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また夢で  作者: 黒井満太
第一章 
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人形の家②

 閑散とした住宅地を抜け、山を走る木々に挟まれた国道を道なりに行けば、その建物は開けた場所にぽつんと建っていた。車20台はとめられそうなアスファルトのスペースのうち、建物は山の斜面を背にしており、錆びた赤い手すりが建物の左右から伸びている。自転車を適当なところにとめて、僕は着ているワイシャツをぱたぱたとあおった。学校から直接向かって30分程度、坂道が多いせいで汗をかいた。

 ナル曰く、ここは廃墟だ。ひび割れた駐車場の至る所からは雑草が茂り、噴水は水を出す代わりに至る所に藻を生やしていた。しかし建物は綺麗だ。ところどころ汚れてはいるものの、落書きされたり窓が割れてたりというように荒らされた様子はない。

 僕はしばらく、建物の外観をぽかんと眺めた。

 夢ではなく現実で改めてみると、やはり特徴的な建物だと思う。一階部分は、一言でいえば西洋風。赤茶色の屋根は三角でなしに平べったい。白く塗られた壁には縦に長い長方形の窓がいくつもついていて、よくある横引きではなく両開きの窓になっている。ちなみに閉じられていて、そこから中の様子を伺うことはできない。入口部分は前に出っ張っていて、扉はピラミッドの形をしたレンガタイルのアーチで囲まれている。

 二階部分は、一転して現代的。例えるなら、ハンバーガーのような見た目だ。平たい円錐台形の床と屋根は白く、その間全面にガラス窓が挟まれている。下からではあまり中の様子はわからないが、窓際にはテーブルクロスがかかった円形のテーブルと、そこに椅子が向かい合わせで並べられているのがいくつか見える。

 そして最後に、二階の屋根から真っ白な風車が生えていた。見た目は……チェスのポーンやルークの駒の、頭部分を取り除いたような形といえば伝わるだろうか。風は少し吹いているが、羽は全く動いていない。特に骨の部分に錆が浮き放題で、この建物の中で一番汚れている部分に感じる。

 はじめから全体を想定して作ったいうより、屋根がせっかく平たいのだから後から乗せてみました、というような印象を強く受ける。なんとも統一感のない、でもどこか洒落ている、不思議な建物。まるで本当に夢の中から現れたかのようだ。

 入り口に近づくと、アーチの目の高さの位置に、小さな額縁が埋め込んであることに気付いた。擦れた感じの青いフレームに囲まれたガラスの中には、白い紙のクッション材と、シンボルマークらしきものが黒地の板で象られている。楕円形につぶつぶとへたが白い絵の具で描きこまれていて、これはミカンだとすぐにわかった。へたからは大きな葉っぱが、ミカンの半分を覆うように生えている。

 マークの下には、文字を象った板が留めてあった。

『Chamikan』

 それがこの建物の名前なのだろうか。素直にローマ字読みすれば、ちゃみかん……茶とミカン。どちらもこの県の特産物だ。きっとミカンのへたから生えている葉っぱは、茶葉なのだろう。奇天烈な建物の見てくれからしても、ここはきっと民家ではなくお店だったのだ。それも、二階のクロスのかかったテーブルと椅子を見るに、喫茶店かレストランだったのではないかと思う。

 そしてこれと同じ建物が僕の夢に出るということは、僕は以前この店に来たことがあるに違いない。

 知りたい。僕はいつ、どうしてここに来たのか。

 内から湧き上がる好奇心は、僕の手を入口の扉へと引き寄せていく。自転車でここまで駆け上がったときよりも、緊張のせいで心臓はバクバクと動きっぱなしだ。じっとりと手の平に滲んだ汗で、ドアノブについた土埃がこびりつくのも、今は気にならなかった。僕はノブを下に押し込み、おそるおそる引いた。扉はまるで向こうからも押されたかのように軽く開いて

 

 女の子が出てきた。


 自分が廃墟ではなく他人の家へ勝手に入ろうとしたのだと気づいて謝り、膝が曲がるほど頭を下げた。自分のつま先を見つめながら、脇から嫌な汗がいっぱい噴き出るのを感じながら、ナルをひたすらに恨んだ。何が廃墟だどうなってるんだ人が住んでるじゃないか!

 しばらくそうしていて、しかし向こうが何も言ってこないので、僕は顔を上げた。

 女の子は固まっていた。さっきドアをひいたとき、向こうからもちょうど押し込んでいたところみたいで、女の子は掴んだドアノブに引っ張られて前のめりに僕の前に姿を現した。そして今もまだ、そのときのままの体勢で、じっと僕を見つめていた。その目つきや表情からは、おそらく一般的に表れるであろう警戒や嫌悪ではなく、まるで僕を宇宙人かツチノコ……信じられないものを見ているような凄まじい驚きが見て取れた。同時に扉を開けてその前に見知らぬ人が立っていたとなればわからないでもないが、そういう理由ではないような、言いようのない違和感があった。ただいずれにせよ、すぐに釈明が必要だと思った。

「人が住んでるなんて知らなくって、友達から廃墟だって聞いてたもので、前からここが何なのか気になってて、ちょっと中を見たくなって、それで……はい」

 言い訳を最後の「はい」以外まくし立てると、女の子はようやく体勢を直した。身長は女性としては僕の肩ぐらいの高さだ……もっとも僕の身長は高い方だから、彼女は中高生としては平均的なほうだろう。顔や雰囲気はナルと正反対で、幼さと無防備さを感じる。服が何ともかわいらしい、リボンがところどころについたピンク地のパジャマとナイトキャップだからかもしれない。

 などと観察している途中ではっとなり、さっきから一言も言葉を発さない女の子に対し再び頭を下げた。そして逃げるように自転車でその場を去った。

 最後にちらりと、『ちゃみかん』の方へ振り向く。女の子の姿はもう見えない。喉の一番奥から、変な声がため息と一緒に出た。

(もうここには行きづらいなあ)

 自転車で駆け下りる坂道の風は、生ぬるかった。

  

 

 

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