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リバティフォー  作者: nap
4/10

適合

『みーちゃん』と呼ばれた彼は、鋭志の隣にゆっくりと座った。それを緊張の面持ちで見つめた湊の手が止まる。

 彼の歳は恐らく二十台前半だろう。とても爽やかな空気を纏い、優しそうな人というのが第一印象だった。

 鋭志も瑞希も朝から重たい物を食べている様な気がするのは、湊の心がそれよりも重たいからだろうか。


「新しい仲間、また男の子だったね」


 瑞希がそう言う。鋭志も楓も頷いた。

 確かに選ばれたらしい人間は全員男だ。それに何か意味があるのかは分からない。そして誰かに聞いてみてもきっと分からないだろう。

 瑞希は、先程楓が聞いた事と同じ事を聞いてきた。


「どこに出来たの?」


 その言葉が何を差しているのか分かる。だから湊は、自分の右肩を摩った。


「へぇ」


 それを見て察したのか、瑞樹はトレイに乗った食べ物を頬張り始める。隣に座っていた鋭志は箸を置き、徐に立ち上がった。それをポカンと見つめる湊とは裏腹に、楓は顔を顰める。


「やめろやめろ、汚いモン見せるなっ」


「んだよ汚いって傷付くわぁ」


「えっえっ」


 一体何の事なのか。湊は三人を交互に見つめる。

 楓の言葉を聞いて座った鋭志は、にこやかにこう言った。


「俺、チンコの上」


「え!」


 ギョッとした。それと同時に、ちょっと見たい様な、見たくない様な、複雑な感情が。

 でもそれぞれ自分と同じ様に得体の知れない紋様があると思うと、少しホッとしたのが事実だ。軽いノリの皆に、少しだけ湊の力が抜ける。


「あの、瑞希さんはどこに……」


「んー?俺?」


 瑞希が咀嚼していた物を飲み込み、次に水を飲む。そして大きく口を開けた。

 湊の目に入ったのは、そんな所、有り得ないだろうと思うような所。

 そして瑞希は、淡々と言ったのだ。


「味、しないんだ」


 まさか、と思った。

 瑞希の突き出した舌には、湊と同じ様な黒い紋様が。いや、それよりも驚いたのが瑞希の言葉だ。


 味がしない?

 本当ならそんなのって、あんまりすぎる。


「何を食べてもスポンジみたいで。もう慣れたけどね」


 瑞希はカツ丼を食べ続ける。その言葉が本当なら、今彼はただの味のしない何かを食べているだけだ。


「瑞希は…出来る場所が悪かったな」


「……だな」


 自分もその内、右腕の痛覚とか無くなって、何も感じなくなるのだろうか。それともこれは、ただの飾りなのか。

 楓と鋭志に聞きたい。感覚はありますか?と。しかしその言葉は怖くて口から出そうになかった。


 瑞希が言った「人間じゃなくなったみたい」という言葉が、いやに耳にこびり付いた。








「なんで貴方達もいるんですか」


「まぁまぁ」


 所変わり、朝いたブリーフィングルームに戻った湊。

 そして右隣には楓、左隣には瑞希、その隣には鋭志。四人の姿を見た玲子はパソコンを動かしながら眉を顰めている。

 しかし湊は、こうやって隣に人がいてくれた方が何となく安心出来る様な気がした。一人だと色々と考えてしまって恐ろしくなりそうだ。


「まぁいいわ。静かにしてなさい」


 そう言った玲子はモニターを映した。その映像は左隣の人物だ。


「結城瑞希。二十三歳、二人目のパイロットです」


 ちらと隣を見てみる。すると柔らかい笑顔を向けられ、湊は思わず前を向いた。


「はっきり言います。鋭志も楓も、瑞希のサポートに過ぎません」


 その言葉の意味が分からず黙る湊。鋭志も楓も黙っている。


「鋭志はベテランです。楓も頑張っています。しかし瑞希は、この二人よりリバティとの適合が素晴らしいのです」


「えっと…つまり?」


「車に例えましょう。鋭志も楓も普通に運転出来ます。しかし瑞希は、崖のある曲がりくねった山道を時速百二十キロで走れるのです」


「なんだよその例え」


「静かになさい」


「はーい」


 楓が途中で口を挟んだが、その言葉は一刀両断された。湊は湊で、何となく想像してみる。しかし、瑞希は凄い人という大雑把な考えしか出てこなかった。

 玲子はメガネをくいと上げながら、モニターに映った鋭志を棒の様な物でバシバシと叩いた。その行動にどこか怨念めいたものを感じる。


「鋭志は初めのパイロットですが、瑞希より弱いです」


「るせーババァ」


「ババァ?貴方よりずいぶん若いですけど」


「皺増えるぞババァ」


 仲が良いのか、悪いのか。本当に仲が悪かったら言葉を交わす事もせず、こんな空気ではないと思うけど。


「湊、貴方がどれ程リバティと適合するのかは分かりませんが、恐らく瑞希を超える事はないでしょう」


 きっぱりとそう言われた湊は、ただ黙ってその言葉を聞く。そしてこんな風に断言されて、ちょっと驚いた。一体瑞希はどれ程素晴らしいのかと。


「検査次第ですが、基本的には瑞希のサポートに回ってもらう事になります。それを頭に入れておいて下さい」


「はい…」









 血圧、脈拍、採血、その他よく分からないもの。まるで病院でする様な事を一通りやらされた湊は今、リバティの前で全裸で居心地が悪そうに座っていた。検査の結果は極普通の数値だったらしい。そして服を全部脱げと唐突に言われて、今に至るのだ。

 そんな湊の隣にいるのは先程のメンバー、鋭志、瑞希、楓、玲子だ。そして湊にはよく分からない色んなスタッフもいる。

 こんな恥ずかしい思いをした事すら思い出せない。湊は顔を真っ赤にさせている。


「な、なんで裸…っ」


「今から乗ってもらうから」


「の、乗る!?」


 裸の理由をスタッフは淡々とそう答え、周りの皆も当たり前の様な涼しい顔をしている。まさかリバティには、裸で乗るのか?一瞬そう思ったがそうではないらしい。


「とりあえず裸で乗って、色々見るから」


 せめて何か隠す物を……そんな事も思ったがそんな空気でもなく、湊は白いリバティに向かって歩いた。


 間近で見たそれはかなり威圧感があり、そしてどこか感情がある様にも感じる。


「リバティは神が造り出した兵器と言われてますが、中身は世界中の人類の英知が詰められています」


 玲子がそう言う。しかし湊は意味が分からずやはり黙る事しか出来ない。

 コックピットと呼ばれる人が入る場所は、リバティの胸の部分にあった。そこのハッチがいつか見たハイテクな映画の様に開き、ぽっかりと開いた空間が湊を見つめた。


「とりあえず、乗って」


 よく分からない機械に乗せられて、湊はリバティの胸元へ上がっていく。下を見れば、楓が大きく手を振っていた。


 ゴクリと固唾を飲み、言われた通りにコックピットに入った。その瞬間、暗かった空間に光が灯る。モニターやら、よく分からないボタンやら、そして操縦桿だろう。快適そうなシートがあり、とりあえず座ってみた。その瞬間、左斜め前のモニターに男の人が映った。


「通信開始。どう?」


「えっ」


 そして急にそう言われ、湊は素直に答える。


「べ、別に普通ですけど……」


 そう言った瞬間、周りからおぉ、と溜息の様な声が聞こえた。それが何を意味しているのか分からず、固まりながらモニターを見る。


「見事に適合しましたねー。後は動くかどうか」


 動く?動かす?どうやって?

 勿論何も分からない湊はそう思う訳で、とりあえず操縦桿らしき物を握ってみるが何も起こらない。


「まぁそれは後日という事で…」



 結局湊は、ただコックピットに入っただけだった。先程上がってきた時と同じ機械が、開いたハッチの前に迫る。「お疲れ様」と言われ、湊はその機械に乗った。そして同時に思った。


 裸の意味があったのかという素朴な疑問と、そして何か、リバティの意思を感じた様な不思議な感覚。








「な、何色にしてもいいんですよね!?」


 地に足を付けた湊は、服を着ながら目を輝かせてそう言った。リバティの色を塗り替えてもいいと言っていたのを思い出したのだ。それを聞いた男性が、パソコンを操作しながら片手間に答える。


「いいよ、何色でも」


「じゃあ、白!このままで!」


「え、いいの?」


「だって、正義のヒーローは白だから!」


 楓がギョッとした顔をした。そして鋭志は白けた顔をしている。湊の言葉に優しく頷いてくれたのは瑞希だけだった。

 自分がこれから乗るであろうリバティは、相棒になるだろう。それだったら、自分の思い立った色にする方がいい。


「名前とかあるんですか?」


「あるよ、一応」


「じゃ、じゃあゴーファイターとか!」


「え」


「え」


「え」


 実のところ、精一杯カッコイイ名前を考えていた湊だが。


「え、え?」


 皆の反応を見ると、そうでも無い様な雰囲気が。


「べ、別にいいけど、浮くよ?」


「えっ」


 男性はパソコンを操作する手を止めて一つ咳払いをした。そして遠くに並ぶ、色とりどりのリバティを見る。湊も同じ様に視線を向けると、迫力のあるリバティに固唾を飲んだ。


「赤いの。鋭志のリバティはブラッド」


「ブラッド?」


「っていう名前」


「へぇ…」


 嫌な予感がした。


「銀色の。楓のリバティはレイン」


「………」


「青いの。瑞希のリバティはスカイ」


 男性がそう言い終わる頃には、湊は両手で顔を覆っていた。あまりにも恥ずかしくて真っ赤になっているのだ。


「それでもゴーファイターって付ける?」


「つ、付けない!す、スノウでいいです…!」


 ジタバタと地団駄を踏む湊を見て、楓は大声で笑った。


「カッコいいじゃん!ゴーファイター!」


「やめて…!やめて…!」


 鋭志も言葉を続ける。


「強そう」


「恥ずかしい…!」


 やはりそんな中でも唯一優しくしてくれたのが瑞希だった。瑞希は湊の肩をポンポンと叩くと、優しい声で言った。


「男の子だもん、そうなるよね」


 あぁ、なんて優しい人だ。そう思ったが顔を上げる事が出来ない。




 こうして湊のリバティの色と名前が決まった。


 白いスノウ。

 雪の様なそれは、きっと血の色に映えるだろう。

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