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今世限りの恋路

端的に言えば、流澄は宿下がりすることになった。家の事情や流澄の怪我の治癒のために。その上、流澄は養子に入った家との縁を切った。いや、希更によって切らされた。


今回起きた阿莉暗殺計画に対する商家の罪は、流澄の体を張った妨害によって未遂に終わった事を考慮し、政界からの追放、爵位の取り消し、数年間国へ多額の納金することに収まった。

流澄の後ろ楯がなくなったことにより、流澄の後宮への復帰は望めなくなった。事実上のお役目御免となる。


つらつらとその話を聞いていた阿莉はふと、気になったことがあった。


「流澄様がいなくなられてから、主上はまたこちらへいらっしゃるようになったわね……」

「ほんと、主上は阿莉様をなんだと思っているのか。流澄様がいなくなったから阿莉様って、ほんと軽んじられていると思いませんか」

「軽んじているつもりはないぞ」

「そんなことおっしゃったってどうだ……きゃぁっ」


いつぞやのように背後を取られた栞奈が悲鳴を上げて振り向く。誰かを認識した瞬間、頭を下げ、床に伏した。


「こ、これは主上……本日はお早いお着きで……」

「歓迎していないのは分かってるから、良い。人払いを。栞奈は残れ」

「は、はい」


栞奈は目を逸らしつつ、他の女房に下がるよう指示をだす。その間に希更は阿莉の横まで歩み寄った。

阿莉が円座を差し出し、自分は横に退こうとすると、希更はくいっと阿莉の腕をとって自分に寄せた。

よろけた阿莉はそのまま希更の足の上にすとんと落ちる。


きゃぁっと黄色い悲鳴をあげた女房の背中をぐいぐい押して、栞奈は部屋から全ての女房を追い出すと、すぱーんっと襖を締め切った。

それからじろりと希更を睨むと栞奈はすとんと阿莉と希更の正面に腰を下ろす。何度いっても聞かないから、もうこの光景には慣れた。


「それでおそれながら主上、ご用件は……」

「あぁ。今日早く来たのには理由がある。そなたたちに頼みたいことがあるのだ」


そう言った希更はどこか穏やかな顔をしている。

だから栞奈も油断した。


「流澄を女房として後宮に入れたい。仕官先は阿莉の元だ」

「まぁ……」


阿莉が驚いて口許に手を当てるが、いやいや待てよと栞奈は止まった。

流澄様が、後宮に?

もと女御が、女房に?

しかも阿莉の恋敵を阿莉のすぐ側に置く? ふざけているのかこの帝は。

据わった目で希更を睨み付ければ、彼は苦笑した。


「流澄を女御の地位に置くことにこだわりはなかったのだ。それに余は流澄と子を成すつもりはないし、流澄もまた余を相手に子は成すつもりはないから、女御にこだわる必要はない。でも、余は流澄に側にいてほしいのだ」

「それはどういう……?」

「話すと長くなるが良いか? 阿莉には知っておいてほしいし、流澄も阿莉のことを気にかけていた。余に責任があると何度も叱られたからな。話すべきだと思うのだ」


真剣な表情で言うものだから、阿莉は希更の膝の上で彼の顔を見上げる。今まで放っておかれた身なれど、そんなことどうでもよくなるくらいに、彼を近くに感じた。

しかしときめく阿莉とは打って変わって栞奈は疑いの目が晴れない。それも仕方ないこと。希更が阿莉にして来た仕打ちを、栞奈は忘れない。

そんな二人を交互に見やって、希更はおもむろに話し出す。


「余と流澄には前世の記憶がある。転生……というのであったか。その前世で、余と流澄は二人で一人だったのだ」

「二人で一人……」

「双子ですか?」

「違う。まさしく二人で一人。一人の体に、余と流澄の人格が入っておったのだ」


栞奈の問いにきっぱりと否定する。希更の表情は少し陰った。


「生まれてからずっと二人で生きて、二人で死んだ。それなのに今世にて生まれると、二人の肉体は別たれた。この寂しさはいつでも余にまとわりついた」


だから、と希更は目をつむる。瞼の奥であの日の事を思い出す。


「あの日、行幸した日、流澄と再開した瞬間、余は二度と流澄と離れたくはないと思ったのだ。余の、大切な、大切な半身……宮の、冷たい世界が嘘のように温かくなった気がした。それからだ、余が阿莉を改めて意識し出したのは」


ぽすっと希更は阿莉の首もとに顔を埋めた。女らしく、気位の高い、令嬢、姫。

それまで中宮だからと半ば義務のように通っていたけれど、流澄の言葉ひとつでちょっとした気持ちが芽生えた。


「流澄がな? 阿莉は昔の余に似ていると言うのだ。生まれ変わる前の。最初は何を言っているのかこのお気楽能天気娘とか思ったが、なるほど、よく似ていた」

「……似ているとは、どのように?」

「好きな人間にまとわりつくものに嫉妬して、のちのちに取り返しもしないところになって後悔するところ」

「主上、阿莉様を批判しているのですか?」

「違う。本当のことだ」


阿莉が具体的に聞き出せば、栞奈はぴきっと青筋たてて責めてくる。でも、希更にとっては本当のことなのだ。


「余もな? もとは気位の高い令嬢で、阿莉のように婚約者に近づいた娘に嫌がらせをしてな? その果てには婚約破棄、しかも流澄と二人で一人という奇妙な人間性が知られて気がふれていると嫌悪された。あの屈辱、今でも覚えているが……まぁ、それはおいておこう。だからな、余は気づいたのだ。阿莉の気持ちにな」


少し照れたように希更は笑った。でも、阿莉の首もとに顔を埋めているから、二人に表情は伝わらない。


「阿莉よ……こんな余を好いてくれるのならば、たった一つの我が儘を聞いてくれ。余の、魂の兄弟を、余の近くにおくことを許しておくれ……」


最後の方は震えて、掠れた。希更は断られることも覚悟で、また気がふれていると非難されることも覚悟で、二人に話した。他にも数多にいる女御にではなく、阿莉に話を持ちかけた。

その意味を悟らぬ阿莉ではない。

阿莉はそっと、首もとに顔を埋める希更に触れた。細い白魚のような指先が、さらりと希更の髪を愛撫する。


「もう浮気は、だめですよ」

「浮気はしないぞ。……たまに流澄と長話するだろうが」

「それが浮気なんですよ」


ふふ、と阿莉は笑う。それでも拒否はしない。それが希更の望みならば。


「良いでしょう。流澄様を受け入れます。栞奈、よろしいですね?」

「駄目だと言っても聞きませんでしょう。……流澄様の部屋を作らねばなりませんね」

「そうですね。流澄様も望むなら、この間の借りはこれで返させていただくことにしましょうね」

「あー、そうだな、その、阿莉」

「はい」


突然、希更はおもむろに阿莉に呼び掛ける。顔を上げて、少し目を反らしていた。

阿莉は何ですか、と尋ねるが、希更はもごもごと口の中で言葉を紡ぐから聞き取れない。強く言えない主人の代わりに、栞奈が口を出した。


「何か言いたいことがあるならはっきりと仰ってください」

「あ、ああ……そのな? まだな? 流澄には話していなくてな?」


阿莉と栞奈はきょとんと目を瞬いた。

話していない?


「……絶対断られそうな気もするから、出来れば阿莉からも説得してほしい。あんだけ嫌がらせされても、流澄は昔の余を見ているみたいと言って、阿莉のことを気に入っているのだ。阿莉の頼みなら、きっと流澄も承諾してくれるのではないかと……」


阿莉はまぁ……と軽く驚き、目を瞬いた。なんというか、この帝は自分が思っている以上に子供っぽいところがあったのだ。

それに反するかのように栞奈はぴきりと青筋増やした。この帝は自分が思っている以上に(たち)が悪いと。

栞奈がひとつ、文句を言ってやろうとすると、その前に阿莉が口を開いた。


「よろしいですよ。私も、流澄様という人と為りを、ここ数日噛み締めておりました。私は一方的に拒否をしていたのを後悔しておりましたから。……主上の、仰せのままに」


そわりと、その指先を希更の頬へとしのばせる。それからその唇へと、阿莉は自分の唇を重ねた。

紅が、希更の唇にひかれる。

阿莉は妖艶に微笑んだ。


「そのかわり、私の我が儘も聞いてくださいませね? 私も流澄様のような絆を主上と築きたく思います。魂の家族が流澄様と仰るならば、今世限りでよろしいのです。私も主上と本当の家族となれましょう」


久しぶりに入内したときのような、全盛期の阿莉を見たようだ。

栞奈はこのままここにいるのはまずいような気がしてそっと席を立つ。お互いがお互いの瞳に吸い込まれている。逃げるなら今だった。




これより後、阿莉にほだされた流澄が女房として後宮に舞い戻るのはもう間もなくのことである。

そしてまた中宮・阿莉の懐妊が公表されるのも、そう遠くはない未来のことだ。

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