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また夢で  作者: 黒井満太
第一章 
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人形の家⑤

 教授の研究室は6階建ての棟の最上階と来たものだから、僕は目の前にあるエレベーターと階段を交互に見比べて眉をしかめた。もちろん、最初はエレベーターを使おうと思った。だが扉にはラミネート加工された張り紙に赤字ででかでかと『学生使用禁止』――こう書いてあるのだった。僕は学生じゃないからと開き直り利用することはたやすい。しかし学生が使ってはいけないいものを高校生が使っていいのか。この張り紙の意図するところが何かわかるほど僕は大学に詳しくないのだ。万が一別の教授と乗り合わせてしまえばどうなるだろう。きっと怒られる。暗くて狭いところに連れてかれる。そして学校や家族に連絡が行って、教師は内申に素行不良と書き、母さんは小遣いを半分にするだろう。しかし階段はめんどうくさい。本当にめんどうくさい……っ!

 長すぎるくらいの逡巡の末、遂に僕は観念して、一体何段登ればいいかもわからない階段へ、足をかけようとした。

 それと同時に、エレベーターがチンと鳴って、中から女子学生二人がへらへらと喋りながら出てきた。

「ええ……」

 彼女らが棟から出ていくのを脱力した表情で見送った。そして、それでも結局僕は階段を使った。だってルールはルールだ。案の定きつい道のりだったが、毎朝の長距離自転車通学のおかげで、帰宅部の身でも息を切らさず上りきれた。

 赤い絨毯が細い廊下に一直線に敷かれ、それぞれの教授の研究室に繋がる扉が等間隔に並んでいる。教えてもらったのは階までで、どの部屋かまでは聞いていなかった。部屋ごとに貼ってあるプレートには研究室の主である教授の名前が書いてあり、それらを一つずつ確認していく。狩野、松下、石月、澤池――あった。廊下の奥から三番目の左手の部屋だった。

 プレートに書かれている名前は、城見崎しろみさき。ナルが紹介してくれた、夢のスペシャリストだ。

 携帯電話のスリープを解除して時間を確認する。約束した時間の二分前……問題はないだろうが、大学の教授とマンツーマンで話すというのは何分初めての経験で、緊張する。何から話すべきか、それよりまずどうやって挨拶すればいいのか、などと頭の中でも扉の前でもうろうろしてたら、いつのまにか約束の時間ぴったりになっていて焦りが増した。

 ゆっくりとノックする。

 返事はない。

 もう一度少し強めにノックする。

 やはり返事はない。

(まだ戻ってきていないのかなあ)

 しかし待てど暮らせど城見崎先生はやってこず、約束の時間よりもう十五分を過ぎていた。さすがにちょっとイライラしてきて、つま先で床をタンタンと叩いていると、エレベーターが開いて、男子学生がまた一人出てきた(あの張り紙は一体なんのためにあるのだろう)。目があったので会釈すると、学生は無言でこちらに向かってきた。

「しろみーに用事?」

 学生は城見崎先生の研究室の扉を親指で指した。僕は身構えながらうなずいた。

「ノックして返事がなくても大体いるからさ、入っちゃっていいと思うよ」

 いるならなんで出てくれないんだと当然の疑問が浮かぶが、ここの学生が言う以上大丈夫なんだろうと信頼しきって、僕はドアノブを回した。鍵は開いていた。「失礼しまーす……」と聞こえるか聞こえないかぐらいの声で言いながら、おそるおそるドアの陰から身を乗り出す。

 女性が寝ていた。

 パッと見て部屋にあるのは、左手の壁に天井まで届きそうな本棚がずらりと、右手の壁には世にも珍しい縦に長い黒板……しかも取っ手がついている。真ん中のスペースには白い床のみがあり、そして部屋の奥には高そうな長机が一つ。その長机に女性が腕を枕にして寝ていた。いや正確には、腕を穴のあいた蛍光色のクッションに通して、そのクッションを枕にしている。ニュース番組の特集で見たことあるぞ。あれは広げるとドーナツのような形をしていて、ああいう風に腕に通したりそのまま突っ伏したりして、多忙なオフィスレディを中心に休憩中に使うのが流行っているとかなんとか。

 いやそんなことより、驚いたのは思ったよりずっと先生が若かったってことだ。わからないけど三十代前半、ひょっとしたら二十代かもしれない。顔も整っている。さっきの学生もあだ名で教授のことを呼んでいたし、きっと学生から人気があるんだろう。ただ髪はあちこちつむじを中心にあちこちはねているし、眼鏡をかけたまま寝ているし、ずぼらなのかもしれない。

「せんせい、せんせーい」

 声をかけたが、呼吸で上下する背中のリズムが崩れる様子はない。正直いますぐ体を揺さぶって起こしてやりたかったが、気持よさそうな寝顔を見ているとそれはなんともし難い。

 結局彼女が自然に起きるまで、僕は突っ立ったまま待つことにしたのだった。

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