著者である隠者エリクスについての端書
(これは編者が出版に際して付記した文章である)
エリクスは海征王の御世に活躍したとされる学者だ。この当時の知識人が概ねそうであるように、特定の分野に縛られることなく様々な研究を並行して行っていたという。中でも博物学的な知識に長けていたため、一般には博物学者として知られている。
ただし彼の遺した文章に比べ、彼自身について判明していることはあまりに少ない。まず名前そのものにしてからが、通称や筆名、さらには偽名である可能性が高い。これは当時の言語や命名法則に、そのような綴りや響きを持つものが(現在解明されている限りでは)存在しないことからの推定である。
また出生地・生没年なども確定できてはいない。絵画に残された特徴から察するに、恐らくは北方人だと思われるが、外見から判断できない事例などいくらでもある。生没年などひどいものだ。まともに信じるなら、彼は三百年以上も生きていたことになる。
自画像とされる絵には、すまし顔の青年が描かれている。秀麗な顔つきといっていいだろう。暗色の髪は長く、着ている服は少なくとも下層民のものではない。学者というには体つきが頑健だが、これは彼がたった一人で世界中を広く旅したことを考えれば、むしろ当然ともいえよう。腕に覚えがなければ、そんなことは不可能だからだ。実際、不可思議な武術の達人であったという記録もある。
王に仕えていたこともある彼だが、晩年は大陸北端の地に隠遁している。そこで書き散らしたのが、この「雑記」だ(帳面にはなっていなかった)。内容にはいささか荒唐無稽で信じがたいものもあるが、今となっては確認しようもない伝説である。しれっと嘘や創作が混ぜられている可能性を、我々は常に警戒しなければならない。
彼は時折、遺された文章の中に姿を現すことがある。いわゆるお遊びだろう。時系列を鑑定すると、老人の姿で描かれたあとに青年の姿で現れることもある。時には女性の姿をとることもある。──彼ははたして、本当に人間だったのだろうか? という議論が低俗なオカルト雑誌で取り上げられることも珍しくはない。
このように怪しげな人物であっても、著名な学者として通用しているのは、いかにも絵空事として描かれている記述が、数百~数千年後に真実として認知されることが多々あるからだ。先の王都における封印された青銅剣の発見などは、よい実例であろう。