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また夢で  作者: 黒井満太
第二章
14/32

寝つけない二人④

 あまりにも見慣れた光景が目の前に広がっていた。

 獏也はちゃみかんの前に立っていた。それは夢の中に出てくる様々なシチュエーションの一つではなく、周囲の景色も含めて現実のちゃみかんそのものだった。ただしここが現実ではないことは、長年人の手が加えられていないはずのちゃみかんが新築のようにきれいであること、駐車場のアスファルトにはヒビ一つないこと、壊れていたはずの噴水からはキャンドル型の水が中央から空に向かって飛び出していることからして明らかだった。

 そしてそれら一つ一つを、現実のそれと頭の中で思い比べるという行為ができていることに、『僕』は気付いた。ここは夢の中だ。僕は自分が夢の中にいることを、初めて自覚した。まず自分の両の掌を見つめグーとパーを繰り返し、今度は飛んだり跳ねたりして体が自由に動くことを確かめ、それらがすべて自分の意思通りに夢の中でできていることに思わず鳥肌が立った。

 さあどんなことをしようかと興奮で我を忘れかけたが、すぐに当初の目的を思い出す。僕は周囲を見回して白い少女がいないか探した。

 いなかったけど、代わりに妙なものが目に飛び込んできた。人だかりがあった。いや正確には、人の形をした黒い影が何体も、何かを囲むように集まっている。よく見たらその中には、以前ウインナーを夢の中で売ってくれた肉屋の店主が混ざっていた。その表情は朗らかで、他の影達も顔こそのっぺら坊でわからないものの、なんだか楽しそうにしている。

 ふと、影達の隙間に白い煌めきを見た気がした。それだけで僕は、彼らが取り囲んでいるものが白い少女だと決めつけたのだった。しかしあの連中に近寄るのは怖かった。かかわったら自分もあの影の一人にされるんじゃないかという不安が頭をよぎったからだ。

 だけどここは僕が作り出した夢、僕がコントロールできる明晰夢だ。だとするならば、彼らを消すことも容易なはず。

 どっかいけ、と僕は影の中の一人にそう念じた。すると影は、あとかたもなく消えてしまった。消えた分の隙間から、やはり白い少女の後ろ姿が確認できた。ついうれしくなってしまい、僕は次々に影を消した。

 最後に肉屋の店主だけが残った。店主は白い少女から僕へと目線を移した。やっぱり、どこかで見た覚えのある顔だ。しかしそれが誰だかは思いだせず、その表情が僕に何を訴えかけているのかもわからずじまいだった。僕は彼を消した。ついに少女の周りには誰もいなくなってしまった。

 後ろに立った僕の影が、少女の全身を覆った。ここに至るまで長かった。よくも僕の頭の中を、これまで引っ掻き回してくれたなと思う。僕は腕を組み、少女を睨むように見下ろした。振り向くのを待った。振り向かなければ、頭を押さえて無理やりこっちに向かせるぐらいの気持ちだった。それぐらい心の中で、怒りとは少し違うけど、燃え上がるような得も言えぬ感情がバチバチと音を立てていた。

 そして火種は、少女がゆっくりと振り向いて目が合った、その一瞬で燃え尽きた。

 

 それは幼いカスカだった。


 現実のカスカの年齢は僕より少し下ぐらいに見えたし、髪の色も黒い。それでも記憶にあるカスカの目鼻立ちは、今目の前に立っている白い少女をそのまま成長させたようにしか見えなかった。

 先生の言っていることを当てはまるなら、僕は幼い頃のカスカに出会っていたのだ。

 到底信じられなかった。

 では今目の前にいるカスカはどういうことだ。カスカは僕のなんなんだ。

「…………」

 少女は黙って僕を見つめ返していた。その虚ろな瞳にたじろぎ、僕は腕組みを解いた。まるで生きることに絶望しているようだった。

 何も言えなかった。もし会えたら聞きたいことがたくさんあったのに。せっかくここまでたどり着いたのに、幼いカスカの光のない眼が、真実を恐怖と結びつけるのだ。いやな汗が止まらない。きっと現実の僕の体もぐしょぐしょなのだろうと、逃避するように想像した。

 口火を切ったのは少女の方からだった。


「なんでみんなを消したの?」


 そのたった一つの呟きが、世界をがらっと変貌させた。

 急速に時間が進み、傾いた太陽が青空を不気味な暗い紫色に染め上げる。鉄のにおいがあたりに立ち込め始めたと思ったら、いつの間にか見渡す限りの地面が赤い液体で満たされていた。赤い液体は幼いカスカを中心にどんどん量を増していた。

 なぜならそれは、幼いカスカのあちこちに空いた穴から溢れ出る血液だったからだ。カスカは俯きながら胸の前で腕を交差させ、二の腕をガリガリと掻いている。掻いたそばから傷口が生まれ、そこから更にカスカの血は地面に注がれていた。

 歩み寄る幼いカスカから逃げようと、後ずさりしたら足を滑らせて転んだ。血の中に体ごと浸かり、生々しいてかりと立ち込めるにおいが、更に恐怖を煽った。膝が震えて立てない。真紅に染まった白い少女は、今度は逆に僕を見下ろした。

 目はなかった。二つの空洞から、血の涙を流していた。

「こんな目に遭わせておいて、まだ足りないんだね」


 恐怖のままに僕は叫んだ。自分の物とは思えない凄まじい声が頭にガンと響いた。同時に体が跳ね起きるリアルな感覚をおぼえ、はっとして周りを見た。自分の部屋だった。そこでやっと、自分が夢の世界から戻ってきたのだと知った。

 声を聞いた母さんがすぐに部屋へ飛び込んできた。ひどく心配した様子だが、何と言っているのか、意識が朦朧として頭に入ってこない。ただ自分がどんな風に映っているかは想像がつく。なぜなら幼い頃初めて乗ったジェットコースターの後よりもひどい、最悪の気分に襲われていたからだ。

 僕は我慢できず、吐瀉物を母さんの前にまき散らした。そして、力なく枕にうつぶせた。

 



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