|||| 刻みの魔法についての講義
「刻み」とは、獣に近しい素性の氏輩が得手とする魔法である。それは一種の文字であり、どれもが一本から数本の直線を組み合わせる形で構成されている。そのため獣の爪でも容易に描くことができるのだ。
たとえば一本の縦線を引いてみよう。これは静止や停滞を意味する警告となる。二本三本と増やせばそれだけ強力になっていくが、増やしすぎても意味がないことは覚えておいたほうがよい。
あの樹齢三百年を数えるだろう堂々とした大樹の幹に、深々と刻み込まれた熊の爪痕を見よ。四本のそれはまだ新しい。彼はごくごく近くにいる。命が惜しくば、とっととこの場を逃げ出すことだ──。
刻みは、その性質上、守りの力として用いられることが多い。描かれた痕跡は、長く長く場に残り、影響を及ぼし続けるからだ。熟練の魔法使いであれば、なにも木や石にだけでなく、水流や大気にすら刻みを込めることができるという。もし刻みの痕跡を目にすることがあれば、周囲にも仕掛けがなされていないどうかを確かめたほうがよい。最上級の使い手ともなれば、狡猾な蜘蛛がそうするように、連鎖し、逃さぬ、周到な罠を組み上げることが可能だからだ。
それでは攻撃の力として使うことはどうか。不可能ではない。しかし男なら、武器を持って殴ったほうが早くて確実だろう。この武器に刻みを込めておくのなら効果的だ。そして女なら、武器や刻みなどよりも呪詛を撃つべきである。そのほうがよほど効果的なのだから。
(編注:刻みは現代においてはルーネと呼ばれている。先だって再発見されたストールの青銅剣にも、この文字は刻み込まれていた。一部解読された部分には、
|X||=<|<>|=
とある。意味するところは「剣」。この武器がなぜ青銅剣と呼ばれるのか、その理由の一端が開示されたのでないかと識者は語っている)