トゥーアの地勢についての雑記
トゥーアは大陸の北端にある小さな村だ。農耕や牧畜を産業の主体としており、人間の数よりも家畜の数のほうが多い。人々はおおむね朴訥で、諍いはあまり起こらない。娯楽は少なく、秋の豊穣祭に、冬追いの祭り、あとは時折訪れる旅人の話ぐらいのものだが、人々の顔から微笑みが失われることはあまりない。
村の北部と西部には海が広がっている。東には鬱蒼と茂る森があり、その先には万年雪を頂く山脈が座している。南方にあるのは、道だ。はるか王都まで続いている。私はこの道をやってきて、ここに終の棲家を構えることにした。
理由のひとつは気候だ。緯度に比べて非常に暖かい。降積雪は遅く、雪解けは早い。これは北西部を囲む海流が暖流であることと、地熱が高いことの双方が作用しているのだろう。そこかしこに温泉も湧いており、王都の冬より、よほど暖かい。土地は豊かで実りは多く、また冬には漁業が行えるため、あまり飢えるということがない。故に人々は温厚で、鷹揚でいられるのだろう。
いまひとつの理由は、得がたい知己を得たことだ。
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それにしても、この地はなぜトゥーアと呼ばれるのだろうか(訳注:トゥーアという単語には「丘」や「墳墓」といった意味がある)。地理的には、どう見たところで丘陵ではない。ならば墳墓であるのか。
この土地の下には、なにかが眠っているというのだろうか。
(編注:現在では、トゥーアという村は存在していない。火山の噴火によって溶岩の中へと消えてしまったからだ。往時を偲ぶよすがは、もうどこにもない。山脈はその形を変えた。深い森は焼き払われた。海岸へと続くのは、冷えて固まった溶岩と、その上に積もった火山灰だけだ。かつて人々が行き来した道の傍には石碑が建てられた。墓標のように。……ただ海と風だけが、いつまでも変わることなく流れている)