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Chapter11

『山県が長尾下す/白昼の決闘で下克上』


 昨日、ブラスト部練習用競技レーンにて長尾景樹(二年生)と山県源士(二年生)の試合が行われ、山県選手が2-1で勝利した。

 対戦は終始、山県の優勢で進み、1-0で迎えた最終戦では山県の十八番急加速からのチャージングで長尾を下した。

 敗北した長尾はこの際落車し、医務室へ緊急搬送。幸い、軽傷で命に別状はないとのこと。しかし、同選手は試合直前にプロへの転向を宣言しており、早くも今後のブラスト活動に暗雲の立ち込める形となった。

 なおこの一戦後、駆け付けた教員により会場は封鎖。私闘であるとし、山県とメカニックの小山田選手の両名は退部処分と二週間の停学。そして共謀者として甲斐美晴(二年生)、駒井雅丈(三年生)に二週間の停学処分が言い渡された。

【新舘伊知子】


《芦原学園日報 第5873号より抜粋》


***


 源士はスロットルを握り締めた。

 雄叫びを上げるモーター。歪む視野に目をしかめながら、源士は数十メートル先のコーナーを見据える。

 一秒を数える間もなく、源士はそのコーナーへ飛び込んだ。

 重心移動でマシンを傾ける。バイクの舵角はごくわずか。だからこうして、マシンをバンクさせなければ曲がるものも曲がらない。こと、ブラストで使うモーターバイクはその傾向が強い。直進性を重視するマシンは、曲がらないものだ。

 膝がアスファルトと擦れそうになるほどの深いバンキング。マシンはコーナーに沿って進行方向を変えていく。

 フレームが軋む。振動する。タイヤが――鳴く。

(こいつは……)

 モーターバイクのタイヤは太く扁平。推力を確実に路面へと伝えるためだ。だが旋回中のマシンはどうか。タイヤのもっとも有効な部分を使えない。莫大な馬力を限界まで伝えるための面積は、ない。

 タイヤがズルズルと滑り出す。コーナーのインサイド、クリッピングポイントを正確についていたはずのマシンは、次第にベストポジションを外していく。

 結局、源士の制御下を離れたモーターバイクは、そのままコースを乗り越え外郭の草原へと流れて行った。


***


「甲斐のやつがさぁ。ギャラリーで青い顔して突っ立てたぜ。ストップウォッチ握り締めて」

「よっぽどクソなタイムだったんだろうな……」

 サーキットの片隅。タイヤバリケードに腰かけてしみじみと呟く源士と兵吾。

 空が青い。最高のピクニック日和だ。サーキットの向こうに観覧車が見えているのもいい。さすが遊園地に併設されたサーキット。こんなところに彼女と来れば最高に楽しいのだろう。恋人がいた試しはないが。

 長尾との一件で停学処分を言い渡されてから二日。自宅で大人しく謹慎します、と宣言した舌の根も乾かぬ内から、源士たち一行はとあるサーキットに足を運んでいた。

 試合用のマシンを準備せねばならぬ。当然練習も欠かせない。しかし、それ以上に重要なものを源士が有していなかったからだ。

 プロがプロたる所以。ライセンスである。

 通常、アマチュア選手が競技を実施する分には、特別な資格が必要という訳ではない。せいぜい、協会の特別講習を受ける程度のものだ。

 だがプロ選手として、公式な興行試合に参戦するのならば、その立場は大きく異なる。

選手のレベルを維持するため。また或いは、常に危険を伴う競技において選手の安全を保障するため、彼らには資格の所持が義務付けられていた。

 源士はつい先日までただの学生ライダーだった。アマチュアである。いや、美晴と契約こそしているが、無資格という意味では、今もアマチュアだ。

 それを聞いた美晴の狼狽する顔たるや、彼女に命を預けよう決意した源士の意志が少しばかり揺らぐほどだ。

『はぁ?! 無資格ぅ?! だってキミ、芦原の部員は全員プロテスト受けるんじゃなかったの?!』

『確かに全員受けるな。一軍は』

『キミは……?』

『俺は万年二軍だ。そりゃそうだろう、試験一回受けるのに、一体幾らかかるんだ? 全員分の費用なんてシャレにならん』

『……あーもうっ、これだからアマチュアはっ!』

 と、そんなことの成り行きで、今日はプロテストを受けることになった。

 学生生活で万年金欠の源士であるから、受験費用は当然美晴持ちである。『この貸しは高くつくわよ』とは彼女の弁。源士の知った話ではないが。

 しかして、これであっさり免許が交付されれば良いのだが、いささか困った事態が発生していた。

周回タイムが、出ない。

 兵吾からコースの周回記録を見せてもらったが、標準タイムにすら及ばない。おおよそ、二秒から三秒落ち。これなら、まだ芦原の平凡なブラスト部員の方が良い成績を出すかもしれない。

 言い訳をするわけではないが、薄々どこかで、そんな結果になるのではと言う気がしていた。

 ブラストはルーツとなった馬上槍は単なる直線上で戦いだった。互いの騎馬が衝突せぬよう柵こそ設けられていたが、それはあくまで長方形の広場を用いたものである。交差した後は、馬をUターンさせて再び攻め合うと言った具合だ。

 それが現代に至り、モータースポーツと習合したことで舞台は大きく様変わりした。アスファルトで舗装されたループ状の路面。オーバルコースと呼ばれるレースサーキットがブラストの主戦場だ。そこを、相対する様互いに逆走するのである。

 直線一本で試合をすることも、ない訳ではない。『クラシックルール』などと呼ばれるが、極小の会場や草試合で行われる類のものだ。長尾との試合もこの形式で執り行われたが、あくまでオーバルコースのない練習場が試合の舞台だったからに他ならない。

 これから源士が主戦場とするプロの世界では、余程の例外がない限りオーバルコースを使用した『ナショナルルール』が採用されている。

 さて、そこで源士のように規定タイムに満たないライダーが試合をするとどうなるか。

 単純な算数の問題だ。

 二台のマシンがまったく同じ速度で走行すれば、交差するポイントはいつも同じ。マッチングエリアのど真ん中になるはずだ。

 だが、片方が一秒遅れれば一〇メートル。二秒で二〇メートル。それだけクロスラインが後退していくということだ。それが積もり積もれば、最終的にはコーナリングの最中に打ち合うことになりかねない。

 もっとも、現実にはそうなる前に反則負けだ。一定の領域、クロスエリアを割ってしまえば、戦意喪失とみなされてしまう。

 故に、圧倒的なスピードはいらないまでも、最低限のペースで周回はせねばならない。

 源士はブラストライダーである。が、未だ半人前のブラストライダーである。

 つい先日まで所属していたブラスト部ではレギュラーになったこともない。練習と言えば、学校の練習コース。数百メートルかそこらの直線を走る程度のものだ。さすがに高校の公式試合でもナショナルルールが採用されるが、当の源士は補欠も補欠、部内の味噌っかすだった。

 源士はふと考える。最後にオーバルコースを走ったのはいつだったろうか、と。二年……いや三年前。

 突っ込まれる前に自分で結論付けよう。誰がどう考えても、正気の沙汰ではない。

「さ、そろそろ戻ろうぜぇ。甲斐はカンカン、試験官もカンカンだけどな」

「だろう? だからな……」

 座学はほぼ問題なく修了した。筆記テストに関しては何も心配していない。

 だがこの実技ばかりは。

 後一周の練習走行を終えれば、次は本番のテスト走行に入る。それで既定のタイムを満足できなければ、問答無用で落第、というわけだ。

 まったく、帰るのも気が重い。さりとて、このまま逃げるのも癪と言うものだし、源士の沽券に関わる。

 しかし、ではどうする。

 座学は無事にクリアした。あとは実技、それも周回走行のみなのだ。ただ規定タイムをクリアできれば、それで晴れて源士もプロの仲間入りができるのである。

 せっかく、ライダーとして一世一代の決心をしたというのに、まさかこんなところで躓くことになろうとは。

 どうする。さあ、どうする山県源士。

 目の前を、一台のモーターバイクが横切って行く。

 源士はそれを、なす術なく見送った。

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