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Chapter21

 野郎二人でバイクに跨り、東名高速をひた走ること二時間弱。道中、徹夜明けの眠気に負けて振り落とされそうな兵吾に肝を冷やし、派手な様相の四輪車に煽られ絶叫し……どうにかたどり着いたのは――

「ずぇぇ……あっじぃ」

「どこだろうな、ここ……」

 見渡せば、店や民家よりよほど田んぼの方が多い田舎の国道沿い。

道の駅と言えば聞こえは良いが、自販機が数台並んだだけの駐車場。ふてぶてしくも大の字になって転がる兵吾と、頭からタオルを被って座り込んだ源士の姿があった。

 結論から言えば、目的地はまだ遠く。何処とも知れぬところで足止めを食っていた。

「さすがに、甘く見過ぎてたかな」

「ダダ甘だ!」

 先ほどまでダレていた兵吾が飛び跳ねるように起き上がった。

「大体だなぁ! どこの世界に所持金千円で高速乗って二百キロも長距離移動する馬鹿がいるよ?!」

「すまんな、今八七〇円になった」

「ジュース飲んでじゃねぇよ! なお悪いわ!」

 兵吾に目一杯はたかれるも、源士は気にせず缶コーラのプルタブを引いた。

 冷たい炭酸で渇いた喉を潤したところで、わずかばかり理性を取り戻す。が、現状を打開する策などが思いつくわけでもない。さすがの源士も途方に暮れて、傍らで物言わぬ鉄の塊になったバイクを眺めた。

 ガス欠、いやエレキ欠とでも言うべきか。出がけにフル充電したバッテリタンクは、もう単三電池ほどの能力も残っていない。

 緊急用に積んでいたシート型ソーラーパネルも繋いでは見た。が、一時間かけてようやくバッテリゲージが一目盛動く程度の充電効率では、焼け石に水もいいところだ。

 芦原学園は原則アルバイト禁止である。最近は美晴に態の良い小間使いとしてこき使われているが、当然のように無給だ。

 と言う訳で、日ごろ金のない源士がこのように上等なバイクを自前で持っているはずもなく、美晴の店に陳列してあった売り物を拝借してきた。

 しかも、無断である。

 良く考えなくとも窃盗、警察沙汰なのだが、美晴との言い争いが尾を引いて頭に血が上っていた源士は、そんなこと気にも留めていなかった。一応、店には『ちょっと借りてく』と置手紙を残してはきたが。

 あいつ、今頃カンカンだろうな……などと、携帯電話を取り出して確認すると、案の定五分おきに着信履歴とメールが残されている。メールなどは、恐ろしくて開ける気にもならない。

 だが、すぐに気が付いた。この着信履歴、全部駒井雅丈からのものだ。

 甲斐美晴からの着信は一つもない。

(あいつ、根に持ってやがる)

 美晴は職人肌の人間だ。そして、そういう人種にありがちなように、やはり強情な気質の持ち主だ。間違っていないと確信しているならば、絶対に自分の意見は曲げず、謝ることもない。

 だから、この音沙汰なしはある意味で『もう好きにすれば良い』という彼女の意思表示なのだろう。

 強情なのは源士も大概で、売り言葉に買い言葉。こうして頭に血が上ったままで飛び出してきてしまった。流石に、財布の中身くらいは気を配るべきだったが。

「しかしまあ……俺ぁビビったよ。まさか――」

 兵吾が半ば呆れ顔でぼやく。

「真田隆聖に会いに行くなんて言い出すとはな」

 そう、なんの目的もなく闇雲に走って来た訳ではない。これは偵察だ。

 今の美晴の言葉も、作戦も、とてもではないが信用できない。だが、あれほど強気だった少女に、「今のままでは勝てぬ」と言わしめるほどの『何か』を持つ男だ。

 だが、手掛かりはわずか、『スキルブック』というあだ名と初めて出会った時の人を食ったような笑顔という印象のみ。

 手掛かりが、判断に足る情報が、あまりに少なすぎる。

 あるいは、本当に美晴の言うとおり、真田隆聖が信念をかなぐり捨ててでも立ち向かわなければならぬ相手だとしても。

 その判断だけは自分の目で付けたかった

 そうしてはるばるやって来た。ここは浜名瀬。日本海に面する地方都市の、その郊外に位置する土地である。

 そして、真田隆聖が所属するチーム『海野シックスセンス』の根拠地。

 シックスセンスの練習施設に乗り込み、奴の走りと戦い方をこの目でしかと見てやろうという腹積もりだった。

 しかして、結果はこのザマである。大事な足が役立たずとなった今、行くも戻るも地獄だ。

「で、どうする? 助けでも呼ぶか?」

 兵吾が携帯電話を掲げてみせる。美晴を呼ぶか? バンで迎えに来てもらい、そのままバイクごと尻尾を巻いて逃げ帰るのか……

「それだけは……死んでも嫌だな」

 源士は重い腰を上げた。目の前を横切る太い車道の端に立つと、右腕を高さまで掲げてみせる。

 握り拳に親指は突き上げて、所謂サムズアップの構えだ。

 つまりはヒッチハイク。足がなければ現地調達すればよいじゃない、といった具合である。そこに、丁度良いタイミングで一台の乗用車が通りかかった。

 ゆっくりと速度を緩める赤いクーペ。どうやら停まってくれそうな雰囲気だ。

 ようやく俺に運が巡って来たかと、安堵する源士。バイクは最悪ここに置いておいて、後から回収すればよいか。今はともかく、『シックスセンス』の本拠地へ、などと既に次の事を考えて居る所――

 ドアの窓を開けた運転手の男は、源士を一瞥するなり一言。

「あ? なんだ、男か」

 鼻で笑うと、そのままあっさりと走り去ってしまった。

 後に残るは、漂う排気ガスの絡みつく臭い。そしてぽつねんと佇む源士に、背後で腹を抱えて笑い転げる兵吾くらいのものである。

「だぁーっはっは! そりゃそうだろ! お前見てえなクソでけえ野郎を誰が乗せてくかって!」

「お前……言ってはならんことを」

 何となく、分かってはいたのである。こういう事をやって様になるのは決まって美人の女性と相場が決まっている。ただ、ちょっとした憧れもあるではないか。

ロードムービー的な、ロマン的な……などと、柄にもなく赤面する源士であった。

「しゃあねえな! 俺がいっちょ、引っ掛けてきてやる」

 源士の背中を軽く叩いて、道沿いに兵吾が立った。彼にしては珍しく、サムズアップを掲げた姿はどこかビシッと様になっている。

 と、折よく一台の車が通りがかった。乗用車だろうが、そのサイズはいささか大きい。荷台付きの大型車両、所謂ピックアップトラックという類の車だ。アメリカの田舎道を我が物顔で走っていそうな、アレである。

「見てみな、ああいう車が狙い目なのさ。明らかに家族連れとかカップルじゃねえ。道楽で日本一周とかするタイプのおっさんだ!」

「そういうもんか……? っていうか、そんなおっさんで大丈夫か?」

「そういうもんなの! 背に腹は代えられないの! この際おっさんでもいいの!」

 ちょっと涙目になっている兵吾であった。さっきまでの威勢はどうした。格好悪いぞ小山田兵吾。

 しかし、この際好き嫌いを言っていられないのも事実。兵吾の勇姿を拝むのもまた一興か。

 ピックアップトラックが迫り来る。ドカドカとアメ車らしい爆音をまき散らしながら接近する。

 どんどん、どんどん近づいて――

「まあその、なんだ。ドンマイ?」

「……うるせえ」

 そのまま通過していった。今度は停車も、辛辣な一言もない。代わりに、白煙じみた排気ガスは十割増しで立ち昇るだけであった。

「ああもう知ってましたよぉぉぉ! どーせヤローがシナ作って誘ったところで誰も寄ってきませんよぉぉぉだ! くっそー、ガンガン冷房の効かせた部屋でダラダラしてぇぇぇぇ!」

 兵吾の慟哭が天高く響き渡った。血涙でも溢れ出さん勢いである。

 とは言え、そんな気はしていた。二人とも、所詮は家出息子の浅知恵だ。

「とりあえず別の手を考えるしかないな。どこかで金を借りれば、バイクの充電くらいはできるかもしれん」

「もう、何でもいい……俺の心のささくれと、この暑さを癒してくれれば……うっうっ」

 五体投地で咽び泣く兵吾を宥めすかしつつ、源士は周囲を見回す。しかし、金を借りるにしても、見知らぬ民家の門を叩くわけにもいくまい。あからさまに不審者扱いされるのがオチだ。

 せめて、近くにも交番でもあればよいのだが、向こう十キロそのような公共施設がありそうな雰囲気はない。何しろ、ここいらにはコンビニすらないのだ。ともすれば、充電スタンドもどこまで行けば見つかるやら。

「芦原も大概田舎だが、これほど人気がないとは……空気が美味いのはともかく……ともかく……?」

 いまだ濛々と漂うピックアップトラックが白い煙に、源士は思わず鼻を覆った。排気ガスだ。当然、刺激は伴う。

が、それにしてもこの臭いはきつい。かすかに饐えたようなガソリンの臭いが混じって……これは、不完全燃焼か?

 源士は今しがた通り過ぎたトラックを目で追った。ひたすら続く一本道、既に豆粒ほどの大きさに遠ざかっているものと思っていたが。

「おい兵吾、整備員。お前の出番かもしれんぞ」

「ふぇえ? なに……?」

 軽く蹴りを入れて兵吾に起きるように促す。兵吾はさながら、路上で干からびたカエルの様に仰向けにひっくり返ると、源士の指差す方に顔を向けた。

 件のピックアップトラックが、思いのほか近くで停車していた。距離にして、おおよそ五〇メートルといったところか。

 しかし、運転手は兵吾のヒッチハイクを受けて車を停めたわけでもなさそうだ。一目でわかる。車体の前方から、明らかに異常な白い煙を立ち昇らせていた。

 その内、運転手が堰を切ったように飛び出してきた。当然と言えば当然だろうが、慣れぬトラブルに慌てふためいて車の周りをうろうろしている風に見える。

「恩を売るチャンだ。上手く直せれば、そのまま乗せていってもらえるかもしれない」

「はああ? だって、煙吹いてるぜぇ? 危ねぇから俺ぁ逃げる」

「そうか、無理か」

 源士は実に残念、という風に俯いて言った。

「あの運転手、彼女も喜ぶと思うんだがな……?」

「おいちょっと待て今なんつった?」

 兵吾が光の速さで生気を取り戻した。プロアスリートもびっくりの腹筋力で起き上がる。

 そう、この距離でもしっかりと判別がつく。デニムジーンズと黒のタンクトップというラフな格好は、体のラインを実に分かりやすく浮き上がらせている。肉付き……もとい、小柄な体格に、魅力的な胸部と臀部のふくらみ。間違いなく女性だ。

 その女性が、なんとも悩まし気な表情で、こちらに目をやった。

 兵吾が思わず生唾を飲んで呟いた。

「俺にも春が来たな……!」

「テンション上がってるとこすまんが、今は夏だ」


***


 アメ車というのは良い。乗り心地はともかく、欧米人の体格に合わせて設計されているだけあって、源士のような大柄の男でも存分に足を延ばすことが出来る。

 エアコンの涼風を顔面に浴びながら、源士は束の間訪れた至福の空間にほっと息をついた。

 今、源士はトラックの助手席に座り、流れていく風景を眺めている。背後のシートには兵吾。それに、荷台にはエレキ切れで役立たずとなってしまったバイクも一緒だ。

「二人とも、ほんっとーにありがとね! モーター系ならともかく、私ってばエンジン車は疎くって。おねえさん、とっても助かっちゃいました!」

 運転席でハンドルを握るのは件の女性。随分と上機嫌なようで、ラジオから流れてくる古いジャズソングのリズムに合わせて頭を左右に傾ける。そのたびに長いポニーテールが揺れて、女性らしいちょっと甘い匂いが源士の鼻先をくすぐった。

「いやぁ……その……あなたの美しさが僕に力を……その」

 顔を真っ赤にした兵吾がなにか呟いているが、声が小さすぎてわからない。察するに、何かしら気の利いた、もしくは歯が浮きそうな臭いセリフでもささやきかけているのだろうが、そこは悲しきかな男子ばかりの理工系学生の性。あまりにもウブである。

 とはいえ、兵吾の気持ちも分からなくはない。

 大学生くらいだろうか。その女性は自分より二つ三つ年上らしく、妙に大人びた雰囲気を帯びている。それだけでも、普段接している異性、小娘感満載の美晴とは大違いだ。垂れ目気味の優しげな双眸も相まって、お隣の優しいお姉さんといった印象を覚えた。

 だが、何よりも目を引くのは、その胸部。タンクトップという軽装甲かつ多分に肌を露出した服装の胸元からは、明らかに巨大なふたつの膨らみが、今にもこぼれ出しそうだ。

 女性との色恋沙汰にさして興味のない源士であっても、その破壊力には思わず戸惑ってしまい、外の風景に目を向けて気を逸らしているというわけだ。

ま、兵吾の方は、チラチラと後ろからあの胸元を覗き込んでいるようだが。気付かれていないとでも思っているのだろうか。

 彼女は自らをキョーコと名乗った。このあたりに住む地元民だということだが、オーバーヒートしてしまった彼女の車を兵吾と二人がかりで修理して、その礼代わりに同乗させてもらうことに成功した次第である。

 行き先、すなわち《海野シックスセンス》の名前を告げたら、彼女は二つ返事で引き受けてくれた。まさに幸運だ。

「それにしても、何もなくてびっくりしたでしょう? この辺、本当に田舎だから」

「ええ、まあ多少は……強豪チームの本拠地だとは、聞いてたんですが」

「えへへ、嬉しいこと言ってくれるねえ。理由はね、実際に敷地を見てもらえれば分かるよ」

 キョーコは嬉しそうに頬を緩めた。まるで自分の事の様にはしゃいでいるので、源士は首を傾げた。

「でも、どうして《シックスセンス》のチームセンターなんかへ? 観光……ってわけじゃないよね」

「見学と言うか、偵察と言うか……」

「偵察? ……あなたもしかして」

 途端、キョーコが怪訝な顔で源士を睨んだ。

 まずい。言ってしまってから、源士は自分の考えのなさを悔いた。車の往来もそれほど多くない道である。おまけに、このあたりには《シックスセンス》の所有する施設くらいしかないと言う話だ。

ということは、彼女が《シックスセンス》の関係者だとしても、なんらおかしな話ではない。そんな彼女に偵察などと意味深な言葉を投げかければ、疑われるのは当たり前だ。

(これは、放り出されるかな……)

 などと、気を揉んでいたところ。

「もしかして、ライダー志望なのかな? そうだよねぇ。あんなバイクに乗って、旅してるんだものね?」

 予想に反して、キョーコは微笑ましげな眼差しを送ってきた。

 そうか、さすがに十六、七でプロのブラストライダーというのは、そうそういるものではない。ちょっと背伸びしたアマチュアライダーの学生くらいに思われたのだろう。

 誤解であるが、今はそのほうが有難い。源士は努めて平静を装って頷いた。

「でも、ウチと契約するのはきっと難しいかな。なんたって、今ウチにはリューセーさんがいるからね」

「……真田隆聖?」

「そう。良く知ってるね」

知っているに決まってる。

それは源士が戦うべき敵。

そして、美晴の信念すら揺らがせる男。

「強いよ、リューセーさんは。なんたって、ウチのサブライダーを全員倒して、今期のファーストライダーになったんだからね」

 どうやら、余程過酷なテストをパスしてチームに入団したらしい。源士には皆目見当もつかないが。

 だが、余計に知りたくなった。そんなリスク背負っても、《甲斐カザン》を捨てたという男の心の内を。そして、実力を。

 ……ところで、それはそれとして、だ。

「随分と詳しいようだが、あんた一体何者なんです?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

 キョーコは柔和な笑みで言った。

「私は海野恭子。《シックスセンス》のマネージャーです」

「海……野……? ってことは……」

「あ、見えてきたよ」

 海野恭子が指差した先、源士は眩しさに顔をしかめた。 

 長く続いた一本道の突き当り、開けた視界の先には、膨大な水を湛えた湖が現れた。さざ波すら立つ、海と見紛うような巨大な湖だ。その湖面のきらめきが、源士の視覚を刺激したのである。

 そんな光の反射にも馴れだすと、もっと別な存在に、源士は目を奪われた。

湖に隣接する形で、太いアスファルトの道が一筋伸びている。だが、その道は何処にもつながっていない。ここまでの道のりとはまるで違う、世界から隔離された一条の道路。

 いや、そんなまどろっこしい言い方をせずともよく、源士はこの世界を良く知っていた。これまで何度も走り抜けてきた彼の主戦場。

 モーターバイクが駆け、互いの槍が交差する鉄火場。

 芦原にあるものと寸分たがわぬブラストコースが、そこにあった。

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