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Chapter38

「とったぁぁぁぁ! 試合開始から20分、膠着状態を破り最初の一本を取ったのは、必死のクラッシュから蘇った不死鳥、山県源士選手だぁぁぁ!」


「し、信じられません! 試合中止どころか、再起不能になってもおかしくなかったのに……」


「ところがどっこい、生きていた! 骨の髄までしぶといのがこの山県選手です! 転倒のダメージをものともせず……むしろ身体のキレは増したように思えましたが……?」


「間違いないでしょう。さっきの《デッドリー》、僕には目で追うのもやっとでした」


「死に近づくほど強くなるのでしょうか?! まるで某野菜星人のごときパワーアップです! この勝負、決まったか?!」


「……いや、これで終わりだとは思えない。僕にはまだ、真田選手が百パーセントの力を出しているとは思えません」


「おおっと解説の高山さんはさすがブラストライダー。経験豊富な真田選手が持つ隠し玉に感づいた模様です! 高山さん、それは一体?!」


「それは……」


「それは……?(ゴクリ)」


「ちょ、超必殺技とか?」


「……はあ、ないわー(嘆息)」


「こ、こいつ!」


「さあ、イマイチセンスに欠ける高山さんはほっといて、後半戦も目が離せません!」


***


(こいつの限界は……どこや)

 胸にはまだチリチリとした痛みが残る。源士のレーザーランスに穿たれた部位に、スーツに備わった触覚センサが電流を流すのだ。気絶こそしないが、思わず呻く程度の衝撃は来る。

 その痛みが何を意味するか。隆聖は思わず奥歯を噛んだ。

 疾く、のみならず、極めて精確な一突きだった。あれが一度クラッシュして生死を彷徨った人間の為せる技か? しかも、マシンは相当損傷したように見えたのに。

(あれだけの事故の後やぞ。試合続けるんも当然異常やけど、普通は怖気づくはずとちゃうんか)

 人は、恐怖と言うものには過剰に反応する。理性とは関係なく、身がすくむ。身体が強張る。そうなれば当然、いかなる剛槍も輝きを失って凡庸なものとなる。

 大なり小なり、それが普通だ。だからブラストライダーは、その恐怖感に打ち勝ってベストのコンディションを維持しなければならぬ。それでも、いくらかポテンシャルは落ちるというのに。

 あの男、山県源士の槍は衰えないどころか、更に冴えるようになったのだ。

 予兆は、あった。

 源士の槍撃が、交えるごとに勢いを増していく。最初は目で追い切れた一撃が、徐々に隆聖の胸元に迫ってきた。

目視からでも余裕だと思っていた《デッドリー封じ》が、いつしか奴の動きを読まざるをえなくなった。

戦いの中で強さを増していく。漫画と思うなかれ、極度にコンセントレーションを高めた人間には、ままあることだ。

だが、こいつに限っては――

(死にかけて、頭がプッツンいったか? 化物め)

 そう思わせる程に、源士のポテンシャルは常軌を逸していると思えた。

 フラッシュバックする光景。獣が爪牙を振るうがごとき山県源士のチャージング。ともすれば、トラウマとなりかねない戦慄。

 だが、だが!

(ありたがい……な、これは)

 ヘルメットの奥で、隆聖は笑みを漏らした。

アクセルを開放する。マシンの咆哮が増し、加速。操縦ミスか、そうではない。

 急くほどに、次の決闘に焦がれているのだ。

 実の所、隆聖は安堵していた。ブラストライダーであるならば、戦うことが至上。だが源士がクラッシュしたのを目の当たりにしたとき、あろうことか立ち上がってくれるなと念じてしまった。

 想定以上の激戦だった。まだシーズンも初め、これ以上の消耗は避けたいという気もあった。

が、そんなものは建前だ。詰まる所、隆聖は源士の苛烈な攻撃に恐怖したのだ。

ブラストはスポーツ、決して殺し合いではない。なのに、彼は死に瀕しても戦うのを止めず、その一撃には殺気さえ纏わせた。

 この期に及んで、まだ心のどこかで、彼がデビューしたての新人だと言う驕りがあった。

 もう、そうは思うまい。山県源士は全身全霊で倒すべき敵。挑戦を争うべき好敵手と判断した。

 そう心を決めた瞬間、まだ胸の中でチラチラと燃えているものに、隆聖は気付いた。

 それはライダーとしての矜持であるならば、自分はまだ戦えると確信する。

 傷ついた深紅のマシンが見えた。

 隆聖はランスを構えた。燐光が明滅する。

 もはや源士に《デッドリー封じ》は通用しないだろう。長年かけて培った隆聖の切り札は敗れ去った。だが、それだけが隆聖の全てではない。

(このまま、ズルズルいくとは……思わんことやな!)


***


 盛大に吹き飛んだ割に、《四式カザン》の調子はすこぶる良好だ。

 事故る前まであった微妙な反応の遅れや回転数の遅れが感じられない。今や《カザン》は源士のイメージ通りに動く。

 古い機械は叩けば直るなんて言うが、こいつもそうなのだろうか。

『んなわけないでしょ! このエンジン、ロクに慣らしもしてなかったから、これでようやく本調子なのよ』

 無線越しに美晴が吼える。ビリビリと鼓膜が振るえて、源士は思わずヘルメットの上から耳に手を当ててしまった。

 しかし、なるほどだ。《四式カザン》のメーンモーターは、この試合の直前にゴタゴタしながらも載せ替えたもの。慣らし運転どころか、テスト起動もおぼつかない程ぶっつけ本番で使いだした代物だ。

 それが今になって、本来の能力を現したのだ。やれやれ、遅いお目覚めである。

 ともあれ、この試合中には間に合った。源士の側も、クラッシュした時の様な過度の集中はない。極めてクリアな思考を維持できている。

 故に、もうすぐだ。脳裏に焼き付いたイメージ通りの《デッドリー》が、成る。

 見た目はボロボロながらも驚異的なパワーを絞り出す《四式カザン》が、高速でコーナーを駆けあがる。

 ストレートにいたり、隆聖の《センチピード》が姿を現した。

 後一つ取れば、自分の勝ちが決まる。それで、この戦いは終わりだ。

 源士はランスを腰だめに構えた。例によって、それは《デッドリー》の予備動作。沈み込んだ下半身のバネに力を貯める。突進重視のモーションだ。

 焦っていない。視界もクリア。コンディションは悪くない。

この《デッドリー》で、決める。

……いや、待て。源士のかすかな闘争本能が告げる。

隆聖の挙動に違和感を覚えたのだ。ランスの穂先がゆらゆらと揺れている。しっかりとランスを保持できていないとすれば、手首でも痛めたか。

まさかな。真田隆聖はその程度の不調を気取らせるような男ではない。

 で、あれば。その真意は――?

 息をつく間もない。高速で疾走するマシン同士は、一瞬で接近する。

 体当たりをするかの様に急加速をかける源士。強烈なGが身体にかかるのを無視し、源士はその勢いに乗せて、足腰のバネを一気に解放する。まるでカタパルトから打ち出された戦闘機の様に、源士の上体が跳ねる。

(来るか、真田)

 これまでの隆聖ならば、敢えてチャージングのタイミングを遅らせて、源士の《デッドリー》を捌いていた。彼をして《デッドリー封じ》と称する高度なカウンター戦術だ。

 ――が、今。目の前に迫る男は戦法を変えた。

 源士のチャージングとほぼ同時。隆聖のランスが煌いて、源士の胸元へと突きつけられる。

 源士は目を見開いた。槍捌きが必ずしも直線的でないのは知っている。穂先を跳ね上げる様な《ホップアップ》。急激に槍筋を曲げる《スライダー》。そう言った技巧系のスキルを、隆聖がマスターしていないはずはない。

 しかし、その槍筋は源士の想像を超えた。

 回避――出来ない。槍筋が読めない!

 上下左右、緩急自在。のた打ち回る蛇の様に槍筋を変えながら、その穂先は源士の懐へと吸い込まれた。


***


「はっはぁ! お返しや!」

 今までの鬱憤を晴らすように隆聖が叫ぶ。

 勝負はまだ終わらせないとばかりに、彼のチャージングが源士を捉えたのだ。

 源士はさぞ目を丸くしたことだろう。槍の軌道を変える技は数多くあるが、これほ無軌道に暴れまわるタイプは少ない。

《スネイク》は、そういう技巧系でも最高峰の技である。

 思えば、《デッドリー》と当たることに夢中で、本来の戦い方を忘れていた。

 確かに、それで勝てるものか。

 自分は、真田隆聖と何者だ。自分がこれまで鍛え上げてきたものは、何だ。

(少年、いや山県源士。君は強いな。あと、五年……三年もすれば、君は僕なんか及びもつかんライダーになるやろう。でも、今は―――)

 さあ、次は何を打とう。幸い、技の数なら腐るほどある。百度戦っても、なお見せきれないほどの技が、隆聖の身体には記憶されている。

真田隆聖。その二つ名は《スキルブック》。技の数なら、右に出る者はいない。

 故に、隆聖は高らかに声を上げた。

「今はまだ、僕の方が強い!」

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