春の宵・光の夏⑦
じいじのレストランに行くのは、僕の家族や親戚だけが招待されたプレオープンの日以来だった。その日子供は僕しかいなかったせいで、大人たちが盛り上がっている中、肩身の狭い思いをしたものだった。だから、また行こうと父さん母さんに誘われた時も、あまり乗り気はしなかった。
ランチとディナーの間のお店の休憩時間に、僕らはちゃみかんに着いた。店の扉を開けるとばあばが先に現れて、あらあらようこそと嬉しそうに僕の手を引き、二階の一番眺めのいい席に案内してくれた。僕はばあばの方が、ぶっきらぼうなじいじよりも好きだった。
やがてじいじも、3時のおやつを持ってやってきた。じいじ特製のみかんタルトだ。切り分けられた自分の分を早々に食べおえて、私のも食べるかいとばあばから差し出された分も無言でむしゃむしゃと済ませて(そしてゆっくり食えと母さんに怒られて)、僕は早々に席を立った。大人の話を聞くのは、幼い僕にはひどく退屈で、それよりも家の中を探検してみたかったのだ。
ほぼテーブルしかない二階を、特に景色を楽しむこともなくぐるりと一周し、僕は階段を下りて一階に戻ってきた。革張りのソファーの上でトランポリンのようにとび跳ねたり、レジカウンターに置かれたサービスの緑茶味の飴を勝手に取って舐めたりしながら、他の部屋も見て回った。厨房から裏口を通り外に出て、走りまわって玄関に戻る途中、カーテンがかかった窓を見つけた。今度はその部屋に入ってみようと決めた。戻ってきてさっきの部屋の入り口を見つけたが、ドアノブを引いてみると鍵がかかっている。なんだつまらんと踵を返そうとしたとき、鍵が開く音がしたので、はっとして僕は振り向いた。
「先生?」
白い髪の少女が、ドアの隙間から顔を覗かせていた。僕は驚きのあまりその場で固まった。まさか人が、しかも自分と同い年ぐらいの子供がいるなんて思いもしなかったからだ。親戚かもしれないけど、僕にはこんな髪の白い女の子を見た記憶がない。一方で、びっくりしたのは僕だけでなく向こうも同じようで、慌ててドアを閉めたかと思うと、またすぐにちょっとだけ開けて、半分だけの顔で僕と向き合った。
「獏也、です」
ひょこっと頭を下げてなんとか自己紹介ができても、彼女はしかめっ面で僕を睨めつけている。彼女が猫なら全身の毛が逆立っているような状態だ。
「みんなはその、バクっていうんだけどね」
なんと声をかけるべきか迷い、そんなことを口走った。
すると、「ぷっ」と彼女のこわばった表情があっさりと崩れた。
「かわいいあだ名ね」
部屋から出た彼女の姿は、今でもなお、僕にとって一番の衝撃として記憶に刻まれている。着ているワンピースまで真っ白な彼女の姿は、三保の砂浜より、富士の冠雪よりも、ずっとずっと透き通っていて、この世には僕の知らない綺麗なものがきっとたくさんあるに違いないが、幼い僕はその瞬間、この世で一番美しいものに出会ったような気がした。
「どうしたの、顔赤くして?」
不思議そうに首をかしげるその少女が、カスカという名前だと僕は後に知る。
初めての一目ぼれだった。