それになろうとした精霊についての伝承
天空に風と水の運行を司る精霊が生まれたように、大地にも土と火の運行を司る精霊が生まれた。数え切れないほど昔の話だ。彼らは当初、意識すら持っておらず、歯車のように唯々諾々と世界を回し続けるだけの存在だった。だがある時、天空と大地の狭間で蠢くものを見つけた。それに興味を覚えることで、自我というものに目覚めた。
ある精霊はそれを愛して囁きかけ、ある精霊はそれをたぶらかして殺した。いずれも暇つぶしであり、お遊びであった。幼い子どもが蟻を弄ぶのと同じようなものだ。
大地の精霊のひとりは、土くれを蠢くものの姿形に模して身にまとい、彼らに混じることを好んだ。竜、熊、狼、どのような姿をとっても、彼は王であった。無限の生命を持ち、地の火を操ることのできる彼に敵うものなど存在しなかった。捕食者の姿が多いのは、そのほうが行動を制限されなかったからだろう。やがて彼は、地上最強の捕食者へと成長した人間の姿を好むようになる。前肢の手指を自由に使え、複雑な模様も描くことのできるその姿は、彼の異能である刻みの魔法との相性も悪くなかったからだ。
数百年をその姿で過ごし、あちらへこちらへ放浪し、人間との対話を重ねるうちに、彼はまた新たな遊びを思いついた。精霊を生み出した存在──人間のいう神──というものが存在するのであれば、それを真似てみるのも面白かろうと考えたのだ。
彼は北限の地へ赴くと、昼なお暗い森の中に、ひとつの実験場を造り上げた。まずは土地に魔法を刻んで囲い、自らの領土とした。次いで眷属である巨大な鉱石を成聖すると、特別な力を与え、囲い地の中心へと据えた。最後にこれを神として祀り、王として敬う種族を創り上げた。
この小さな世界は、「精霊石の箱庭」と名付けられた。
いずれ彼が興味を失えば、この箱庭は破棄されるのだろう。朽ちゆくままに放置するのか、それとも地の火をもって滅ぼしていくのかは知らぬ。我々が神とやらの心の裡を知ることができないように。知ったところでどうすることもできないように。