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Chapter22

 ブラストに限らず、とかくモータースポーツとは金のかかるものである。年間通して一台のマシンをサーキットへ送り出すために、一体ン億の金が必要なとなるのか。源士には及びのつかぬような天文学的な数値となる。故に、各チームはこぞってスポンサー集めに奔走するのだ。

 そういう意味では、《甲斐カザン》は規模、資金力共にあり得ないほど貧弱である。街角の寂れたバイク屋を根城として、チームの運営からマシンの開発までほとんど美晴が一手に引き受けていると言って良い。

 当然、設備も最低限。モーターを回すだけならともかく、試運転などはわざわざ何処かのサーキットを借りる必要がある。

 そう、問題はサーキットだ。こればかりは、例え金があったとしても易々と解決できるものではない。練習用の直線コースと言え、ブラストとゼロヨン以外に使い道のなさそうな施設を立ち上げられる土地は少ない。

 だが、コースは厳としてここにあるのだ。それだけで、このチームがいかに高い資本力と実績を残してきたかが分かる。

 源士と兵吾はそびえるゲートを前にして佇んでいた。二人とも毒気を抜かれたように、シャッターで固く閉じられた門を見上げている。

「……でけえ」

「ああ……でかい」

 兵吾の疲れた声の呟きに、源士も頷く。確かに、見るからに巨大なゲートではある。傍らには警備員が控えて目を光らせている当たり、その警備も厳重だ。

 だが、兵吾はこんなゲートを差して呻いているのではないことは先刻承知である。ゲートは彼方に見える湖畔まで届く網フェンスが伸び、そこからは、わずかながら向こう側の様子も観察することが出来る。

 道中の車から見えた長大なコースはもちろんの事、整備された敷地内には小さいながら数種類のテストコースが併設されている。それに、立ち並ぶ建造物。ここからだけでも、五階建てのビルとドーム状の施設が見て取れた。これだけ見ても、兵吾が何を持ってその巨大さに息を呑んだのか分かるだろう。

「びっくりした? びっくりしたよね?」

 と、海野恭子の得意げな声。

「うちのチームはマット・オートモーティブ傘下のセミワークスチームなの。よく開発中のマシンテストなんかもやるんですよ?」

腰に手をやり、胸をそらす恭子。二つの巨大な水蜜桃がたわわに揺れる。

「……でけえ」

「ああ、でかい」

タンクトップ一枚という超軽装備に包まれた凶暴なブツに息を呑む二人であった。これはこれで、別の意味で脅威ではある。

 とまあ冗談はさておき、これではっきりとしたことがある。

 恭子の嬉々とした説明に登場したマット・オートモーティブ、通称MAM。国内で五指に入るモーターバイクメーカーであり、ブラストは勿論、世界の主要なレースにもフルシーズンでマシンを送り出すような、高い開発力を持つ企業である。『海野シックスセンス』はそんな一流メーカーからマシンを供与されているのだ。

 おまけに、これだけの施設を運用しているとくれば、明らかに分かる。《甲斐カザン》とは完全に格が違う。源士は目の前にうず高い壁を見たような気がした。

「女子のサイズも桁違いだしな……」

「ええ? 何か言いました?」

「いや、こっちの話っす」

「? ……そう。それじゃ、行きますか」

 恭子が門を背にして、手を一杯に広げた。

「行くって、何処へ?」

 兵吾が首を傾げた。こいつ、ナチュラルに当初の目標を忘れている気がする。

 源士などは、彼女の名前を聞いてここに辿り着いたとき、薄々この展開を期待していた。何しろ、正門から堂々と進入するわけにも行かないかない。ちょうど、どうやって忍び込もうかと思案していたところだ。

「助けてもらったお礼に、中を案内しましょう。チームのファンを無下にしたとあっては、海野の名が廃りますしね」

 特別ですよ? と、恭子がウィンクして笑った。

 そう、これで合法的に《シックスセンス》の施設に入り込むことが出来る。源士の望むべきところだった。

 と、兵吾に脇腹を肘で小突かれた。その顔は随分と不満そうで、源士はじっとりと睨まれた。

「もしかして狙ってたのはこれか? 俺の純情に付け入って?」

「馬鹿言え、さすがにここまでは考えてなかった……それから、男が頬を膨らませるのはやめろ」

「ちぇっ……しかし、これで当初の目標はクリアできたってか……なんだ、その顔」

「いや、目的は覚えてたんだなぁ、と」

「おーい、私蚊帳の外じゃありませんかー? 行きますよー?」

 恭子がゲートの前で呼ぶので、二人して小突きあいながらそこに向かう。

 と、そこには備え付けのコンソールがあった。カードの読み取り口と液晶パネルが埋め込まれている。恭子が首から提げたカードをかざすと、子気味良いベルの音と共に彼女の顔と名前がパネルに表示された。

 音を立てて門が開く。そこを、悠々と恭子がくぐっていく。

 それに倣うように、恭子の後を続く源士と兵吾。が、二人を遮って、一瞬でゲートは閉じてしまった。

 思わずたたらを踏む源士。コンソールには『未登録者です』の警告表示があった。

 すると、格子の向こうで恭子が申し訳なさそうに両手を合わせて言った。

「ごめんね。そこ、名前打ちこんでもらえるかな?」

 パネルには『ゲスト登録』の文字。なるほど、これで入場者の管理をしていると言う訳か。

 コンソールの前に立つ。表示されたキーボードに触れかけた時、源士とふとその指を止めた。

「どうしたんだよ源士、さっさと行こうぜ?」

 怪訝そうに尋ねた兵吾は、さっさと自分の名を打ちこんで行ってしまった。

 いや、あいつは別によい。この時点で誰かに名前が知られているわけではないのだから。

 だが、源士の場合はどうだ。いくら底辺チームの新人選手といっても、これから戦う相手。《シックスセンス》のスタッフも、名前くらいは把握しているに違いない。事実、真田隆聖はご丁寧にあいさつ回りまで訪れたのだ。

 であれば、保険をかけるに越したことはない。

 源士は少し考えて、コンソールに『長尾景樹』と打ちこんだ。許せ長尾。しかしこちとら、お前と勝負して勝った身。多少の得は取らせてもらう。

 ……と、思いきや、続いてコンソールに表示されたのは、思いもよらぬ文言だった。

『既に登録されている名前ですが、よろしいですか?』

「ああ?」

 源士は眉をひそめた。

 こんな名前の人間が二人も居てたまるか、と思う。だが、この表示を見る限りは『長尾景樹』という名前の人間が、この施設にいることになる。

 源士は思わず、門の向こうにある建物の群れを眺めた。

「まさか……なぁ」

 そんな偶然がそうそうあるまい。源士は何かの間違いだろうと断じて、別の名前を入力した。

「なにモタモタしてんだ。いくぞ!」

「そう焦るなよ。今行く」

 焦れた兵吾の声に応えて、源士はゲートをくぐった。

 誰がその画面を覗いたわけでもない。ただ、コンソールには源士の打ちこんだその名前が、しばらくの間点滅状態で残された。

 そこには『飯富虎生』とあった。

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