生まれたばかりの
朝。未だに落ち着かない部屋。殺風景な部屋。
湊は今、何をしたらいいのか分からずにただベッドに座っていた。
鋭志達と共に行動してもいいのだろうか。いや、自分はまだ新人なので輪に入らない方がいいのだろうか。
そんな事を考え始めて一時間は経過しようとしている。
ベッドの上では何もすることが無い。ベースに来る前にスマホを没収されたのだ。
それもそうだと納得は出来る。何故なら自分が置かれている立場が理解出来るからだ。
湊は外の世界と遮断されている。機密を漏らさない為か、或いは自分の身を守る為なのか。
普通の高校生として生きていた時は、何となくネットには目を通していた。しかしそこは酷い有様だった。
やれ『俺がリバティに乗ったらもっと活躍出来る』だの、『どうせ乗る事に偉そうぶっているんだろ』だの。
言いたい放題の外野をただ見ていただけだった湊が、今はその渦中にいる。
しかし鋭志も、楓も、瑞希も、湊にとってはとても良い人に見える。それが真実かは置いておいて。
「おーう、開けろぉ」
「…!」
色んな事を考えていると、不意にドアの向こうから声が聞こえた。
その声に湊は弾かれた様に起き上がると、ドアに向かって歩き出す。
「は、はい!」
ドアの横にあるロックボタンを押し、湊はドアを開けた。
ドアの向こう側にいたのは鋭志だった。
「する事ねーっつって持て余してる様な顔してるなー」
「!」
図星を突かれ、湊はギョッとする。しかし心中を悟られない様に右手を不自然に頭に持っていった。
にやりと笑った鋭志はそれ以上追求する事はせず、はっきりと言った。
「総司令、帰ってきたから」
それは、今の湊には聞かされていない言葉だった。
やはりこういう施設や軍隊とも言うのだろうか、そういうのには司令官という者がいるのだろう。
しかし何も聞かされていなかった湊は、少しの驚きと緊張感で鋭志の隣を歩く。
そして食い気味に聞いてみた。
「そ、総司令ってどんな人なんですか…?」
その言葉に、鋭志はまたしてもにやりと笑った。
「こえーぞぉ?」
「え」
「例えるならそうだなぁ、遠い親戚の煩いオッサンみたいな?」
「え!」
何だか想像出来てしまった自分が悲しい。はっきり言って物凄く会いたくない。
しかしそういう訳にはいかないので、湊はひたすらに鋭志の隣を歩き続けた。
無言なのも何なので、とりあえず会話を続けてみる。
「鋭志さんって何歳なんですか?」
「俺か?俺は四十一」
「…へぇ」
返ってきた言葉は少し意外だった。何故なら三十台後半だろうと思っていたからである。ベースの支給品なのか、周りの皆と同じ制服の様な物を着ている鋭志は、さながらカッコイイ大人のオッサンだ。
鋭志は悪そうな笑みを浮かべると、湊に言った。
「お前ぐらいの息子がいてもおかしくない年齢なんだけどなぁ」
「え、じゃあ独身なんですか?」
「ったりめーだろ。何年此処に缶詰めにされてると思ってんだ」
「あ…」
鋭志の言葉通りだ。彼は最初の男なので、聞いた話によると十五年程リバティに乗っている事になる。
「あ、お前、今俺みたいになりたくねぇって思っただろ」
「そ、そんな事は…!」
鋭志はおどけながらそう言ってきたが、本当にそんな事を思っていなかった湊は慌てて否定した。
ゆっくりと歩き続ける二人はやはりまだぎこちなく、打ち解けるにはまだ早いのだろう。
「さぁ、そろそろ着くぞ」
唐突にそう言われ、湊の体が緊張で固まる。
親戚の煩いオッサン……
会いたくない……。
それを抜いたとしても、総司令と言うぐらいだから此処で一番偉いのだろう。
湊達はブリーフィングルームの様な個室とは違う、広い場所に辿り着いた。そこにはモニターを見つめる者、慌ただしく走り回る者、ファイルを穴が開くぐらい見つめる者が沢山いた。
そしてその中に、やけに目立つ人物がいた。何がどう目立つかと言われれば、雰囲気としか言いようが無い。
「司令、お疲れさん」
鋭志がよっと手を上げる。それと同時に湊はギョッとした。そんなにもフランクでいいのか?
司令と呼ばれた男と鋭志を交互に見ると、はぁと大きな溜息が聞こえてきた。
「マジうるせーんだわ、アメリカ軍」
「まー、だろうな」
二人は会話をしている。しかし湊は固まるしか出来ない。
そんな湊を見て、男は一言。
「ようこそ四人目!!俺が総司令だ!!」
その時湊は思った。
これは違うタイプの煩い親戚のオッサンだと。
「まぁ自己紹介もクソもねぇから、とりあえず頑張ってくれ」
「え、はい!」
湊を此処まで連れてきた鋭志は、寝るわと一言残して何処かに行ってしまった。残された湊は総司令の前でピシッと突っ立っている。
落ち着かない。周りの感じもそうだし、本当に映画の中の軍隊にいるみたいだ。
「リバティ、乗れたんだろ?」
「は、はい!乗れました!」
「でかした湊!」
まだ自分の名前も言っていないのに名前を呼ばれる。きっと最新の情報が行き届いているのだろう。
司令の年齢は鋭志と同じぐらいか、それより上か。どれ程怖い人なのだろうと萎縮していた湊だったが、やけにフランクな感じで肩の力が抜けていく。
司令はモニターとファイルを交互に見ながら、大声で言った。
「三人より四人の方がいいからな!お前が瑞希より凄いパイロットならなお良い」
「いや…でもまだ動かしてないので…俺なんか…」
正直な話、湊には自信なんて全く無かった。
車も運転した事が無い。ましてや自転車なんかいつ乗ったのかも覚えていない。それなのにあんなロボットを動かすなんて、出来るとは思えないのだ。
何となく俯く湊の肩にボンと力強い衝撃が走る。
「楓なんか乗るのも嫌がってたのに、謙虚で偉いぞ!」
湊の想像する、大企業の会長とか、或いはサッカーチームの監督とか、そういう感じではない。総司令は本当に煩いオッサンだった。それは良い意味でだ。
よかったと思った。関わりやすそうで。良い人そうで。
「で、だ。今から早速起動チェックに入る」
「え!?」
「さぁ着替えて出発だ!!」
突然そう言われた湊は強く背中を押された。反射的によろけてしまった湊の隣に、この前の適合チェックの時にいた人が。
「じゃあ湊君、行こうか、スノウの所に」
突然すぎる。何も聞かされていない。ついさっきまで部屋のベッドの上で暇を持て余していたのに、こんな事をするなんて。
しかし逆らう気もない湊は、差し出された服を手に取った。それはテレビか何かで見た、F1選手が着る様な服だ。少なくとも宇宙服の様な感じではない。
「あ、着替える場所ちゃんとあるからねー」
「あ、はい」
こうして湊は男の後をついて行く事にした。
「な、なんかコスプレみたいで恥ずかしい…っ」
というのが初めての感想だった。
渡されたパイロットスーツを着たはいいものの、初めての体験に思わず赤面してしまう。
どこか変な所がないか全身を隈なくチェックしていると、男は言った。
「似合ってるよー」
嬉しい様な、どう反応すればいいのか困る様な。
とりあえず着替えた湊は、最後に渡されたヘルメットを被った。
初めて頭にこの様な重たい物を被った湊だが、思ったよりは視界も良好だ。
「ヘルメットの中に通信機があるけど、僕の声聞こえる?」
「は、はい!」
ハイテクだ。どの様な技術が使われているのか見当も付かない。
しかし今の湊にはそんな些細な感動の時間も与えられない。急かされる様にスノウの前に立たされた。
隣には、楓が。
「俺が来た時思い出すわー」
「えへへ…」
鋭志とは違い上下灰色のスウェットというラフすぎる格好の楓。そんな楓とは対称的にガチガチに固めている湊は照れ笑いを漏らす。
「なーんも心配いらねぇからな」
楓は両腕を頭の後ろで組みながら、大きな欠伸を漏らした。その姿を見て、湊の緊張も自然と解ける。
「じゃあ、乗って」
「…はい」
昨日乗ったリバティ。その時はただ乗っただけだけど、今日は起動チェックだ。
しかし湊は、どうやって動かすのか、しかも乗った後の事すら聞いていない状態だ。だが言われた通りに歩を進めると、コックピットの搭乗口に立った。
プシューと、機械的な音と共に胸元のコックピットが開く。ぽっかりと開いた暗い穴は、自分を呼んでいる様な気がした。
「乗ります」
湊がそう言うと、リバティ内から慌ただしいアナウンスが。
「パイロット、搭乗」
「リバティ、安定しています」
「パイロットの心身、問題ありません」
「オールクリア」
まるで漫画かアニメの様だな、と呑気な事を思った当事者の湊。
自然な流れで操縦席に座った。
「ドライビングシートの乗り心地はー?」
耳に楓の声が入ってくる。
その質問に、湊は素直に答えた。
「なんか…寝れそう」
妙に座り心地の良いシートは、座っているだけで安心感の様な物が沸いてくる。
手持ち無沙汰な両腕は、やはり自然と操縦桿へ。
その瞬間。
「うわっ!」
コックピットが揺れた。いや、揺れたのはコックピットではない。
リバティが揺れたのだ。
「リバティスノウ起動」
「リバティスノウ、起動しました」
「パイロット安定」
コックピット内にアナウンスが流れる。しかし量が多すぎて全てを聞き取れない。
「リバティスノウ左腕の起動を確認」
「数値、オールクリア」
そんな中、やたらとはっきりとした声が聞こえた。
「そのまま立てるか?」
総司令だ。
しかし立てと言われても、左腕さえ動かした自覚が無いのにやり方が分からない。
「ど、どうやって立つんですか!?」
「立つイメージだ!」
「い、イメージ!?」
イメージ?思考?そんなものだけで立てるのか?根性論か?
しかし言われた通りにイメージしてみる。
立て、リバティと。
「立った…!」
「り、リバティスノウ…本格的に起動しました…」
「白ブツが…っ」
長年眠っていたスノウ。
色も付けられず、名前も付けられず、ただの置物と化していたスノウが今日、初めて起動した。