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栞奈

それから阿莉と希更は幾つかの語らいをすると、希更はあまり長居はしてられないのだと言って部屋を出た。見送りのために栞奈が出る。

廊を歩きながら、希更は栞奈に言った。


「……栞奈、阿莉の判断は正しかったな」


一瞬何のことかと思った栞奈だったが、すぐに納得したようで、「当然です」と大袈裟にうなずいて見せた。


「ただの娘をめし上げて困るのは余……今更ながらだが思い出した」

「分かっていただけましたら幸いです。しかし、自業自得なのは主上なのですから、ご自分でどうにかなさるのがよろしいかと」

「手厳しい」


希更が苦笑すると、栞奈はふんと鼻を鳴らした。普通なら咎められるような不敬罪だが、希更は聞かなかったことにした。

栞奈としては、主上に一度裏切られているも同義。それでも主上と阿莉の仲を仲介するのは、大切な阿莉をこのまま日陰に置いておくわけにはいかないから。


「……こうなることを、余は考えようともしなかった」

「女というものはなかなかに勘が働くものです。長年連れ添った阿莉様のご意見を無視なされた報いですよ」

「余が言うのもあれだが、栞奈、お前はもうすこし歯に衣着せるべきだぞ?」

「ご忠告痛み入ります」


殊勝に頷くが、栞奈は改めるつもりなど毛頭ない。

大切な阿莉を一度は裏切ったことを、栞奈はまだ根に持っているのだから。

だけれど、希更の方にだって言い分はある。何も非があるのは自分だけではないのだ。阿莉にだって非があったのは否めない。


「……それでも阿莉は中宮だ。あの十二単を纏うのを許されたのは阿莉だけだ。余も国も、阿莉を見捨てたりはせぬ」

「どうだか」


栞奈は鼻で笑うと、ちらりと希更に視線を送った。


「それで? 何ヵ月もお渡りにならなかった主上が、ただ阿莉様に会いに来たなど仰りませんよね?」


希更は敵わないな、とため息をついた。だが、栞奈はそうあるべきなのだ。

神経質そうで、実は間の抜けている阿莉の一番の理解者としてふさわしい。だからこそ、阿莉の家を出て、阿莉のために内裏の女房になった。

その栞奈の行動力を希更は評価している。だからこそ、彼女には伝えておく。


「流澄の招いた商人の荷物の中には(まじな)いものが紛れているらしい。阿莉には絶対に触れさせるな。厄介なことになるぞ」


それは阿莉の命の問題だけではなく、立場の問題が複雑に絡んでくる。


文明開化と称して閉じ続けた外交を開いたこの国は、積極的に外つ国の文化を取り入れた。その結果、貴族は爵位という位を得、商人は財閥という括りで位を得た。

そのうち、貴族の姫──今は令嬢と呼ばれるようになった彼女たちは貴族階級の特権として、唯一帝との婚姻を許された身分だった。それ相応の教養と能力を鍛えられた女性たち。そのうち、皇后──宮の言葉で言う中宮となれる者はたった一人だけ。

他の女御と中宮の明確な差を示すのが、阿莉のまとう十二単だった。

新しきものを取り入れつつも、古来よりの伝統を忘れじと、その身に許されたのは中宮だけ。

女御たちの衣裳一つ、お道具一つを揃えるのにも莫大な金が動く。開国して間もない国の財政では内裏で揃える衣裳やお道具は中宮のみと決められた。

本来ならば帝の後継、皇太子を生んだものが中宮となれるのだが、そこは(まつりごと)の性。阿莉の外戚の力が強すぎたばかりに、子を生んでもいないのに阿莉は中宮となった。

当然、阿莉もそのような家の生まれ。自尊心は他の女御の誰よりも高かった。

そう、高かった。


───その自尊心を叩きのめしたのが、平民出身の流澄。


流澄は希更がお忍びで見初めた娘。どうしても流澄を後宮に迎え入れたがった希更が、流澄を財閥令嬢に仕立て上げ、入内の運びとなったと言う。

財閥は国の財政の要。どこかの財閥との婚姻を迎え入れるべきだと、話が上がっていた頃の話。財閥の本格的政治関与の架け橋として流澄は迎え入れられた。

そして流澄は中宮の阿莉を無視するごとく、希更の寵愛を一身に受けた。間もなく、阿莉は面白くなくて嫌がらせをし始めた。

嫌がらせはとても小さなものだった。嫌みを言ったり、流澄の着るものを汚したり、流澄の(つぼね)に虫を入れさせたり。そんなことをし続けた。

その結果、それが政界の悪鬼たちに漬け込まれることになった。

証拠もない、誰がやったのかわからない、迷宮入りしてしまった事件───流澄の暗殺未遂事件。

もちろん犯人は捕まっていないし、阿莉もそんなことやっていないし、指示も出していない。

だがそれまでの行動から阿莉が疑われるのも必然だった。

……結果として言えば、阿莉は証拠不十分として不問にされた。しかしそれまでの経緯から他の女御たちから孤立。疑わしさも相まって日陰者の身になった。


そんな阿莉が呪いものに触れたら。穢れたと騒いで彼女を嬉々として引きずり下ろす者がいる。それは貴族かもしれないし、財閥かもしれない。

疑わしきは商人を呼んだ流澄だが、実際には流澄の家が呼ばせたという。この件でなにかあったら、希更は流澄を守る気しかない。

つまり。


「自衛はしろと仰りたいのですね」

「備えあれば憂い無し、だ」

「言われなくとも」


舌打ちをしたくなった栞奈だが、さすがにやめた。態度以前の問題として、女としてはしたないので。

そうこうしながらも栞奈は希更を裏門まで案内した。表から行けば良いのにと思いつつも、一応お忍びだからということで。むしろこのまま直で愛しい愛しい流澄の元へお渡りになればよろしいのにと心のなかで悪態をつく。


「栞奈……お喋りは口だけにしておけ。せめて顔に出さぬ努力くらいせよ」

「何のことでしょう」


綺麗な顔で笑ってすっとぼける。希更だって阿莉に甘い言葉を囁きながらも本命は流澄なのだろうと思えばおあいこだと心の内で毒づく。

見え透いた内心が本物かどうかは本人にしか分からないけれど。

門を開けつつ、栞奈はいつも不思議に思っていたことを聞いた。


「……主上は流澄様の何を気に入って召しあげたのですか」


少しぐらい気位は高くとも、流澄に比べれば容姿も教養も阿莉の方が上だ。それなのにどうして数多の女御だけではなく阿莉すらもその目に映さず、ただひたすら流澄の姿を追うのか。

栞奈の問いに希更は柔らかく微笑む。そんなの、決まっていると囁いた。


「余が昔のようにいられる存在で、遠い昔からの夢だった。他より強き絆はきっと我らを再び巡り合わせる……それが叶っただけなのだ」


それだけ言って、希更は門を潜った。

その背を見送りながら、栞奈は首をかしげる。

遠い昔……幼少の頃の希更と流澄には何の接点もない。流澄を入内させる際に細やかに身辺調査がされたから間違いない。

それならいったい希更は流澄といつ出会ったのか。


───再会という言葉の意味はなんなのか。


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