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Epilogue

 とある空港のロビーは、人の群れで活気に溢れている。日本の空の玄関口だけあって、そこはさながら人種の坩堝といった様相を呈している。

 だが、今日に限ってこの区画は、いつもとは違う妙な雰囲気に包まれていた。よくよく注意しないと気付かぬであろう違和感。しかし確実に、ピリピリと張りつめた空気が漂っているのだ。

 原因は、人込みの中にあった。私服の観光客や、ビジネスマンと思しき風貌の人々に紛れて、明らかに異質な黒服が幾人か紛れている。人種は様々だが、共通するのは真夏にも関わらず黒いスーツを着用し、サングラスで視線を隠しているという点だ。体格も、何かしら鍛錬と積んでいると思しき恵体の者ばかり。察するに、SPと呼ばれる要人警護官の類だろう。そういう人々が、先ほどからしきりに周囲へと探索の目を張り巡らせているのである。それ故、どうにも物々しい。

 彼らがサングラスの奥に宿る厳しい眼差しで探すのは、一人の警護対象だった。

 たった一人の警護対象に、屈強な男が幾人も。ごく普通に考えれば、まさに万全の体勢であったはずだ。ただ、問題があった。

 彼らに命令したクライアントは警護対象でなく、そして、警護対象は恐ろしい程に非協力的だった、ということである。

 空港へと降り立つなり、警護対象は姿を消した。小用を済ますと言って手洗いに入った切り、行方をくらましたのだ。

 ここで対象を見逃しては、彼らの沽券に関わる。ということで、皆必死なのだが、生憎と彼らの奮闘は徒労に終わろうとしていた。

 すでに警護対象――彼女はこのロビーを去っているのだから。


***


 空港から市街地へと運んでくれるシャトルバスが停車している。

 間もなく発車しようと、合図のブザーを鳴らしているところに、一人の少女が息を切らせて飛び込んだ。

 一目見て、誰もが振り向くような可憐な少女だ。年齢はまだ十五、六歳といったところか。透き通るような長い金髪は腰まで伸び、窓越しに入ってくる夏の日差しを受けて砂金のように輝いている。真っ白なワンピースに纏い、同じく白い帽子で顔を隠したその出で立ち。かすかに見え隠れする顔だちも、いずれ絶世の美女と称されることを約束された端麗さを秘めていた。垂れ目がちな大きな瞳は碧く、歳の割に落ち着いた知性的な雰囲気を帯びている。

 乗車客がすべて席に着くまで発車できない。運転手はいささか迷惑そうな顔で少女を睨んだが、彼女は意にも介せず悠々と息を整えだした。

 ややあって落ち着くと、少女は開いている席を探して歩き出した、狭い通路である。ともすればバランスを崩して倒れかねないが、彼女の身のこなしは、驚くほどに安定している。ピンと伸びた背筋、凛とした歩き姿は、周囲から羨望と思しきため息が漏れる程である。

 やがて、少女は視線の先に空席を認め、優美な所作でそこに腰かけた。隣には別の乗客がいて、なにやらせわしなく膝に置いたノートPCのキーボードを叩いてた。

 実を言えば、他にも空席があった。それも、隣に乗客のいない完全な空席だ。だが少女は、それを無視したうえで、敢えてその空席に座った。

 理由、と言えるものはすぐに分かった。

 少女が座席にもたれ掛り、バスは数分の遅れの後にようやく発車した頃である。

 少女の隣の乗客が、キーボードを叩く指を止めた。そして、ちらと少女の方を見やった。

「……お付きを撒くのに、随分時間がかかったんじゃないのかい?」

 突然、話しかけられた。それは、少々舌たらずな女性の声であった。その割に、口調は大人びているのでどこかアンバランスな印象を覚える喋り方だ。しかも、英語。

 だが、少女は驚くこともしなかった。その声に応じて、微笑して見せた。

「ええ、大変でしたわ。お手洗いで服を着替えて、わざわざ変装までしましたの。おかげでどうにか……メリッサこそ、ここまで良くご無事でしたのね?」

 と、柔らかく品のある口調で少女は答えた。育ちの良さを感じさせる言葉づかいである。そして、こちらも流暢な英語であった。

 メリッサと呼ばれた隣の乗客――女性は、事もなげに「まあね」と呟いた。

「高貴な君と違って、私はしがない天才科学者だからね。誰も私の事なんか知らないよ」

 そう言って、ニヤリと笑うメリッサ。

 栗色のくせ毛、そばかす、分厚く大きい丸メガネが特徴的な女性だった。年齢は二十代そこそこだが、子供っぽい人懐こさを帯びた笑顔のせいで、年齢よりよほど幼く見えた。

「天才を自称するところはどうかと思いますけれど、ともかく合流できて何よりですわね……でも、貴方がわざわざ足を運ぶ必要はありましたの?」

「うん、ある。何しろ、こいつを自在に使いこなすライダーが現れたんだからね」

 メリッサは膝元のキーボードを叩き、モニターに映像データを呼び出した。

 少女は身を乗り出して、モニターに視線を傾けた。

 映像の中、そこでは一台のモーターバイクが疾走している。

 真赤なマシン、真っ赤なライダー。淡く光るレーザーランスを携えて駆ける。しかし、その姿はボロボロだ。まだ無事に走っているのが不思議でならない程に。

 やがて、画面には二台のマシンが映し出された。それらは向かい合い高速で接近する。まもなく、各々のライダーはランスを構え、そして、交差した。

 少女は目を見開て、その光景を脳裏に刻み付けた。そして、記憶の中にその映像を反芻する。何度も思い出し、その度に確信するのだ。

 あの赤いマシンの加速力は尋常ではなかった。並みのライダーなら、その衝撃で狙いもままならないはずなのに、彼は物ともせず果敢に飛び込んで、勝ちを収めた。

 しかも、その技は《デッドリー》ときたものだ。

 少女は思わず身をすくめた。両腕で己を抱きしめる様にして、震えた。

 心臓の鼓動が跳ね上がる。身体が熱くて仕方がない。

 恋というものはまだしたことがないが、きっとこの感情はそれと近いに違いない。少女はかつて感じたことのない激情に、心を焦がしていた。

 メリッサが鼻を鳴らした。呆れるのを通り越して、もはや笑うしかないとでも言った表情である。

「私も最初は驚いたよ。だって、軍用の高出力モーターだ。デチューンしたって、バイクに乗せる様な代物じゃない。まったく、ミハルはどんな魔法を使ったのだか……それにこのライダー。体幹、動体視力、センスもいい。これがデビュー戦とは恐れ入る。名前はええと……」

「ヤマガタゲンジ、ですわ」

 少女は即答した。端正な顔立ちが熱を帯びて、ほのかに赤く染まる。もはやその表情は、恋する少女のそれである。

 ――だが、厳密は違う。恋を告白したいのではない。愛を囁きたいのでもない。

 なぜならば、彼女もまた機馬を駆る者だから。

「やれやれ、それが一端のお嬢様……いや、騎士様がする顔かな? なあ、クリス・サッチャー?」

 皮肉っぽい微笑を浮かべるメリッサ。

 けれど、少女――クリスは、敢えて無視した。知るものか。この感情は、きっとブラストライダー同士にしか分からない。

 だから、この国にやってきた。

 彼に会うために。この気持ちを伝えるために。

 槍を、交えるために。

 モニターの中、試合はヤマガタゲンジの勝利に終わり、ウィニングランの光景が映し出されていた。停車し、ホームストレートの真ん中で手を振るゲンジの傍らにチームメイトが駆け寄った。

 そこには一人、ショートヘアの少女がいた。二言三言、言葉をかわしたらしい、その後。

 少女が涙を浮かべながら、ゲンジに抱き着く……そんな映像が、大写しになった。

「はっはっは、ミハルめ。やるじゃないか」

 などと、メリッサが口笛を吹いた。

 たしか、この少女は彼女の友人だったか。名前は……覚えていない。今、クリスにはゲンジという豪槍の騎士以外、眼中にないのだから。

 クリスはやがて来る歓喜に期待しつつ、静かに宣言した。

「きっと、待っていてくださいませね? 《虎の後継者》、ヤマガタゲンジ……私が、貴方を屠ります」


――to be continued……?

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