新たな真実
三日間、来る日も来る日も起動実験をした。朝昼晩、ほぼ休みなくリバティに乗ったのは湊自身の意思だった。
瑞希とのじゃんけん大会もまともに出来る様になり、リバティの動きもある程度人間らしくなった。
湊の起動実験に付き合ってくれたのは瑞希だった。彼は適当に、しかし的確に湊にアドバイスをしていく。
「リバティと心を通わせて」
「通わせるって…ロボットだし…」
「もう一人の自分だと思って」
「自分……」
そのおかげで今の湊がいる。瑞希には感謝しかない。
残りの二人はというと、一体何をしているのか分からないぐらいダラダラとしていた。鋭志は総司令と談笑していたり、ぶらっとベース内を歩いていたり。楓は自分の部屋に籠って必死にプラモデルを組み立てていた。一度呼ばれて部屋に行くと、真剣な眼差しでプラモデルを塗装していたのだ。
そんな二人を目の当たりにすると、戦う以外は案外暇なのかも知れないと思う。しかし、戦うとなるとどうなるかは見当が付かない。恐らく、信じられないぐらい忙しくなるのだろうとは思うが。
「湊、適合数値百二十一」
着々と上がっていく適合数値。何を基準に測っているのか分からないが、最初の頃に比べて百も上がった。
一度、気になって聞いた事がある。瑞希以外の二人の数値はどれぐらいなのかと。
返ってきた答えは、鋭志が八百十一、楓が四百三十二。
その答えを聞く限り、瑞希はやはり、とんでもない人なんだと知る。
当の本人は穏やかで、こちらの気が抜けそうなぐらいのほほんとしているが。
「今日も元気に特訓だ!!」
総司令の名は須東和馬すどうかずま。四十六歳。独身。恋愛に興味無し。
毎朝毎朝、リバティの特訓とは違い、何故か体を動かされる。
「スクワット!!」
と、青空の下総司令が言う。
「ひぃ…っ」
と息を上げながら湊は言う。
「あータバコ吸いてー」
と鋭志が言いながら、軽快にスクワットをする。
「あーだりー」
と楓が言いながら、軽快にスクワットをする。
「あ、お花植えないと」
と瑞希が言いながらその場で座り込み、地面に落書きをする。
「瑞希!サボるな!!」
「んーめんどい」
「十五…!十六……っ!」
この特訓、真面目にやるだけ無駄なのかも知れない。残りの三人を見て、あまり体を動かした事のない湊はぼんやりとそう思った。
「さぁ次は走り込みだ!!花畑五周!!」
花畑とは、瑞希が趣味で借りて花を育てている場所だ。ベースの外にあるそこは、綺麗な花が色とりどりに咲いている。
瑞希はおっとりしていて、見た目も穏やかだ。だから別に花を育てていても違和感は感じなかった。
「やだ」
「めんどい」
「お花」
そろそろ此処に慣れてきた湊だが、皆と同じ様に口が裂けても面倒臭いとは言えなかったのである。
季節は十月。暑くもなく、寒くもない適度な気温の中、爽やかな風が湊の頬を撫でる。瑞希との特訓は確実に成果を出していき、もうすっかりリバティに馴染んだ気でいる。
今、湊は瑞希と二人で花畑にいた。花に全く興味の無い湊も、こうやってまじまじと見ると綺麗だなぁという素直な感想が沸いてくる。
今日の特訓は休みだ。結局あれから湊は、毎日リバティに乗っていた。その日数十五日。
「お花好きなんですか?」
「うん、好き。可愛い」
瑞希は視線を落とし、土を弄りながら答える。その手にはまだ何も咲いてない花の苗が。
湊は瑞希と同じ様に屈んでいる。何か手伝おうかとも思うが、繊細そうなのでやめておく。
「瑞希さんって、どうしてリバティに乗ってるんですか?」
自分でもよく分からない質問をしながら、ただ瑞希の手元を見つめた。瑞希は顔を上げ、湊を見つめた。
その顔はとても穏やかで。
しかしその口からは、とんでもない言葉が。
「乗りたくなんてないし、敵なんてどうでもいい」
驚いた。そんな感情だったなんて。
瑞希は続ける。
「俺ね、弟がいるんだ。湊君と同じ年の」
「え、そうなんですか」
「うん」
土弄りを再開した瑞希。湊は言葉が出てこない。
「両親いなくてさ。弟一人なんだよね。選ばれたもん、乗らなきゃいけないじゃん?」
「う、うん、まぁ…」
「敵なんてどうでもいいけど、弟の為だと思ってるんだ。正確には言い聞かせてるかな?」
「………」
同じだ。本当は世界の未来を背負うなんてどうでもいい。根本的なところは湊も瑞希と同じだ。
「俺も……金の為に乗ってます」
「いいと思うよ、それで」
瑞希は優しい。こんな事を言っても肯定してくれるのだから。
他の二人は、一体何の為に乗っているのだろうか?そんな疑問がふと浮かんだ。
その次の日。
「湊!!来い!!」
自室で寝ていたところを騒がしい声が訊ねてきた。
湊は飛び起きたが、何となく本能で察した。この声色、只事ではないと。
ドアのロックを開けると、そこには焦っている楓が。
「早く!!」
楓はそう言い残し、走り去って行く。湊も反射的にその後を追った。
まさか、敵が来たのか?
しかしベース内に警報の様な物は鳴っていない。
なら一体何だ?
息を上げながら走り続ける。すれ違う人達が、いつもより慌ただしく動いている。何事かと聞いてみたいが、目の前を走る楓が速くてそれどころではない。
そのまま辿り着いたのは、何度か来た事のあるブリーフィングルームだった。
転がり込むように其処に入ると、鋭志と玲子が神妙な面持ちでこちらを見てくる。楓は黙ったまま動かない。
玲子の口から、ポツリと漏れた。
「瑞希がバーストしました」
バースト。
聞いた事の無い言葉。
思わず楓を見てみる。しかし楓は何も言わない。鋭志を見ても、玲子を見ても、それ以上は何も言いそうになかった。
どうする事も出来ない湊は、机に背を預けて腕を組む鋭志を見た。
「ば、バーストって何ですか!?」
歩み寄り聞いてみると、隣にいた楓も同じ様に歩を進めた。鋭志はその体勢のまま立ち尽くし、玲子はパソコンに向かう。
そして言ったのだ。
「湊、貴方にはまだ言ってませんでした」
「な、なにを…っ」
目の前の大きなモニターに見覚えのある画像が映る。湊の腕にある共鳴印だ。
玲子はパソコンを見ず、湊の目をしっかりと見る。
「貴方達共鳴印を持つ者、もしくは他の何らかの因果で、不定期にバーストと言う現象が起こります」
「…え?」
「共鳴印を中心に激痛が走るのです」
初耳だ。いやしかし、激痛はもう既に経験している。初日に共鳴印が出来た時にだ。
そんな事を一瞬で考えていると、玲子は続けた。
「初日に出来た激痛とは比べ物になりません」
湊の心臓が、ドクンと脈を打った。
聞かされていない真実を聞かされた事により、湊は猛烈に混乱する。
初めて共鳴印が出来た日の事を、湊は鮮明に覚えていた。突然右腕の辺りが痛くなり、激痛のあまり吐きそうになったぐらいだった。
そしてまるで刺青でも入れたかの様な身に覚えの無い紋様。当時の湊は、それが何なのかをうっすらとしか分からなかった。
しかし翌日に病院に行くと、特に何も処置されずにすぐに病院を連れ出された。そしてこの『超自然災害特別対策室』、通称『第十三課』に連れて来られたのだ。
「み…瑞希さんは…っ」
あの時の痛みと比べ物にならないとは。
「瑞希は寝ています」
玲子は勿論、いつもは騒がしかったりマイペースな鋭志と楓も、非常に暗い顔をしている。
その顔を見ると、嫌でも事の重大さが分かってしまう。
「正確には…悶え苦しんでます」
「そんな…ッ」
呆然と立ち尽くす湊に、鋭志が一言漏らす。
「瑞希は俺らよりも適合している。その分バーストも激しい。それに加え……」
そこまで言うと、鋭志は口を閉じた。
次に鋭志の代わりに口を開いたのは楓だ。
「みーちゃん、出来た場所が悪いから」
その言葉を聞いて、湊は思い出す。
確か瑞希の共鳴印が出来た場所は舌だったと。
そこを中心に激痛が走る?まだ何も分からない湊でも、それは想像しただけで悲惨だと分かる。
「第十三課の人間としては、今このタイミングで敵が来られたら非常に厳しい状況です。ですが…」
玲子は俯いた。
「一人の人間として言わせてもらうと……瑞希の苦痛が早く終わる様に願うばかりです…」
湊の拳に思わず力が入る。
自分に出来る事はあるか?今の自分に何か出来る事が。
しかし、何も思い浮かばなかった。
瑞希の様子を見に行きたいと、湊は言った。
しかしそれは全ての人間に拒否された。
「見ない方がいい」
瑞希はメディカルルームと呼ばれる、所謂病室にいるらしい。
其処で安静にしているかと言われれば、そうでもない。
「我を忘れて暴れまくってる。獣の様な声を上げてな」
それを聞いて湊は固唾を飲んだ。あの穏やかな瑞希がそんな事になっているなんて。
「俺と楓はまだマシだ。耐えられるからな」
果たして自分の場合はどうなるのだろう?湊はそう思わずにはいられない。
「大体…どれぐらい続くんですか…バーストは…」
「それは日にもよるし、人にもよります」
湊が質問すると、玲子が冷静に言葉を紡いだ。
「周期も日数もバラバラです。例を出すなら、瑞希の前回のバーストは八十八日前でした。期間は三日間です」
「三日…」
三日という答えが、長いのか、短いのか。
我を忘れて暴れるぐらいの激痛が三日も、と考えるとかなり長い様に感じる。
瑞希の様子を見に行きたい。それは好奇心とか、後学の為とかではない。単純に心配なのだ。
しかし誰も理解してくれないところを見ると、どうやら本当に見ない方がいいのだろう。
風邪やインフルエンザとは違う。きっと瑞希も、来られても嫌だろうと自分自身で納得させた。
「祈りましょう。敵が来ない事と、瑞希の平穏を願って」
玲子のその言葉に鋭志も楓も頷いた。湊も拳に力を入れ、力強く頷いた。
自分にもいつかは来るバースト。
それがどんな物かはまだ分からないが、恐らく、ただでは済まないだろう。
「どんな物なのか…具体的に教えて下さい」
玲子が去ったブリーフィングルームで、湊は険しい顔でそう言った。今此処に残っているのは鋭志と楓と湊だけだ。
鋭志が前に、楓が隣に座っているが、いつもとは違う空気を肌で感じる。
「この世の痛みを全部受け止めてる様な」
「意識を保つのに精一杯だ」
湊の質問にそう答えた二人は、はぁと大きな溜息を漏らした。
湊はすかさずもう一つ質問をする。
「なんで…俺には言ってくれなかったんですか」
その言葉に、二人が目を合わせたのを湊は見逃さなかった。
暫く沈黙が続き、湊は二人の出方を見る。そんな大事な事、どうして今日の今日まで黙っていたのか。もしかしたら生死に関わるかも知れないというのに。
どんな答えが返ってくるかと唇を噛み締めた湊だが、その力み方とは裏腹な答えが返ってきた。
「言ったら…ビビるだろ」
鋭志がそう言ってまた溜息を漏らす。そんな単純な答えが返ってくるとは思わなかった。
「そりゃあビビりますけど……」
そこまで言うと、湊の力も抜けた。腕を組んで俯いてみると、やはり頭に浮かぶのは瑞希の事だ。
彼は今、この世の終わりの様な痛みに耐えているのだろうか。そう思うと可哀想で仕方が無い。
「お前には、その内説明するつもりでいたけどな」
「……はい…」
いつまでもこんな暗い気分でいても意味が無い。今自分に出来る事をしないと。
「特訓……付き合って下さい」
「……おう」
その言葉に、鋭志と楓ははっきりと頷いた。
瑞希以外との特訓はかなり厳しいものだった。
流石に飛べとは言われなかったが、模擬戦の様な、リバティ同士の取っ組み合い。瑞希とのじゃんけん大会とは訳が違う。
そもそも今の湊に飛べと言われても、飛べそうになかった。それは自分自身よく分かる。何故かと言われれば、本能としか言い様が無いが。
今の自分に出来る事はこれぐらいだと、湊は心に刻む。
せめて瑞希が居ない間に、少しでも強くなろうと。
午後になり、疲れ果てた湊は楓の部屋にいた。
午前の内はただひたすら赤と銀のリバティに扱かれた。嫌と言う程。
しかしこれが普通の特訓なのだろう。今思えば、瑞希との特訓はふんわりとした、抽象的な物だった。
「楓君、もし今敵が来たらどうなるの?」
ペットボトルのスポーツドリンクを飲みながらそう聞いてみる。
楓は、作りかけのプラモデルを塗装しながらこちらを見た。
「まぁ……どうなるかな…」
その答えは歯切れが悪いので、あまり良くないのだろうと悟る。
「みーちゃんが主戦力だから…でもどうにかなるとは思うけども…」
そもそも敵とは一体何なのだろうか。
ネットやテレビでは見た事があるが、どういうものなのかこの身で感じないと何も分からない。
「敵って、何?」
聞いてみる。
「雑魚だよ」
するとそう返ってきた。
確かに今まで鋭志は十何年もリバティに乗っているが、死んでいない。聞いた話では瑞希は六年乗っているらしい。
「楓君はいつから乗ってるの?」
「俺?俺はまだ二年だよ」
楓はそう言う。
つまり湊の前に選ばれた三人は、誰一人死んでもいないしリバティも破壊されていない。確かに沢山の人が死んだが、それは何年も前の話だ。リバティが動き出してからは被害はほぼ出ていないのだ。
「雑魚なの?」
「雑魚かな?だって苦戦した記憶ねーもん」
雑魚と楓は言うが、敵を殺せるのはリバティだけだ。軍の攻撃は何故か通用しないのだ。その辺の詳細な情報はよく分からないが。
湊は楓のベッド上で、足をぶらつかせた。
質問攻めで申し訳ないと思いつつも聞かずにはいられない。
「楓君は…何の為に乗っているの?」
湊の言葉に、楓は塗装していた筆を置き、真剣な眼差しを湊に向けた。
その瞳に思わず息を飲んだ湊。
「俺さ、普通の男子高校生だったんだよね」
「う、うん」
「でも湊も知ってると思うけど、共鳴印出来てさ、あれよあれよと今の生活なのよ」
「……うん」
自分と同じだと、湊は思った。
しかしそこから先は違った。
「世界なんてどーでもいいし、守りたい物も家族とか友達しかいなかったけどさ、ヒーローになったもん、頑張らないと」
それが普通の感情なのか、今の湊には最早分からない。
しかし今の湊には、そんな楓がとても素晴らしい人間に見えた。