ブライダルキャンペーン
「久しぶりついでに相談に乗って欲しいワケだが」
大学時代の旧友に五年ぶりに再会して、その場のノリで居酒屋で一杯とばかりに乾杯したところで、ヤツはそんなことを言い出した。
それも何というか、アホなダジャレを披露しては冷めた目線を送られていたアイツらしからぬというのも失礼な話だが、やけに小難しい顔をしている。
「おいおいどうした。抜け毛でも増えてきたか?」
アンドロイドに介護される時代になっても、男のハゲ問題は解決していない。
いやまったく、科学というものはままならないものだ。
「そんな些細な話じゃないんだ」
「男の人生を左右する一大事を些細と言いなさるか」
「実は今度、結婚することになってな」
「へー、そりゃまた珍しい」
ネットの受付はAIの二次元少女が受け持ち、窓口にはトークロイドが座るようになっても、人間は未だ地球から飛び出してはいない。火星に住むなんて何世代先の話なんだろうと思うような状況だってのに、人間というのは人口を減らそうという努力すらしていない。
結果としてと言うべきなのか、冠婚葬祭に対する皆の感覚は淡白になっていく一方だ。実際、寺なんて修学旅行で訪れるための施設である。
墓を作る場所すら、今はもったいないという時代なのだ。
「まぁ、成り行きでさ。で、式も挙げることになったんだけど」
「式って、結婚式のことかっ?」
「うん、まぁ」
「そりゃ凄い。芸能人みたいじゃん」
今のご時世、結婚式などという化石めいた風習を繰り返しているのは、我々に縁のない世界の住人くらいだ。
「たださぁ、結婚式なんてまーったくわからないワケじゃん。俺らくらいの世代だと」
「親父の世代でも式まで挙げるのは珍しいって言ってた気がするな」
「だから何ていうか、業者も妙に一生懸命でさ。あれやこれやと進めてくるんだよ」
「まぁ、そりゃそうだろうな」
斜陽どころか、絶滅寸前の業界というイメージだし。
「でもそれが、やるべきことなのかどうかわかんなくてさー」
「結婚式の定番なんて古風なもんしかわかんないしなぁ」
「さすがに俺も定番なら何とかわかるんだけどさぁ。彼女がどうせなら色々やりたいって言うんだよなぁ。一生に一度だって言われると、つい俺もやってみたくなっちまうし」
「あー、なるほど」
まぁ、気持ちはわからなくもない。
そもそも結婚式などという縁遠いイベント、ネタとしてだけでも見てみたくはある。
「というワケでさ、いくつか迷ってるオプションがあるんだけど、相談に乗ってくれないか?」
「そういう話なら、聞くだけ聞こうじゃないか。酒の肴にはなりそうだし」
「話のネタにはいいよな。当事者としちゃ頭痛いけどさ」
結構悩んでいるらしい。
まぁ旧友の頼みだ。断る理由もない。
「で、オプションって何だよ?」
ゴンドラとかスモーク焚いたりとか、派手な登場演出みたいなイメージはある。
「とりあえず演劇かな」
「……うん?」
「演劇だよ」
「え、結婚式だよね?」
「何か派手な舞台があってさ。専属タレント呼んで歌ったり踊ったりするらしい」
「なんだそりゃ」
「良く知らないんだが、このくらいは常識だって言われた」
「えー……」
お前、騙されてね?
「まぁこれは、彼女も見たいって言ってるし大した金額じゃないからやるつもりなんだけど、聞いたことないよな?」
「ないな。というか、もっと結婚式らしいことに金つぎ込んだ方が良くないか?」
「いや、それがベーシックなプランは基本無料なんだってさ。便利な時代になったよなぁ」
ソシャゲかな?
「一日一回顔を出すとドリンクが一杯無料なんだぜ」
ログインボーナスだ、それ。
「まぁなるほど、大体わかった。つまりオプションを売り込まないとアッチ側としては儲けにならないワケだ」
「そうそう、こっちもそれなりに資金は用意してるから、安ければいいってワケでもないし、何しろ彼女がやる気だからさ。かといって際限なく何でも付けられるほど裕福でもないし」
「おー、何か独身者らしくない悩み方だ!」
「茶化すなよ」
「ははは、悪い悪い。で、次のオプションは?」
「えっと確か……殺人事件」
「……うん?」
「殺人事件が起こるんだそうだ」
「え、ちょっと待って。結婚式だよね?」
「うんそう。で、見事に犯人を当てることができたら、新婚旅行がプレゼント」
「もう何か意味わからないんだが」
「だよなぁ。探偵役もちゃんと作って、こっちは見るだけにしてほしいよ。ただでさえ忙しいのに」
「え?」
「え?」
結婚式に殺人事件が起こることに対する疑問は?
「あ、いや、もちろんわかっているぞ」
「うんうん」
「犯人はスタッフの誰かだよな。さすがに客の一人ってことはない」
「えー……」
そうじゃねーよ。
というか、互いに牽制しあう招待客とか落ち着かんわ。
しかも演劇するんだろ。そりゃお前、劇の中で絶対人が死ぬヤツじゃん。
大惨事だよ。色んな意味でお葬式だよ!
とはいえ、すでに毒されかけているコイツにそう言ったところで、噛み合わない気がするなぁ。
「えっとちなみに、そのオプションに彼女さんは?」
「ノリノリだけど」
「ですよねー」
その女、式場の回し者じゃねぇだろうな。
「まぁ、少しくらいの刺激があった方が後々思い出になるっていうし、今のところは前向きに考えているんだ。どうせ演劇やるんだし、似たようなもんだろ」
「うん、それでいいんじゃないかな……」
遠い人になったなー、お前。
「で、最後のが一番悩んでいるんだけど」
「ほう、言ってみろ」
もう何が来ても驚かんぞ。サーカスでも呼ぶのか。ペンギンショーでもやるか。
「式場の爆破解体ショーなんだけど」
「……うん?」
「爆破解体ショー」
ゴメン。やっぱり驚いた。
「これはもう二度とできませんよとかいわれてさ」
「うん、それはそうだろうね」
式場なくなるしね。
「でもなー、料金高くてなー」
「ちなみにおいくら万円?」
「五千万くらい?」
「ガチじゃねーか!」
それひょっとして、解体費用を客に出させようとしてるだけじゃね?
お前やっぱ騙されてね?
「ちなみに彼女は?」
「もちろんノリノリだよ」
それ絶対業者の回し者だわ。
「まぁいい思い出になるかなと思って、今は前向きに考えているんだ」
「そうか……」
愛は盲目はよく言ったものだが。
僕はヤツのキラキラした瞳を見て諦め、小さな溜め息と共に一言だけ送ることにした。
「お幸せに」
もう既に十分頭が幸せな気もするが。