人形の家⑦
昼と夜、二つの時間が同時に進んでいた。境内へと続く片方の坂道へは太陽の光が燦々と降り注ぎ、もう片方の坂道の空には星が瞬いている。そしてその両方に、縁日の屋台がずらりと顔をそろえていて、多くの人が行き交っていた。また二つの坂道は平行に並んでいるが、その間は樹木が遮っていて、反対側へいけないようになっている。
ただ一つだけ、昼と夜の祭りをつなぐ道があった。坂道の石畳に使われている敷石が普通のものである一方、その道だけが淡い緑や青色の敷石でできている。そして木々に囲まれてできた薄暗がりの中、混ざり合った色の光をぼんやりと放っていた。
獏也と白い少女は、同じベンチに座っていた。道の真ん中にぽつんと置かれた、なんでもない木製のベンチだ。獏也の座っている側に昼の坂道があり、差し込む光が木々の影を突き抜けて足元に迫っていた。祭囃子や楽しそうな喧騒が、ここまで届いている。一方白い少女は、夜の坂道がある側に座っていた。石畳が放つ淡い光は、夜の坂道に近づくほどに闇に呑まれていく。不思議なことに、祭りに来ている人は昼と同じぐらいにも関わらず、向こうからは話し声どころか足音すら聞こえてこない。おまけに距離感がつかめず、ここからあの場所まで、すぐに行けそうな気もするし、どこまで歩いてもたどり着けないような気にさせられる。まるで来るのを拒まれているようだった。
「日は決まった?」
白い少女が僕に尋ねる。
「明後日」
「その……手伝いにいこうか?」
「いいよ、家から結構遠いだら」
気を遣ったつもりだったが、彼女はそれ以上いう言葉は見失って、石畳の光に目を落とした。青に緑に黄色に、代わる代わる変化しながら、靄のように二人の足元を漂っている。沈黙が辛かった。でもなんと声をかければ彼女にとっていいのかわからなかったし、自分が彼女に伝えたいことだってわからなかった。何か言おうと口を開いて、不愉快な生温い息だけを喉の奥から漏らしていた。今日で会えなくなる焦燥感と、何もできない自身への苛立ちで、嫌な汗が脇から背中から滲んでいく。
「お祭りっ」
やっとの思いで声を振り絞るのと、白い少女が立ち上がったのは全くの同時だった。少女は無言で獏也を見下ろした。一体どんな顔で見ているのか、知りたくても木陰の深い暗がりが邪魔をする。だけど少女の白い体だけが、闇の中ではっきりとした輪郭を露わにしていた。
「お祭りにさ、行こうよ。どっちでもいいからさ」
立ち上がって訴える獏也に、少女はすぐには返事をせずに、木々に覆われた空を見上げた。太陽も月も、ここからは見れない。ここはどこでもない。
「バクにこっちは、遠すぎる。私には、バクのいる方が眩しすぎる。だから無理。だけど――」
笑ったような気がした。
「ありがと。私もね、ずっとそう言いたかっただよ」
花火があがった。
色とりどりの閃光が、僕へ振り向いた少女の顔を照らした。遅れてドンと花火の音が響くまでのその一瞬は、スローモーションで時間が流れるようだった。獏也は少女と目を合わせた。
笑ったと思ったのは、気のせいじゃなかった。
だけど涙をこぼしていたことまでは、気づけていなかったのだ。