婚約者である、マリアンヌ・トワネットことマリーの屋敷の一室だ。
正面に座って優雅に茶を飲むのは、その婚約者殿だが、俺の提案に軽く頭を押さえている。
「あなたは昨日、入学式で生徒会長挨拶をした後、庭園付近を歩いていたら近くの桜の木から女性が落ちて来て、とっさに受け止めた。そしてその女性に恋をした。そうよね?」
「ああ、そうだ。俺は彼女を好きになってしまった。だが婚約者のいる身で求婚するのは、お前にも彼女にも失礼だ。だからこうして婚約を解消するために…」
「黙って頂戴。
……それで、その女性と結ばれるために、臣籍に降下、あるいは身分を捨てて平民になろうと思い、書類を用意して諸々計画を立てて、婚約者である私に謝罪に来たのね?」
「第一王子で王太子である俺の婚約者として、幼いころから王妃教育を受けさせられていたことはよく知っているからな。
マリー、俺の我儘で今までの年月を無駄にさせてしまってすまない。俺の弟も婚約者がいるから、王妃とするために弟の婚約者にすることも出来ないんだ。本当にすまない」
「ええ、強硬派の我が家も、穏健派がバックについている第二王子が王位につけば、十分その影響を受けるでしょうね。ルイが私と結婚して王位についたら、開戦する予定だったみたいだもの」
「それに関しても悪いとは思っているが、あいつ、中立派の第三のやつを上手いこと担ぎ上げて第二のやつを蹴落として王位を取らせればいいだろう。なんならお前があいつと結婚すればいい。あいつと婚約者は、俺の不在時に代理になれるように教育された第二たちとは違い、王となれるような教育を受けていないからな。第三の婚約を解消させてお前が婚約してあいつを操れば、俺より良い傀儡になるだろう」
「それに関しては、神輿は軽いほうが担ぎやすいと言うし、あなたよりも操りやすいのは確かだものね。ちょっと面倒だけれど、出来ないわけじゃないっていうのはわかったわ」
「利用されてはやるが、黙って操られるのは性に合わないんでな。お前もそうなんだから、いいだろう?」
「そうね、所詮私もただの駒だもの。面倒事押し付けられたって思いはあるけれど、特に恨んだりはしないわ。でも…」
「まだ何かあるか?」
「あるわ。あなたが誰と恋に落ちても、側室として迎えればいいだけじゃないの。私と婚約解消して、王族を退く必要はある?」
「あるに決まっている。
いいか、まず彼女はただの男爵令嬢だ。派閥にも所属していないぐらいの弱小貴族だ。彼女自身も、特に優れた功績があるわけでもない。その彼女を側室として迎えるのは非常に厳しい。先に穏健派と中立派からそれぞれ娶って、お前との間に王子でも作ってからやっとだろう。愛人として囲うぐらいなら出来ないでもないが、やはり次世代の争いの火種になってしまうし、弱点として晒すのは避けたい」
「あら、木から落ちてくるぐらいだから、よほどの人物かと思ってたわ」
「気晴らしで木に登っただけの、いたって普通の令嬢だ。なんだかんだあるようだが、特に目立った功績を成していないから、普通の令嬢だ」
「……そう」
「ああ。だから側室にするのが難しいし、愛人にするのも好ましくない。また、彼女には他にも求愛者がいるみたいなんだ。彼女の愛を勝ち取るために、努力しなければならない。しかし婚約者がある身で他の女性に構うのは良い行いではないし、陛下が決めた婚約を解消するなら、相応の罰を受けるべきだろう」
「待ってルイ、あなた、その女性とまだ通じ合ったわけでもないの?」
「お前がいるのに、彼女に言い寄るのは不誠実だろう。まだ彼女と自己紹介もしていない。調べたから俺は知っているが、彼女はわからない」
「頭痛い…。なんでその段階でここまで人生棒に振るような決断しようとしてるのよ…。振られたらどうするつもりなの…」
「振られたら、まあ適当に暮らすさ。国の組織には入れないだろうが、民間で教師になったり事業を起こすのもいいかもしれないな」
「そうね、あなたならそのぐらい出来そうね。でもそれはあなたがすべきことじゃないわ」
「わかっている。だが俺が彼女と結ばれるためには、仕方のない犠牲だ。彼女の男爵家に婿入り出来るか、陛下から温情で爵位を賜れれば、貴族としてそれなりにやるつもりだ」
「それもそれで面倒だけれど、そういうことじゃないのよ。確かに一度婚約を解消したら、駄目だったから元鞘なんて認められないけれど…」
「お前に不満があるわけでもないから、俺はそれでも構わないんだがなぁ」
「黙って頂戴。
……ねえルイ、あなた、どうしてその女性がそこまで好きなの?一目惚れみたいだけれど、魅了にでもかかってるんじゃなくて?」
「大丈夫だ、魅了は俺にはかからない。抵抗は徹底的に習得させられたからな。おかしな呪術もかからない。お前もだろう、マリー?」
「ええそうね、知ってるわ。王と王妃が呪術にかかるようなことがないように、徹底的に耐性を付けさせられたものね…。でもそれを疑いたいぐらい、今のあなたはおかしいわ。あなたが気付かないうちにかけられたってことないの?」
「それはない。かけられた上で抵抗したから、確実だ」
「なんですって?あなた、自分に魅了をかけてきた人間に惚れたの?」
「ああ。面白い魔法だったぞ。一定の行動をとることで相手の心を自分に傾けさせることが出来る、というものだった。その『一定の行動』も人によって違うようで、俺の場合は目の前で木から落ちてくるなど、虚を突くような行動がそれらしい」
「待ちなさい。確かにその魔法は面白いけれど、それは狙ってあなたに魅了をかけようとしたってことでしょう?あなたが抵抗出来たとはいえ、王太子に魅了をかけようとするなんて…」
「よくあることじゃないか。俺もお前も、操り人形になることを望まれているんだから」
「そうだけれど、笑い事じゃすまないわよ」
「それに、彼女にかけようとした自覚はないようだ。自分が魅了を使えることにも無自覚だ」
「なおさら危ないわ。自覚なく魅了を使ってるんでしょう?」
「魅了を使うつもりではないのに何故か『一定の行動』をとっているのは不可解だが…、危険視するほど強力な魔法じゃない。
彼女の魅了は、常時発動している『ちょっと印象を良くする』程度のものと、その『一定の行動』を積み重ねて相手を惚れさせるものの二つだけだ。
前者は問題なし。後者も、『一定の行動』をいくつも重ねる必要がある。術の完成に近づくほど効果が表れ解くことは難しくなるが、初期なら効果も薄いし簡単に解くことが出来る。
さらにその対象も限定されているようで、俺と、あと四名にしか使えない。だから放置していても良いと判断した」
「良くないでしょう。その、あなた以外の四名って誰なの?まさか他の求愛者って、その方々のことじゃないでしょうね」
「その四名と、もう一人だな。それと俺だ」
「……その四名と、もう一人は誰かわかってるの?」
「勿論。名前は伏せるが、宰相の長男と、公爵の次男と、魔術師長の三男と、騎士長の四男、それから彼女の隣の席の少年だ」
「……嘘でしょ?」
「俺がお前に嘘なんて吐くわけないだろう?」
「それこそが嘘でしょう。
……あー、頭痛い。公爵の次男って、うちの義弟のことでしょう?」
「ああ。ちなみに宰相の長男はお前の幼馴染で、魔術師長の三男はお前の親友の婚約者で、騎士長の四男はお前の護衛としてつけられているやつだ」
「言われなくてもわかってるわよ。最近あの子の元気がなくって、護衛の仕事が雑になってると思っていたけれど、……なんで私を巻き込むのよ。やめて欲しいわ」
「俺ももう一度謝ろうか?すまない、マリー」
「そうね…、いえ、それよりも考え直して…、……一緒に考えて頂戴。どうしたらいいの?あの男も義弟も護衛も、婚約者がいたはずよね?あの子の婚約者は言わずもがなだけれど」
「まったく、不誠実なやつらだ。俺を見習って欲しい」
「彼らが不誠実で、あなたが誠実であろうとしているということは同意するわ。隣の席の少年とやらも、どうせ婚約者がいるんでしょう?」
「いや、その少年にはいない。中立派の子爵の五男だから」
「ああ、確かに子爵の五男ならいないでしょうね。中立派なら家の力もそうないでしょうし。
……彼らは魅了にかかってるのよね?なんとか解けないかしら?」
「もうほとんど完成されているから、難しいと思う。少なくともお前では無理だ。俺がしても大掛かりになる」
「内々に収めるのは無理ってことね…。彼らは抵抗が使えなかったの?」
「呪術は心の隙に入り込むから、あいつらが隙を作っていたんだろう。俺は特に大きな不満もなく過ごしていたから抵抗出来たが、それなりに上手い魔法だったからな」
「危険じゃない。
そうね、あの男はいつもコンプレックス装備して私やあなたを妬んでるような陰険な男だし、義弟もお兄様と比べられて劣等感募らせていたし、あの子の婚約者はあの子が歩み寄っても無視するような根暗だし、護衛は馬鹿で何も考えてないような脳筋だし、引っかかるのかもしれないわね。彼らなら」
「宰相の長男は俺やお前に敵わないことを自覚して服従しているし、公爵の次男は周囲の期待に応えるべく努めているし、魔術師長の三男は物静かで研究者気質だし、騎士長の四男は明るく前向きな男だ。多くは次世代のトップたちなんだからそう悪し様に言わないでやってくれ」
「物は言いようね。私も彼らの能力は認めてるわよ。人格は認めないけれど」
「マリー」
「魅了なんてものに引っかかって、婚約者もいるのに恋に現を抜かして腑抜けているんでしょう?能力も見限りたいぐらいよ。一番疑わしいのは、魅了をかけてきた女に惚れたあなたの頭の中身だけれど」
「それについては本当にすまないと思う。だが、一目惚れなんだ。許して欲しい、と請わせてくれ」
「いいわよ、あなたってそういう人だもの。文句は言わせてもらうけど、許すわ。
その代わりじゃないけれど、手伝って頂戴。内々で収めるのは無理のようだから、その女性の魅了を解いてくださるよう、魔術師長にでもお願いしてくれる?私から言うよりも、あなたからのほうが話が早いでしょう?だから…。
……いえ、ちょっと待って頂戴」
「どうした?」
「……ねえ、魅了になんかかかるような人間、重鎮に据えるには怖いと思わない?」
「俺は身分を捨てるつもりだ、関係はない。だが王になるとしても、あいつらの人間性に疑問が残ることは同意する」
「彼らぐらいなら代わりがいるわ。幼馴染だからわかるけれど、あの男の性格が正されなかったら、その内とんでもないことしでかすわよ。クーデターとか、敵国に加担とか。義弟も姉だからわかるわ、優秀でも未熟で愛国心や忠誠心が欠けている。護衛も、私情で仕事をおろそかにするような人間なんて、使えないでしょう。――それから、優しいあの子を傷つけた報いを、受けさせたいわ。
このままなら、彼らは単なる『被害者』でしょう?魅了にかかったことで多少のお咎めは受けるかもしれないけれど、そのぐらい。
そんなものじゃ満足できないわ。徹底的に、叩き折ってしまいたいの。
ルイ、協力してくれる?」
「お前が望むなら。気に食わない幼馴染への八つ当たりでも、兄を軽んじる義弟への報復でも、親友を傷つけた男への復讐でも、癪に障る護衛への鬱憤晴らしでも、協力しよう。許される範囲内で」
「ありがとう、私の王子様。
あなたに頼みたいのは三つよ。
一つ、彼らを正気に戻したり庇ったりしないこと。
二つ、彼らの異常を報告しないこと。
三つ、婚約解消からなる身分剥奪案を提出するのを一旦保留すること。
それ以外は私がするから、気にせずその女性を口説いていて」
「俺は口説くためにもお前と婚約を解消したいんだが…、…それがお前の望みなら、叶えよう。俺を駒にしようとする輩はどうなってもいいが、お前には迷惑をかけてしまう償いをしたい。
ただ、俺が不誠実な男だと思われるのは構わないが、お前は婚約者を奪われたと、心ない噂を吹聴されないかが心配だ」
「私も私の我儘であなたの行動を止めてるんだもの。将来の脅威を潰すためなら、そのぐらいいくらでも言わせてあげるわ。
それから、償いなんていらないわよ。勅命に逆らわないように事前に報告することを禁じてるんだもの。いくら相手の私が納得していたことだったとしても、平民に落とされるでしょうね。私があなたに謝罪しなければならないぐらいよ」
「婚約してから今日まで、王太子の婚約者として、お前に落ち度は一切ない。俺もお前に不満などない。
また、王妃教育のために幼少期からお前の時間を消費させた。結果を出すことも求めた。俺の婚約者でなければしなくていい苦労を強いた。
お前のこれまでと、予定していたこれからを感情一つで無為にして、何も思わないほど、俺はお前に愛情を抱いていないわけじゃない」
「ふふ、あなたがそういう人だから許せるのよ。
私だって、私以上に優秀であることを求められていたあなたが、やっと、積み重ねたこれまでと約束されていたこれからを捨てて良いと思える人が出来て、祝福しないほどあなたを愛してないわけじゃないわ。
それに、殿方が思っているより、女は強かなのよ?」
「ああ、お前は強いな。
先に逃げ出して、置き去りにしてしまってすまない」
「いいわよ。ま、あなたのせいで蹴落とされても恨まないでいてあげるわ」
「そうか。もしお前が落ちるようなことがあれば、何があろうと受け止めに行くから、身動きが取れなくなる前にさっさと逃げろよ」
「たとえ自由に動けても、そっちはお先真っ暗の底なし沼じゃない。
沼に沈み込んで呼吸が出来なくなる前に言いなさい。救い上げてあげるわ」
微笑むマリーは、凛々しく、力強く、国を傾かせかねないほど、美しかった。
後書き部分に裏話書いていきます
複数いる攻略対象キャラの中で、一番難易度が高く、一番人気で、一番公式が推してる攻略対象キャラがこいつ