竜という太古の生き物についての考察
竜は絶滅した。
少なくとも杯斧王の八年に最後の竜が死んでからは、そう信じられている。もちろん人知れぬ辺境にひっそりと生き延びている可能性は否定できない。が、それでも個体数は知れたものであろう。彼らは巨体で長寿であるが故に、種としては弱かった。環境の変化に適応しきれなかったのだ。
最後の竜がなにを思って孤独の中で死んでいったのか、もう誰にもわからない。
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竜には二種が存在するといわれている。羽毛種と角鱗種だ。もっとも、これは環境に合わせて外見が変化していったもので、もとは同一であろうと私は考えている。一般に羽毛種は北方に多く、角鱗種は南方に多い。羽毛や鱗の色は様々だが、保護色然としているものは非常に少ない。これは竜が捕食者の側であることを示しているのだろう。
彼らは一様に力強い後脚を持っている。蹴爪がかすっただけでも、人間のような脆弱な生物には致命傷であろう。前肢は比較的小さく、翼に近い形状になっている。これを羽ばたかせようと飛ぶことはできないが、左右に張り出して正面からの風当たりを調整することで、驚異的な突進力を生み出していたようだ。長く太い尾は、その際に安定性や旋回性を付与していたものと考えられる。
そして、嘴だ。突進と組み合わせた強烈無比な一撃は、石の壁など容易く穿つ。竜に滅ぼされたブロトの遺跡を見てみるとよい。強固な城壁が、さながらチーズのように穴だらけにされていることがわかるだろう。
彼らは雑食性であり、消化できるものであればなんでも食らう。もちろん人間もだ。故に人間は、常に戦うか逃げるかの選択を強いられてきた。戦った場合には相応の犠牲が支払われた。千の勇者を集めて挑んだものの、手傷を与えることもできずに全滅したという伝承もある。なればこそ青銅剣のストールのような竜殺しの英雄譚は輝くのだ。
彼らは冬眠する性質を持つものが多いため、冬まで逃げ続けることができるのなら、それは悪い選択肢ではない。竜はいっそ自然災害のようなものだからだ。ただしこれを好機とばかりに、暗殺などは考えないほうがよい。殺せればよいが、殺しきれなかったときには惨劇が待っている。ブロトのように。
ときには取引も有効だろう。竜は言語を用いる。かつてはこの語学を修めた竜の巫女という存在がいたという。彼女らとその主人は、生贄を捧げることで竜と共存していたという。──やがて生贄の量が足りなくなり、自滅していったと伝説は語っているが。
そう、吐息についても語っておかねばなるまい。火や酸、雷を吐くと伝えられているが、これは眉唾と考えておいたほうがよい。神々や精霊の力が溢れていた時代の、太古の祖種であればまた話は別であろうが、基本的に竜は野の獣と変わらぬのだ。吐けたとしてもせいぜいが毒であろう。あるいは人間には聞こえない音域の咆哮が、そのように感じられたのかもしれない。
もうひとつ、彼らには特徴がある。光り物を好むのだ。巣にはそれら「竜の財宝」が貯め込まれているが、大概は金属片などのガラクタである。盗みに入るのは勝手だが、生命を掛けるに値するかどうかを、今一度考えたほうがよいだろう。
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竜は絶滅した。地中より化石が見つかるばかりの存在だが、彼らの子孫にはまだ会うことができる。鳥や蜥蜴がそれだ。随分と小さくなってしまっているが、生態や特徴を照らし合わせていくと、そのような結論になるのである。
(編注:鳥類・爬虫類が竜を継ぐものであることは、古生物学の発展に伴い正式に認められた。冒頭の羽毛種と角鱗種についても同様である)