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リバティフォー  作者: nap
8/10

サイレン

 瑞希がバーストしてから二日目。


 相変わらず面会拒絶状態の瑞希だが、聞いた話になると昨日よりは症状が少し収まってきたらしい。

 湊は、そんな瑞希が気になって仕方が無かった。堪らなくなり一度メディカルルームの前まで行ったが、医者と言うべき人なのか分からないが、その人に面会を拒否された。

 その時中から聞こえてきた音が、湊の耳にこびり付いて離れない。


 獣の様な、聞いた事もない呻き声。


 思わずドアの前で座り込む湊。

 ドアを背凭れにして膝を抱えてみると、自然と顔が歪んでしまう。


「………」


 不毛な時間だけが流れる。

 瑞希の為に自分に出来る事なんて、何も無いんだと。






 次の日。



「飛んでみるか?」


「え!」


 今日の特訓の相手は鋭志だ。

 鋭志の乗る赤い機体は湊の上空を飛んでいる。


「む、無理です…!」


「無理だと思うから無理なんだよ、ほれ」


 上空を見上げる湊は、ただ凄いという感想しか出てこない。

 そしてまた根性論の様なものを言われて、思わず力んだ。


 飛べる訳がない。まともに動かすので精一杯なのに。


 そう思いながら飛べ、飛べと念じてみたが、やはりスノウが上空を舞う事は無かった。


 むっと顔を顰めていると、コックピット内に鋭志とは違う画像が出てきた。


「鋭志の言う事も、強ち間違ってはいません」


 玲子だ。


「ど、どういう…」


「根性です」


「玲子さんまでそんな事言うんですか…!」


「気合です。頑張って下さい」


 恐らくこれが玲子のナチュラルな表現の仕方なのだろう。冷たく感じるそれは決して本当に冷たい訳ではなく、ただの個性だ。


「いいですか湊、リバティの原動力は半永久的です」


「え!?そうなんですか!?」


 初めて聞かされる真実に、湊は大声を出してしまう。


「はい、ガソリンとか電池で動いている訳ではありません」


 鋭志が上空から降りてきた。


「じゃあどうやって動いているんですか?」


「未知の力じゃね?」


 コックピット内に持ち込んだであろうエネルギーゼリーを飲みながら鋭志がそう言う。

 玲子は鋭志の言葉に被せる様に続けた。


「原動力は分かりません。そもそもあるかも不確かです」


「へぇ~…」


「ただ単純に、貴方達が乗らないと動かないのです」


 なんて適当なんだ。この十何年間何をしてきたんだ、と思わざるを得ない。

 もしかしてパイロットの生命力を奪って動いているんじゃ?そんな恐ろしい考えがふと浮かんだ。しかし目の前の鋭志はピンピンしているので、そういう訳でもなさそうだ。


「飛びなさい、湊」


 冷たくそう言われた湊は再度力んだが、やはりどうやっても空を飛べなかった。

 未だ思う様に動かないリバティに歯痒い感情が沸いてしまう。






 更に次の日。



「鋭志さんって此処に来る前は何してたんですか?」


 食堂でのんびりと昼食を取る湊、楓、鋭志の三人。

 此処に瑞希がいない事を残念に思ってみるが、思ったところで仕方が無いと言い聞かせる。

 会話は殆ど途切れる事が無く、今は鋭志の話題になった。


「俺か?俺は元銀行員」


「えぇ~!?」


「マジで!?」


 湊は鋭志の言葉に驚いたが、それよりも隣の楓が驚いた。


「いやいや聞いてないんですけど」


「銀行員ってもっとこう…ピシッとしてるっていうか…」


「鋭志が銀行員って…笑っちゃう」


 楓は年上の男の事を鋭志呼ばわりだ。これは最初からなのか、慣れていく内にこうなったのか。

 しかし鋭志はその事に関して何も言わないから、これでいいのだろう。湊にはそんな事恐ろしくて出来ないが。


「お前ら言いたい放題だな」


「だって…なぁ」


「うん、まぁ…」


 三人で箸を進めながら他愛の無い会話を続ける。


「鋭志さんは何の為にリバティに乗ってるんですか?」


 湊の口から出てきたこの質問は、瑞希にも楓にもした。全く同じ内容だ。

 出てくるであろう鋭志の言葉に、湊の手が自然と止まる。


 鋭志は何て事もないかの様に言った。



「平和の為」



 自分が恥ずかしくなる。金の為なんていう動機の自分が。

 しかしそれは瑞希が肯定してくれた。別に不純な動機でもいいじゃないか。そう言い聞かせてみるが、やはりそんな自分が嫌になる。

 瑞希はどちらかと言うと湊寄りだった。敵なんてどうでもいいと言っていたからだ。


 自分の感情も、楓と同じ様に、乗っている内に変わってくるのだろうか。ふとそんな事を思った。





「平和になりゃあいいんだけどなぁ~。一向にならねぇし」


 鋭志は怠そうに箸を進めながらそう言った。その言葉に隣から溜息が聞こえてくる。


「終わりが見えねぇなぁ」


 言われてみればそうだった。一体敵はいつ全滅して、いつ沸かなくなるのか。

 そもそも終わりなんてあるのだろうか?何十年もこのままなのだろうか?自分が年寄りになって、死んで、その後は?敵は?リバティは?


「あの……」


 湊が思った事を言おうとしたその時。



「…!!!」


 食堂内の照明が暗転した。


 そして聞き慣れない音が。


「…来たか…!!」


 ガタンと鋭志と楓が勢い良く飛び起きる。湊はその音に怖気づいて出遅れた。



 ビー、ビー、と、不気味なサイレンが鳴っている。



「敵だ!!行くぞ!!」



 そう言われてやっと理解する。



『総員、戦闘配置に就いて下さい』



 敵が現れたのだ。




 無機質なアナウンスが館内に流れる。


『総員、戦闘配置に就いて下さい』


 とうとうこの時が来てしまった。


『総員、戦闘配置に就いて下さい』


 鋭志と楓は食堂を飛び出て、一直線に走り始めた。湊も遅れまいと走るが、脈打つ心臓がそれを許してくれない。脚は緊張と恐怖で竦み、嫌な汗が出てきた。


『総員、戦闘配置に就いて下さい』


 薄暗くなった館内に赤いライトが点滅する。


 敵。敵襲。リバティ。出撃。色んな単語が頭を回る。

 気が付けば、湊は格納庫にいた。


「敵だ!!」


 息が上がる。額に汗が浮かぶ。分かりきっていた事を言われ、緊張で身体が震える。

 総司令、和馬は相変わらず煩いが、いつもの煩さとは違う。初めて感じる空気に今度は身体が萎縮してしまう。


「何処だ?」


 鋭志が服を脱ぎ始めた。楓も同じ様に服を脱いでいる。


「須川ダム付近、形は球体」


 和馬がそう言うと、パイロットスーツを手渡してきた。隣の二人が着替え始めているところをみると、どうやらすぐにでも着替えた方がいいみたいだ。

 湊は黙って、迷わず服を脱いだ。


「他に情報は?」


「敵の移動無し、攻撃も見当たらない」


 こなれたやり取りを見つつ、その言葉を聞き逃さない様に注意する。あまりにも急な襲来でどうすればいいのか分からない。

 着替え終わり、後はヘルメットだけという姿になった鋭志と楓。


 そして和馬は息つく暇もなく、とんでもない事を言った。


「瑞希も出す」


 その言葉に、皆の顔が固まった。


「み、みーちゃんは…っ」


 スーツを着ていた湊の手が止まる。


 まさか、あの瑞希も行くのか?


「おい、瑞希は…!」


 鋭志がそう言ったその時、湊の隣に影が落ちた。


「み……」


 そこには、どこからどう見ても普通の状態ではない瑞希が。


「み、…っ」


 鋭志も、楓も、度肝を抜かれている様な顔をしている。湊も言葉が出てこない。

 瑞希はコクリと一つ頷いただけで、何も言わない。


 今まで悶え苦しんでいた筈の瑞希が、隣にいる。


「保険だ。……すまない」


 和馬が手渡した黒いスーツに、瑞希は着替え始める。

 しかしその手は、どう見ても震えていた。


「お前…他に選択肢は無かったのかよ」


 鋭志がそう言ったが、頷く和馬にそれ以上は何も言わない。

 その代わりに声を荒げたのは楓だった。


「みーちゃん出したらダメだろ!!」


 その言葉に思わず湊も頷く。瑞希はどう見ても病人だ。


「俺達だけじゃ不安なのかよ!!」


「じゃあお前、手の内が見えない敵を殺す自信は?」


 威勢の良かった楓が、和馬の言葉に言葉を詰まらせる。


「いいかよく聞け、相手の情報は何も無い。発見したのは十三分前だ。情報が何も無い以上、お前ら二人と実戦経験の無い新人一人を行かせる訳にはいかない」


 皆の体が、ピタリと止まって動かない。まだ何も分からない湊でも、和馬の言った事が正論としか思えなかった。


 着替え終わった瑞希が、何も言わず湊の手を握った。

 突然のその行動に驚いた湊は、目を見開ける。


 瑞希は何も言わず、頷いた。


「安心しろ、瑞希に無理はさせない」


「みーちゃん…」


「瑞希さん……」


 手を離した瑞希が歩みを進める。ヨロヨロと、フラフラと。


「作戦を指示する。このままリバティを敵の四キロ先まで空輸、瑞希はそこで待機」


 瑞希がスカイのコックピットに入って行くのを見ながら、湊は耳を傾けた。


「鋭志と楓はそのまま敵の様子を見、可能なら破壊」


「お、俺は…」


「実戦には早く慣れた方がいい。お前も参戦だ」


 きっぱりとそう言われ、湊は拳を握り締めた。


 実戦。戦う。


 相手は未知の存在だ。


 今までの人生では感じた事の無い不安と恐怖が、頭から足先へと突き抜けた。




「敵の名称を百二十六と命名しました」


 玲子がそう言い、鋭志と楓は頷く。

 百二十六。

 そんな簡単な名前でいいのだろうか。


 敵の外見はおろか、目的も分からない湊はただ立ち尽くした。そんな湊を置いて鋭志と楓は前に進む。

 そして言ったのだ。


「行くぞ。初陣だ」


「は、はい…っ」


 もうコックピットに乗るのも抵抗は無くなった。最初は緊張したが、特訓で沢山乗ったので慣れたものだ。

 鋭志がブラッドに、楓がレインに向かって歩く。湊も自分の愛機へと向かった。




「いいですか皆さん」


 コックピットに入ると、左前のモニターに玲子が映った。しかしそれは一瞬の出来事で、すぐに画面が変わる。


「百二十六は黒い球体です」


 映ったのは真っ黒な、ただの球体。


 これが敵。


「須川ダム付近で地上から約二十メートルの位置で浮いてます。それ以外の行動は今のところ見られません」


 こんな丸い塊が、敵。

 しかもただ浮いているだけという。


「ブラッド、レインは殲滅を優先。スノウはそれを補佐」


「了解」


「了解」


「りょ、了解…」


 二人の凛々しい返事に思わずつられて返事をしてみたが、補佐とは一体何をすればいいのか。

 そして瑞希は一体どうするのか。


「スカイは百二十六から二キロ先で待機。必要なら参戦」


 玲子がそう言う。しかし瑞希からの返事は無い。

 返事が無いのは、きっと喋れないからだろう。先程顔を合わせた時から瑞希の言葉を聞いていない。

 だが恐らく司令室からは瑞希の様子が見えているとは思う。


「湊、貴方は初陣なので色々と分からないと思いますが、百二十六がどういう行動をするか分からない以上、早急に処置する必要があります」


「は、はいっ」


「敵の元へは専用機で空輸します。すぐに乗って下さい」


「りょ、了解」


 気が付けば、ブラッドとレインは立ち上がっていた。やはり急いだ方がいいのだろう。

 湊もスノウを起動させ、立ち上がる。格納庫内によく分からないアナウンスとビービーという不気味な音が鳴り響く。ハッチが開き、ブラッドとレインは出て行った。


「ブラッド、搭乗」

「レイン、搭乗」

「両機及びパイロットの数値オールクリア」


 そのアナウンスが湊の脈拍を上げる。


「スノウ、搭乗」


 ハッチの向こう側に待機していた専用機に乗り込む。どうやら一機しか乗れないみたいで、四機はバラバラになってしまった。

 専用機は湊が搭乗という言葉から想像していた使用方法とは少し違った。中に入るタイプではなく、大きなリバティがぶら下がる仕様になっている。


「スカイ、搭乗」


 瑞希は大丈夫だろうか。ふとそんな事を思ってしまった。


「いいか野郎共、敵をぶっ殺せ!!」


 暑苦しい声も、今では士気を上げる心強い声に聞こえる。

 湊は力強く操縦桿を握り締めた。






「ストーク、戦闘領域外に到達」

「リバティ降下開始」


 湊は未だ高い所から落ちた経験が無い。だからその言葉に少し怖気づいてしまった。

 目の前を飛んでいたストークと呼ばれる空輸機からブラッドとレインが落ちていく。その高さ未知数。


「うわぁああ…っ!」


 思わず悲鳴を上げてしまったが、意を決してストークから手を離した。

 どんな形で落ちるかと自分でも思ったが、スノウは無事ドスンと地面に足を付けた。


「ブラッド、レイン、スノウ、降下確認」

「スカイ、降下確認」


 瑞希も無事降りたみたいだ。オペレーターがスカイの無事を伝えている。


「武器を」


「了解、降下開始」


 鋭志の声が聞こえ、ストークから黒い塊が落ちてくる。


 素人の湊でも一目見て分かる。


 ライフル。鉄の棒。丸い塊。


 それが数個ずつ目の前に降ってきた。


「楓はスナイパーを取れ」


「りょーかい」


 和馬の指示が聞こえ、レインがライフルを手に取る。


「鋭志はスピアとマインだ」


「了解」


 しかし湊はふと思った。


 武器なんて、使った事が無い。


「瑞希、スナイパーを」


 和馬は尚も続ける。しかし返事は聞こえない。


 一体自分は何で何をしたらいいのか。スノウは立ち尽くし、湊も固まっている。

 すると次に湊に指示が届いた。


「湊はナイフだ」


「な、ナイフっ」


 ナイフ?どれだそれ?

 地面を見渡し漁ってみる。どうやら余っているナイフが湊の武器の様だ。

 かなり大きいとは思うが、リバティの大きさからしたらかなり小さい。こんな物では不安だ。しかし鋭志の持っている鉄の棒は、もっと頼りなく見える。


「各機前進」


「了解」


 やはり、いつもとは空気が違う。これが総司令というべきなのか、皆が皆素直に言う事を聞いていた。まるでいつもしている訳の分からない特訓の時とは大違いだ。


「そのまま百二十六の五百メートル先で待機」


「了解」

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