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また夢で  作者: 黒井満太
第三章
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途切れたフィルム③

 ベッドで仰向けになり、天井をぼーっと見つめながら、僕は考える。

 僕はこれまでの間に、ナルや城見崎先生の助けを借りながら、ちゃみかんのことや、夢に出てくる白い少女がカスカであるという事実まで辿り着いた。しかしカスカは僕のことを何も知らないという。僕だって彼女のことをおぼえていなかったのだから、同じように忘れてるとか、あるいは幽霊になると生前のことは思い出せなくなるのかもしれないとか、理由が思いつく以上特に追及しようとはしなかった。

 しかし僕がただ忘れているのではなく、ちゃみかんに関する一切の記憶を失うような出来事があったとしたら、どうだ。

 いてもたってもいられず、僕は先生に電話をした。まだ夕方なのに眠たげな声で電話に出た先生は、僕の声を聞くと急にシャキッとした。これまでの経緯を話すと、僕が母さんに止められてもなお自分の夢について調べていることに喜んでくれた。

「君のお母さんなら、次に見つけたら本当に家から追い出しかねない。声は小さく、部屋のそばに誰もいないか十分気にかけてほしい。自慰をしているときのようにね」

 そうやって僕を茶化しても、もし僕が記憶喪失だったらなどという突拍子もない仮定に対しては決して軽んぜず、先生はこれまで僕が見てきた夢にどう説明がつくのかを話してくれた。

「夢とは、人の持つ解消されていない無意識の願望や欲求が表れたものであるという、願望充足説については以前に説明とおりだ。だけど無論、フロイト以外にも学説を唱えた人物はいる。レヴォンスオは、人の夢は脅威的状況のシミュレーションであると言ったんだ」

「それって、よくある怪獣に追っかけられたりとか、崖から落ちたりとかってことですか」

「そのとおり。詳しいことは省くが、そうやって夢の中で危ない目に遭うことで、現実で起こりうる脅威に対応できるようにする、一つの生存戦略だというんだ。実はこの説は、願望充足説と矛盾しないと私は思っている」

 どういうことだろう。自分の願望が夢に出てくるのと、危険な目に遭うのとでは、むしろ全くの逆ではないだろうか。

「夢が人の無意識から生まれることに変わりはない。つまり願望充足説によれば、夢は潜在的にあるいつか叶ってほしい願望の表れであり、脅威状況シミュレーション説にとって、夢は潜在的にいつか起こるかもしれないと感じている脅威の表れだ。いいかえれば、現実でこうなったらいいなと思ったり、こんなことがあったら嫌だなと思ったら、それが夢に出るってこと。表裏一体の関係なのさ」

 そして先生は「ここからは全部想像だけど」と前置きし、いよいよ本題に入った。

「仮に君が記憶を喪失しているというのならば、頭部外傷がない以上、心因性のものであると考えるのが自然だろう。つまりそれだけショックな出来事が過去にあったわけだ。ここでさっきの脅威状況シミュレーション説を当てはめると、どうだろう」

 つまりこれまでの夢が願望の表れだけでなく、脅威状況のシミュレーションでもあるとするならば。

「……カスカやちゃみかんに現実で出会うことが、危険だってことですか」

「少なくとも君は無意識にそう感じている。だから夢の中で訓練している。理由はもうわかるだろう?」

 先生は小さく息をついた。

「君が記憶を喪失する原因に、そのカスカくんやちゃみかんが関わっていたと考えられるからだ」

 その言葉を聞いて、僕はあの悪夢を思い出した。不気味な紫色の空、赤く塗られた地面、そして穴のあいた両目から血の涙を流した――

「そんな、でも、カスカは何も知らないって」

「君の母や祖母もそう言っているそうだね。しかし余程の出来事があったと考えられるのに、当事者のカスカ君や君の家族が何も知らないとは考えにくい。おそらく、みんな嘘をついているのだろう」

 母さんやばあばが嘘をついていたというのはわかる。確信したのは、じいじの没年月日だ。家にあるじいじの仏壇の位牌には、調べてみたら裏にそれが刻まれていたのだ。じいじの没年月日は、僕の生年月日より6年も後だった。じいじは僕が生まれる前に死んだと聞かされていたが、じいじは僕が6歳のときまで生きていたのだ。

 だけど、なんのために嘘をついたんだ。

「せっかく封がされている君のトラウマを抉り出さないようにさ。そう考えれば、君の母が君に自身の過去を調べさせないようにしているのも納得がいく」

 全部妄想だ。だけどその妄想が、パズルのピースを埋めていくのがわかる。

 僕は呆然と、室内灯についたスイッチ紐が揺れる様子を見つめていた。

 もし事実なら、僕はこれ以上ちゃみかんやカスカに関わらない方がいいのだろうか。真実にたどり着いたその後、果たしてこれまで通りの生活を送ることができるのだろうか。僕の身の回りの人たち……母さんにばあば、ナル、先生、そしてカスカと、今と同じような接し方ができるだろうか。

 何も分からない。それが怖くてたまらない。

「ありがとう、ございました……」

 気持ちの整理を優先したいがために、僕は先生との電話を切ろうとした。

「望月君」

 しかし先生は僕を引き留め、最後に告げた。

「こんな仮説をのたまっておいてなんだが、もう一度言わせてほしい。君の夢は君自身のものだ。だから何より大切にしてほしい。決して、目を背けないように」

 そう言って先生は自分から電話を切った。

 もやもやしたまま夕飯を食べ、風呂に入り、宿題を済ませ、コンビニぐらいしか開いている店がないような時間になっても、すっきりする答えは出なかった。

 いや、ちがう。答えはとうに出ていたが、自信がもてる裏付けが、結局思いつかなかった。

 その答えとは、僕は明日カスカに会いに行かなければならないということだ。

 そして真実を問い質す。

 夢が見せる僕の心、僕の本当の気持ち、僕自身を知るために。

 その結果後悔するかもしれないとわかっていても、決して目を背けることなんてできないのだ。

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